二十九発目「ごめんなさいごめんなさい」
あれ……私は何をしていたのだろうか?
そうか、思い出したぞ。
昨日の夜、私は、フィリアの
いやぁ…… むちゃくちゃ良かったなぁ。
涙が出るほど幸せで、気持ちよかった。
フィリアと本当の意味で、一つになれたのだ。
いつか私たちの子供が出来るといいな。
フィリアと出会ってから二週間。
短い旅も、もうすぐ終わる。
フィリアの故郷へと、アルム村へと到着するのだ。
ハラハラドキドキの冒険だったけれど、人生で最も鮮やかな時間だった。
フィリアと戦場で出会った日から始まった。密度の濃い特別な旅。
私達はマグダーラ山脈を登り、薬草を手に入れた。
「
フィリアは私に、ふふっと笑いかけると、正門へと走って行った。
森の中を横切る、大きな壁についた門である。
この壁を越えれば、そこは獣達の暮らす地域である。
フィリアの父さんも、フィリアの薬を待っているのだ。
フィリアの父さんを治療したら、私たちは彼に、結婚の報告をしなければいけないな。
最初は認めてもらえないかもしれない。
フィリアは14才で、私は32才だ。年の差は確かに大きい。
だが、私はフィリアを愛している。フィリアも私を愛しているのだ。
真剣に二人で、父さんに思いを伝えよう。きっと認めて貰えるはずだ。
そして私はフィリアと、アルム村で暮らすのだ。
周りは獣族ばかりだから、獣族語も覚えなければいけないな。
そしてフィリアと子供を作って、私はフィリアの仕事の手伝いをするのだ。
たくさんの子供が欲しいな。
あぁ、なんて幸せなんだろう。夢みたいだ。
フィリアは、帰って来なかった。
しばらく待った、しかし、門の中から出てこない。
おかしいなと思いつつ、10分、20分と時が経つが、フィリアが戻ってくる様子もない。
それどころか、人の気配、生き物の気配さえ感じない。
(おかしい……)
私は不安になり、違和感と焦燥感に駆られて、大きな門をくぐった。
私はあっと息をのんだ。
門を潜った先には、血の匂いが充満していた。
木造の家屋がぐちゃぐちゃに倒壊していて、
そこら中に、獣族達の死体がゴロゴロと転がっている。
真っ赤な血の匂い、焼けた炎の匂い。
戦火の煙が立ち込めていて、肌寒い。
そして視線の先には、
地面に膝をついた、背中姿のフィリアがいた。
フィリア……!!
信じられない惨状に、
私はフィリアに、すがるように駆け寄った。
フィリアは呆然としていて、微動だにしない。
なぜ、独立自治区の中で争いが起こっているのだ!?
まさか、まさかっ……!!!
私とフィリアが旅をしている間に、王国軍が攻め込んできたのか!?
停戦が終わり、また戦争がはじまったのか!?
いや、この惨状は、戦争というよりも……
一方的な迫害だ。
人間から獣族への……
「フィリアっ!!」
私はフィリアを、背中から抱きしめた。
「ガハッ!!」
フィリアが、私の胸の中で血を吐いた。
ゴホゴホと真っ赤な血を吐き出して、力を抜いてうずくまった。
私の視界には、フィリアの腹部から、血が溢れ出しているのを見た。
「フィリア……!? なっ……」
フィリアの腹部には、見覚えのある棒が貫通していた。
間違いない、これはギルアの銀槍だった。
私は身を震わせながら、その棒を目で辿った。
銀槍を握っていたのは、私の右手だった。
私の右手が、銀槍の柄を握りしめて、フィリアの腹を串刺しにしていたのだ。
頭の中が真っ白になる。
にわかには信じられなかった。
私が刺したのか?
私がフィリアを刺したのかっ!!?
嘘だ、嘘だっ……そんなはずがないだろう。
私は何をしているのだ!?
「
フィリアは、苦しそうに泣きながら、私を振り返った。
その眼には一切の光はなく、絶望と失望に染まった瞳で、私の事を見つめてくる。
「フィリア……違うっ! 私ではないっ、私は何もしていないっ!!」
私は必死に弁明した。
フィリアに嫌われたくなかったのだ。
どうして?
どうして私はこんな事を、してしまったのだ!?
腕が震える、視界が歪む。
私は一体、何を……
「よくも殺したな………オレの父さんも母さんもっ……友達もっ……みんな殺されたっ!!
