五十二発目「新・最強必殺技」


万波行宗まんなみゆきむね視点ー


「間に合った……!」


 フィリアは無事に、誠也せいやさんの胸のなかにいた。

 

 目の前には【エルヴァルード】。マグダーラ山脈で最強格のモンスターだ。

 大ダンジョンの最強格ということは、ヴァルファルキア大巣窟の最下層で戦った【天ぷらうどん】と同等かそれ以上だろう。

 

 鮮やかな黄色い体躯たいくは、空高く天をつき、

 鋭い刀身のような四足が、雪の大地に深々と突き刺さり、

 その右足で、フィリアを助けてくれた優しい大鳥が、腹部を貫通させられていた。

 人間ならば、間違いなく致命傷だろう。

 直穂なおほの【超回復ハイパヒール】も、大きな致命傷は回復できない。


(ただし、【スイーツ阿修羅あしゅら】と戦った時は例外だ。

 あの時はマルハブシの猛毒の力で、直穂なおほの回復魔法は、腹部切断も瞬時に治癒できるほどの力があった。

 直穂なおほが言うには、天使のステータスアップでは、【超回復ハイパヒール】が強化されないようで。今ではあの時ほどの治癒能力は発揮できないそうだ。)


 しかし図鑑で読む限り、あのフィリアを誘拐した鳥は、【ステュムパーリデス】といい、自己修復能力が高いらしい。

 人間にとっては致命傷でも、この鳥なら助かる可能性はある。



「いくよ行宗ゆきむねっ! まずはフィリアちゃんの命の恩人を助けないとねっ!」


 直穂なおほが俺の隣で叫んだ。

 「おう!」と俺も声を合わせる。


 

 【エルヴァルード】は、俺たちに気づいたようで、口を大きく開けて何かを発射しようとしていた。


行宗ゆきむね!! 直穂なおほっ!! 無数の氷の矢が飛んでくる! 気をつけろっ!」


 フィリアから声がかかる。

 それと同時に、直穂なおほが魔法を詠唱した。


「【天使の涙エンジェル・ティアズ】!!」

 

 直穂なおほが両手を前へとかざす。

 【エルヴァールド】よりも、早く放たれた無数の

光の矢は、

 進化した直穂なおほの魔法は、さらに早く、鋭くなって。

 【エルヴァールド】の顔付近へと、光の雨を降らせた。


 それは天使の涙なんて優しいものじゃなくて、

 エルヴァルードは血を撒き散らし、口を閉じて首をそらした。


 俺たちは強くなった。

 直穂なおほだけじゃない。俺もだ。

 油断も慢心もない。


 【サルファ・メルファ】戦では苦い思いをしたが、

 あの経験が、戦い方を見直すきっかけになった。


 【エルヴァルード】はおそらく、【サルファ・メルファ】より強い。

 さっきまでの俺と直穂なおほじゃ、勝てないかもしれない相手だ。

 でも、俺たちは強くなった。

 こんなキリンなんかには、負けないっ!



 ヒントは2つあった。


 1つは、誠也せいやさんの教えだ。



 誠也さんに、剣の振り方を教えてもらった。

 「ずっと力を入れすぎだ」と注意された。

 常に強く剣を握っていると、動きが鈍く、リキみ、相手の動きに対応できないそうだ。


「いざという時に力を発揮するためには、剣を振る瞬間以外は脱力を保つことだ。

 緩急をつけることで、力は一点に、一瞬に集中するのだ」


 と言われた。

 誠也せいやさんが言うには、それ・・が戦う技術であり、単純な強さで測れないもの。

 

 誠也せいやさんは王国軍にいた22年間、自分より明らかに強い相手と戦う事もあったそうだ。

 しかし誠也せいやさんは勝ってきた。

 パワーの差は、培った技術や集中力で、意外となんとかなるらしい。


「フィリアが連れ去られた時、行宗ゆきむねくんは攻撃の手を止めた

 攻撃を続けていれば、サルファ・メルファは息を吹き返すことなく、直穂なおほさんはフィリアを助けられたかもしれない。

 あれは行宗ゆきむねくんのミスだ」


 吹雪が止むのを待つなかで、誠也せいやさんは俺に厳しいことを言った。

 事実その通りだ。


 俺は、慢心していたのかもしれない。

 強力な賢者の火力に甘えて、本気で戦っていなかったのかもしれない。


 少しでも強くなろうと、技術や知識を高めようとしていなかった。

 その結果が、あのミスだった。


 俺に足りなかったものは何だろう?

 軍人のように的確な判断力?

 知識や技術だろうか?

