二十八発目「下着姿のケモ耳娘」


 無我夢中で、すずとフィリアを背負いながら、草木の根をかき分けて走る。

 王国軍が追ってくる気配はないが、安心はできない。

 王国軍にいた私だから分かる、彼らはしつこく追いかけてくる筈だ。

 さらに森の奥へ、グチグチと不満を漏らすフィリアを背負って走る。

 若々しい五月の葉っぱが、ふくらはぎを切り刻む。

 地面のデコボコが、足首を痛めつける。

 それでも前へ、前へ、

 足跡を魔法でけしながら、必死に走っている。


「ちょっ……へんなトコロを触んなっ!! くすぐったいだろうがっ!!」


 フィリアは腰を抱えられて、前にお尻、後ろに頭の状態であった。

 すごく不満なようで、地面に降ろせ、自分で走ると言ってくるのだ。

 私は説明した。私は土魔法が得意だから、足跡を全て消して走る事が出来るのだと。

 しかしフィリアは怒ったような声で、


「獣族を舐めんなよ!? 木の上を走れば足跡なんかつかないだろう!」


 と、主張するのである。

 フィリアは下着姿でほとんど裸である。

 私が腕をまわしている腰やおへその辺りも、完全に露出している。

 その素肌には柔らかな毛がわがあって、汗でびしょびしょに濡れている。

 腕を伝わって、首や胸の中へと、フィリアの汗が流れて来た。

 逆に左肩からは、真っ赤な血が流れてくる。

 すずの死体からである。

 すずの身体は、早く埋葬しないといけないな。 


「分かったよフィリア。木の上を走れるというなら見せてみろ」


 私はとうとう観念して、フィリアの足を地面に着かせた。


「マジか!? ありがとう。なら見せてやるよ!」


 フィリアは勢いよく地面を蹴った。

 柔らかな地面には大きな足跡がついた。


「おいっ、足跡を残すなと言っただろう!! 戻って来いっ!」


 と私が言うと。


「嫌だねー」


 という声が、真上からした。

 天を見上げると、フィリアが、木の枝に掴まってぶらぶらと浮いていた。

 そして身体を前後に振ると、前の木へ、さらに前の木へと飛び移っていく。

 なるほど、これなら足跡が残らないな。


 フィリアは下着姿で、激しく森林を駆ける。

 その度に、膨れた乳房やハリのあるお尻が、ぶるんぶるんと上下に揺れる。

 フィリアのくせ毛がヒラヒラと風になびいて、露出されたお腹や脇からにじんだ汗が、空へと飛び出し宙を舞う。

 まさに野生、そしてエロス。

 私は下半身が膨れ上がるのを感じた。

 これは驚いた。この私が獣族に発情するなんて、あり得ないと思っていた。

 私は獣族を、人とは思っていなかったからだ。イヌやネコとけものだと思っていた。

 でも、フィリアは違う。

 彼女は人間の言葉が話せるのだ。

 そして私は、フィリアをけものではなく女だと認識した。

 だから私は、フィリアの半裸姿に興奮していた。


 するとここで、何を思ったのだろうか、フィリアが木の上で動きを止めたのだ。

 そして太い木の枝の上に立ち、無表情でコチラを振り返ってきた。

 どうしたのだろうか?


 するとフィリアは、少し頬を赤らめて、胸をプルンと震わせると。


「もう出血も止まってるよな? そろそろオレの服を、返してもらってもいいか?」


 と言った。


「は、なんのことだ?」


 と返事しながら、私は自身の胴体を見下ろした。

 そこには確かにフィリアの服があった。

 フィリアの薄茶色のTシャツが、私のお腹の中心、ギルアに槍を刺された部分を覆っていた。

 そして背中を振り返ると、反対側には同じ色のズボンがあった。

 フィリアの服は、下着を含めて全て薄茶色だったようだ。

 それはおそらく、森の中で目立たないためだと考えられる。

 私が今着ている王国軍の軍服も、迷彩服という、森の色を模した彩色になっているからな。似たようなものだろう。

 そしてフィリアの服を、私の傷口に固定していたのは、同じく茶色のカバンの紐だ。

 私の腰を締めつけるように、カバンの紐がぐるりと一周していた。

 