信じてたんだぞ……オレはお前の事を、愛していたのにっ!!
どうしてそんなに酷い事が出来るっ!! 酷い、酷いよあんまりだっ!!
……死ねっ!! はやく死ねよっ!!
お前は悪魔だ、化け物だっ!! 生きてちゃいけない人間だっ!!
オレは必ずっ! お前をブッ殺してやるからなっ!
フィリアは涙を滲ませながら歯を強く噛みしめて、私を睨みつけて発狂する。
(違うっ、私はっ……)
言葉が出なかった。
死ぬよりも辛くて苦しかった。
フィリアは息も絶え絶えになる。
私はただただ茫然とする。
私の真後ろで、殺気がした。
私はおそるおそる振り返った。
そこには獣族の女がいた。
屈強な身体、怨念に染まった憎悪の目。
彼女には見覚えがあった。
「なぁ……わたしは貴様を許さぬぞっ!! 獣族を貧しい土地に閉じ込めて、それで平和を作ったつもりか!? 独立自治区で毎年、どれだけの獣族達が、飢餓と病で死んでいると思う!?
人間はみんな死ねばいいっ。 あたしは、獣族が安心して生活できる世界を作ろうとした。
よくも殺したな……あたしをこれでもかと辱め、聞く耳すらもたないとは……
許さない……許さない……絶対に殺してやる……」
思い出した。
目の前の女の子は、私が
彼女の目には信念があった。私に必死で想いをぶつけてきた。
しかし私は、彼女を処刑したのだ。
何の躊躇いも、葛藤もなく。
私は……このケモノ娘を殺したのか?
周囲に倒れていた筈の血まみれの死体達が、フラフラと立ち上がる。
30人、いや遠くには100人以上
ゾンビのように、獣族達が立ち上がってくる。
みんな血まみれで、私を暗い目で見つめて、こちらに近づいてくる。
見覚えのある顔も多かった。
そうか…全て思い出した……
彼らは皆……私が今までに殺してきた獣族達だった。
全身の身の毛が逆立った。
その数は数えきれない。
100や200ではない、もっともっとたくさんの命。
男も女も、大人も子供も、目に映る獣族達は、全て殺してきた。
その間に、私は一体、どれだけの命を奪ってきたのだろうか……
「許さない、許さない……」
「痛いよ……死にたくないよぉ……」
「頼むっ! 悪いのは全部俺なんだよっ! だから妹だけは殺さないでくださいっ!!」
「おかぁさんっ!! たすけてぇっ、たすけてぇぇ!!」
私が殺してきた獣族たちが、私を取り囲んで叫びを上げる。
その手には、ナイフやくわ、刀や包丁を握りしめて。
彼らの魂の叫びが聞こえる。
私が彼らの命の摘み取った瞬間、当時は聞き取れなかった彼らの想いが、脳内に流れ込んでくる。
私は殺したのだ。
家族を持つ者を、夢を持つ者を、仲間や優しい心を持つ者も……!!
みんな殺してきたのだ!!!
私は、どれほどの悪魔だろうか!?
どれだけ謝っても、
獣族は、言葉の通じない獣なんかじゃない。
私と同じなんだっ……!! 人間と、変わらないじゃないかっ!!!
あぁ……あぁ……あぁ……
私は……私は……
「死んで償え」
「地獄に落ちろ」
「のうのうと生きてるんじゃねぇ」
「死ね……死ね……」
「死ぬのじゃ生ぬるい、たっぷりと、私達が満足するまで苦しめてから殺すの……」
獣族達が、目の色を変えて私に迫ってくる。
私は恐怖のあまり、身体が動かなかった。
怖い……怖い……死にたくない……
死ぬのは怖いっ! 怖いのだっ!!
私は、震える足を起こして立ち上がった。
逃げなければ、逃げのびなければ……
私は、これだけ酷い罪を犯しておいて、沢山の命を奪っておいて。
それでもまだ、死にたくなかった。生きたかった。
なんて図々しい存在なのだろう。
私は化け物だ。
殺戮を繰り返し、己は平然と生き続けていく、そんな化け物なのだ。
私は、その場から逃げ出した。
土魔術を生成する。
魔法を使えば、こんな死にぞこないの亡霊共なんて、皆殺しにできるはずだ。
ガシッ……
私は、逃げようとする手を掴まれた。
振り払おうとしたが、ビクともしない。
とてつもなく強い力で、私の腕が掴まれてしまった。
でも温かくて、小さい手のひらだった。
「逃がさねぇぞ……
私の腕を止めたのは、足元に座り込んでいたフィリアだった。
「オレとオレの母ちゃんと、友達を殺しておいて。ただで済むとは思うなよ……
オレ達がどれだけ痛かったか、苦しかったか…… お前にたっぷり教えてやるよ。
心配いらねぇぜ。死にそうになったら回復してやるから、好きなだけ地獄を教えてやれる。
ほら
グシャァァァ!!!