 その全てかもしれない。


 とにかく誠也せいやさんの教えが、俺にヒントをくれた。


 《力を一点一瞬に集中させる技術》



 




 もう一つヒントがあった。


 マグダーラ山脈に来る前に、ギラギース地区にて【漆黒の巨大竜】と戦ったとき。

 直穂なおほは水魔法を詠唱したけど、うまく水魔法が発動せず、炎の息吹に火だるまにされた事があった。


 おかしいと思ったんだ。

 天使状態じゃないときは、直穂なおほは普通に【水素アクア】を使えていたから……



 吹雪が止むのを待つ地下室のなかで、俺は直穂なおほに尋ねた。

「どうしてあの時、水魔法が出せなかったんだろう?」って



 直穂なおほは難しい顔で、手のひらを視線を落とし

 少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「何だろう、物理的に出てこない感覚だった。 たぶん天使になってる間は、水魔法は使えないんだと思う」


「やはりそうか……」


 そうだろうと思ってた。

 この世界では、2つのスキルは、同時には使えないのだろうか?

 そうなれば厄介だ。

 もし【超回復ハイパヒール】まで、天使と併用できないとなると……

 戦闘の危険度は跳ね上がる。


「あ、【超回復ハイパヒール】は天使状態の時も使えるよ。私こまめに回復してるから」


「え、【超回復ハイパヒール】は使えるのか!?」


 なんで??


「たぶん、【超回復ハイパヒール】スキルと【天使】のスキルって、似ている気がするんだよね。

 胸がポカポカ暖かくなって、身体の外へ出ていく感覚が」


「つまり。 発動時の感覚が似てるから、2つ同時に使えるって理屈か。。

 じゃあ逆に、【天使】と【水魔法】は、使う感覚が違うから、同時に使えないってことか?」


「うん。

 あれ? でもおかしいな。

 フィリアちゃんは、【水素アクア】と【火素フレイム】を同時に使ってお湯を作ってた。 

 この2つの魔法は、明らかに使ってる感覚が違うよね……?」


「確かに……」


 フィリアは、俺と直穂なおほに、4つの基礎スキルをすべて教えてもらった。

 【火素】【水素】【土素】【風素】。

 魔法が発動する感覚は、4つとも全く別物だ。

 フィリアは、基礎スキルを合成させて応用スキルを作るのは高度な技術だと話していたが。

 スキルを2つ同時に詠唱する方法は、まだ教わっていない。


「別の魔力穴まりょくこうから、魔法を出しているんだ……」


 そこに、ずっと黙っていた誠也せいやさんが、暗い顔でそういった。


「まりょくこう?」


「そうだ。人の身体の表面には、魔力穴まりょくこうという穴が無数にあってな。 

 そこで体内魔力に色をつけて、火素や土素や水素が生まれる。

 重要なのは、"一つの魔力穴からは、一種類の魔法しかだせない"こと。

 さらに、"細かい魔力穴一つ一つに意識を配り、細胞単位で操作するのも、理論上は可能だが人間には不可能だ"

 まあ一番簡単なのは、右手や左手といった大きな部位単位で、二種類の魔法を使うことだ」


 誠也せいやさんはそう言いながら、右手から火魔法、左手から水魔法を作ってみせた。


「え……どういうことですか?」


 俺はいまいち理解できずにいると、直穂なおほが説明してくれた。


「つまり分かりやすく例えると、ファミレスにドリングバーの機械があるでしょ?

 アレと同じだよ」


「ん??」


 ドリンクバーの機械?

 あのボタンを押したらジュースが出てくる機械のことだよな。

 突然何を言い出すんだ?



「一つの穴からオレンジジュースを出している間、同じ穴からぶどうジュースは出せないでしょ?

 魔法も同じで、右手から水魔法を出している間は、同じ右手から火の魔法は同時にだせない。

 でも、左手と右手みたいに、別の場所から異なる2つの魔法を出すことはできる」


「な、なるほど。

 その方法を使えば、天使の力を使いながらでも【水素アクア】を使えるのか?」


 俺は尋ねた。


「たぶん無理だと思う。

 私の天使と行宗の賢者は特殊で、"身体全体"から魔力があふれてる感覚があるでしょ?

 つまり右手も左手も"身体全体"から、オレンジジュースが溢れてる状態ってこと。

 別の魔法、ブドウジュースが出てくる穴はないってことだよ」

 

「ああ!そういうことか! 納得した。

 というか、分かりやすく教えるのが上手いな。直穂なおほ


「えへへ、 嬉しいな。

 私はいちおう、中学の先生目指してるからね。

 「わかりやすい」はなによりの褒め言葉だよ」


「そうか。そうだったな」


 直穂なおほは頬を赤く染めて笑った。

 

 直穂なおほの将来の夢は中学の先生。

 早く、現実世界に、帰らないとな……

 正直今は、それどころじゃないけど。

 フィリアと再会して、浅尾あさおさんを治療して、指名手配中のクラスメイトと合流して……

 僕たちの故郷へ。現実世界に帰るんだ。


 直穂なおほが中学校の先生になって、俺の将来の夢は……まだ決まってないけど。

 二人で結婚して、子どもを授かって、死ぬまで一緒に暮らしていく。

 それは、素敵な夢だな……


「ふふっ……」


 隣に座る可愛い直穂なおほを眺めながら、俺はくすりと笑った。




 これら2つのヒントから、俺と直穂なおほは新しい技を編み出した。

 直穂なおほはこんなことを言った。


「ねえ行宗。"身体全体"から出る天使の魔力を、なんとか"一部分"に集めることは出来ないかな? 