フィリアに掴まれた私の腕が、血しぶきをあげた。
直後、凄まじい激痛が私の腕を襲う。
「ふふふ……どうだ? 痛いよな? よかったな誠也……お前は罪を償えるんだよ。
オレ達全員が、気の済むまで苦しみをあたえ終わった後は、晴れて天国へ行けるんだ。
終わりがあるって幸せな事だよ? じゃあ、足も全部折っちゃおうか?」
フィリアはそう言って、今度は私の太ももを掴んだ。
やめろ……やめろ……嫌だ………
痛いのは嫌だっ!!
「嫌だっ!! やめろっ!! 嫌だっ!! 痛いのは嫌だっ!!」
必死に身体を暴れさせた。
太ももは全く動かない。
恐怖で私は発狂する。
「助けてくれぇ!!」
と大声をはる。
「どのツラ下げて助けてくれだ!?」
「そう訴えた獣族達を、貴様は何人殺してきた!?」
「許さない許さない許さない……」
ナイフを刺された。
目玉をくり抜かれた。
股間を潰された。
腹を砕かれた。
そして回復魔法をかけられて、内臓を焼き尽くされた。
痛い……痛い……痛くてもう死にたい……
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
★★★
「はぁ…………はぁ………はぁ………」
私は目を覚ました。
真っ暗な闇の中で、天井の空気穴から、月光が差し込んでいた。
夢……か……
……
身体が熱い。心臓の音がバクンバクンと鳴り響く。
まだここが現実とは思えない。
身体の感覚が戻ってこない。汗がびっしょりだ。
怖い、怖い……
何が現実で、何が夢だったのだ。
死にそうなほど恐怖する。
まだ身体が震え続けている。
次に目を閉じれば、またあの地獄に帰ってしまうのではないかと、怖くて仕方がない……
「……父さん……いかないで……」
左の耳元で、女の子の声がした。
私は戦慄した。
それは、フィリアの声だったのだ。
私は首を、左へと傾けた。
「………っ……うぅ…」
そこには、眉をしかめてうなされている、フィリアが眠っていた。
私は全てを思い出した。
私は
そして共に
夕方になり、私が捕まえたアオオオカミの肉でスープを作り、食べた。
そして王国軍に見つかりにくいように、私の土魔法で地下室を作り、フィリアとともに、
これは、紛れもない現実の世界だ。
私が今まで、獣族を殺してきたのも現実なのだ。
この悪夢は、夢ではあったが夢ではない。
夢の中の事は全て、現実の私が犯してきた罪なのだ。
罪悪感に押しつぶされて、心臓がグシャリと潰される。
私は極悪人だ。
生きる権利のない殺戮者だ。
「フィリア!! フィリアっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!」
私は、寝ているフィリアの両肩を掴み、おでこを地面に擦りつけた。
そして気がついた。
私がどれだけ謝ったところで、失った命が戻るわけじゃない。
取り返しがつかない。
私は、もう、罪を償えないのだ。
「どっ! どうしたんだ誠也っ! まさか、王国軍の奇襲か!? すごい汗だぞ!?」
フィリアは飛び起きて、私の顔を心配そうに覗き込む。
やめろ、そんな顔をするな。
私の事が大嫌いなのだろう? 殺したいほど恨んでいるのだろう?
なぜそんな顔をする!?
私はお前に心配されるべき人間ではないのだ!
たのむフィリア、私を憎んでくれ……
私はもう疲れた。
私は生きる資格のない存在なんだ。
「フィリア…頼む。私を殺してくれないか……?」
私は泣きながら、フィリアの身体にすがりついた。
死ぬのは怖いけれど。
フィリアに殺されるのなら、私も本望だ。
獣族嫌いの私が、唯一心を許した存在、フィリア。
フィリアに殺して貰えるなら、私は納得して、地獄に落ちる事ができる。
「はぁ!!?」
フィリアは口と目を大きく開いて、素っ頓狂な声を上げた。
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