そしたら"余った別の部分"で、他の魔法が使えるかもしれない」


「なるほど、確かにそれが出来れば、俺たちはさらに強くなれる。

 フィリアの捜索中に試してみよう」


 俺はそう答えた。


 実際に試してみた結果……

 賢者の白い光を、一箇所だけに集めることは出来なかった……


 しかし、頑張って意識すれば、

 賢者の白いエネルギーを、少しだけ移動させることは出来たのだ。


 しかし、各部位の魔力を完全には取り除けないので、別魔法を発動できる余地は作れなかったのだが……。

 おかげで俺は、新たな技を完成させた。


 










 そして、現在。


 集めろ……集めろ。

 なるべく多くの賢者の力を、大剣に集めるんだ。


 エルヴァルードに突撃しながら、俺は賢者の白い魔力を動かしていった。

 右手に握った大剣へと、魔力を集中させていく。

 大剣は白い輝きをまし、さらに大きく、硬く……

 万物を切り裂く力となる。


 想像以上のエネルギーだった。

 これが技術か。

 誠也せいやさんの言った通りだ。

 全ての力を、一点一瞬に集めること。

 その技術が、格上の相手を切り裂く力となる。


 この必殺技に、なんと名づけようか?

 バスターソード、ホワイトスラッシュ。

 色々考えたけど、しっくり来なかった。


 違う。そんなカッコいい名前じゃない。

 オレはどこまでもカッコ悪くて、変態で、賢者タイムなんだ。



「【雄凪仁おなに一閃いっせん】!!!」








 オレの渾身のネーミングセンスで振り抜いた大剣は、


 エルヴァルードの右足を、真っ二つに切り裂いた。






 ズバァァァァァン!!!


 エルヴァルードの細長く硬い足が、いとも簡単に切れて、俺はあっけに取られた。


「ギュォォォォォォ!!!!」



 耳を覆いたくなるほどの咆哮。

 【エルヴァルード】が悲痛そうに絶叫し、身体を縮ませた。

 俺は右足を切り裂いたあと、エルヴァルードの腹の下側に滑り込んだから、頭上のHPバーは確認できないが、

 かすり傷じゃ済まないだろう。


「もう一度だっ!! 【雄凪仁おなに一閃いっせん】!!!」


 俺は真上へ、大きなキリンの腹部めがけて、魔力の集中した大剣を振り抜いた。

 

 ズバァァンと血しぶきが上がり、深い切り傷がつく。

 このモンスターの皮膚は、決して柔らかいわけではない筈だが、

 俺の研ぎ澄まされた剣が、モンスターの肉体を美しく切りさばいた。




「【超回復ハイパヒール】っ!!」


 下の方では、直穂なおほが血まみれの【ステュムパーリデス】の傍に降り、回復魔法をかけていた。

 あの鳥が助かると良いな。


 フィリアと誠也せいやさんは、距離をとって俺たちを見守っている。


 【ステュムパーリデス】の治療は、直穂なおほにまかせる。

 【ステュムパーリデス】を助けた上で、このエルヴァルードも倒してみせる。

 あの時みたいな油断はしない。集中を切らすな。


 ビュン!!


 と、【エルヴァルード】の左後足が上がり、その尖った先端で、勢いよく俺を狙ってくる。

 当たれば即死。

 俺は今、右手の大剣に魔力を集中させているために、身体全体を守る防御を薄めている。

 だからと言って、問題はない。


 ビュン、と機敏な動きで左後足をかわした俺は、真横を通り抜ける左足を【雄凪仁おなに一閃いっせん】で切り裂いた。


 ズバァァァァン!!!


 右前足に続いて、左後足を失った【エルヴァルード】は、身体のバランスを崩して倒れ始めた。

 まだだ、まだ油断するな。


「相手の次の行動を予測しろ、それを先回りして潰せ、先手必勝、相手の好きなようにさせるな、相手の嫌がることをしろ」


 すべて誠也せいやさんに言われた言葉だ。

 誠也せいやさんが王国軍で生き抜くために、つちかってきた技術。

 格下が格上に勝つ方法。


 腹を斬る、斬り続ける。

 懐に入ってしまえば、近接戦闘が得意な俺は、直穂なおほより戦える。

 

 エルヴァルードは死にものぐるいの抵抗で、俺目掛けて残った足で攻撃してくるが、全て避けて切り裂いた。

 腹の下に潜ったお陰で、フィリアの言っていた、口から氷の槍を放つ技は届かない。


 攻撃、攻撃、攻撃……!!


 休む暇はない。

 賢者タイムは10分しかもたない。

 殺しきれ……


 俺は返り血にまみれながら、ひたすら巨大な腹を斬った。



行宗ゆきむね……行宗ゆきぬねっ!! もう死んでるってばっ!」


 直穂なおほにそう言われて始めて、

 俺は、【エルヴァルード】の生命の気配が消えていることに気づいた。

 俺は、ほとんど一人で、【エルヴァルード】を倒しきったらしい。








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