「フィリア!? お前はまさか、自分の服を包帯がわりに使ったのか!?」

「あぁ、そうだ。感謝しろよな?」


 フィリアはそう言って、私の方に戻ってきて、木の上から手を伸ばしてきた。

 下着姿で、唇をかたく結び、頬を赤らめてはじらいながら、「早くしろ」と目で訴えかけてくる。

 私は慌てて腰についたカバンの紐をほどき、血まみれになったTシャツとズボンを手渡した。

 私の腹の傷は、跡は残っているものの、完全に塞がっていた。


「ありがとうフィリア。お前は命の恩人だ。しかし、大切な服を血まみれにしてしまってすまない」

「心配すんな、オレは医者だぞ? 手術には清潔さが命。これぐらい一瞬で綺麗にできるさ」


 フィリアはそう言うと、【浄化クリーニング】という名のスキルを唱えた。

 聞いたことのないスキルだった。

 黄色く輝く光が宙を舞い、フィリアの服から私の血が、みるみるうちに消滅していく。

 私が見惚れていると、フィリアはそれをみて、満足そうにニヤリと笑った。


「フィリア、お前の服がちゃんとあって良かった。てっきり私はフィリアの事を、露出が好きな変態娘か、下着以外を全て無くしたバカな娘のどちらかだと思っていた。」


 私がほっと息をつくと。

 フィリアはズボンにつま先を通しながら、私をギョッと見つめてきた。


「はぁ!!? だれが変態娘だ!!? お前の方が変態だろうがっ! オレの唇に二回もキスしやがって、はじめてだったんだぞっ!?」


 フィリアは顔を真っ赤にして怒った。

 大きな猫耳が、ピンと立ち上がった。


「それは……すまない。一回目は寝ぼけてたんだ…… 二回目は泣き止ませるためだったし…… すでに一回してるからな、一回増えても変わらないかと……」

「はぁ!? ひっでぇ! もっと大切にしてくれよっ! オレのセカンドキスだぞっ!?」


 フィリアは、拳をわなわなと握りしめながら、悔しそうに私を睨んでいた。

 

「本当にすまなかった。フィリアには誰か、好きな人がいるのか?」

「別にいねえよ…… そもそもオレには、スキって気持ちがよく分からねぇ…… でもだからといって、ファーストキスはいちおう大事にしてたんだからなっ!」


 フィリアは顔を真っ赤にしていたが、表情を隠すように私を睨んでいた。

 どうやら私がどれだけ謝っても、許してくれそうな気配はない。

 私は話題を変える事にした。


「なぁフィリア? 気になっていたのだが。どうして自分の事を"オレ"と呼ぶのだ? そもそもどうして人間語を話せる? 誰かに教えて貰ったのか?」


 私はずっと抱えていた謎について質問した。


「たぶん……父さんの喋り方を真似してるからだ…… じつはオレの父さんは人間なんだ。 まあ父さんには「頼むから女の子らしく、自分の事は”わたし”と呼んでくれ」って、何度も土下座されたけどな。 でもオレは、"わたし"なんて嫌だ。だって"オレ"の方がカッコいいじゃないか!!?」


 フィリアは、熱を込めて語り出した。

 フィリアの父親、小桑原啓介という医者は人間なのか? 

 つまりフィリアは、獣族と人間の混血ということだろうか?


「それに誠也! お前の方こそ、男なのに、自分の事を"私"と呼ぶじゃないか!?」


 フィリアは鋭い指摘を繰り出した。

  

「た……確かにその通りだな………」

「ほらぁ! 人の事を言えないじゃないかぁ」


 フィリアは得意げな顔になって、私に人差し指を突き付けた。

 その生意気さに私は少しイラっとしたが。今のやり取りは私の方が悪い。

 フィリアの喋り方は、父さんの真似をしているのか。本当に父さんが大好きなんだな。

 だからこそ、フィリアは父さんを、病気から助けたいのだろう。


 私はそんなフィリアの願いを叶える。

 必ず薬草を手に入れて、フィリアのお父さんを治療するのだ。


「フィリア。念のため、もう少し遠くへ行こう。 そして早い内に、すずを土に還してやりたい…… すずの葬式を簡易的に行いたい。時間がかかるけどいいか?」


 フィリアは私の話を聞いて、難しそうな顔でウゥンと考え込んだ。

 そして、口を開いた。


「そうだな。焦っても仕方ないよな…… 焦った結果が今のオレなんだからな……

 ……もちろんだ。すずを天国に送り出してやろう……」


 フィリアはそう言って、私に軽く微笑みかけた。

 それは少し悲しそうだった。

 一見元気そうだが、フィリアはまだ、先ほどの絶望から立ち直れていないようだった。

 遭難して出発地点に戻ってきてしまったフィリア。

 内心はとても焦っているのだろう。


「なぁフィリア、聞いていいか、父さんの余命はどれぐらいなのだ?」


 フィリアは私の方へ顔を上げて、ほとんど泣きそうな顔だった。


「あと……1か月か2か月だ……でも余命なんて当てにならねぇ……ひょっとしたらっ……もう死んでいるかも知れないっ………!!」


 フィリアは思い出したように泣きそうになっていた。

 一か月か二ヶ月か……

 フィリアの焦る気持ちもよく分かる。

 山脈までは、山頂までいく事を考えれば、往復二週間はかかるだろう。

 もしトラブルに巻き込まれれば、もっと時間が掛かるはずだ。


「フィリア、もう一つ聞いておかなければならない。

 今から薬を取りにいけば、父さんの死に間に合わない可能性も高い。

 でも幸いに、獣族独立自治区はここから近い。

 もしここで諦めて村に帰れば、父さんの命を救える可能性はなくなってしまうが、

 残された最後の時間を、共に過ごす事が出来るかもしれない………」


 バチィィィィィ





 私の頬が、おもいっきり引っぱたかれた。

 目の前のフィリアが、手を振り切って、涙を堪えるようにフーフーと息を荒くしながら、私を睨みつけていた。


「分かってる!! 分かってる!! 分かってるよっ!!

 オレは死にかけの父さんを置いて、家出をした最低な娘だ!! 遭難して何もせずに戻って来たバカ野郎だっ!! でもっ……それでもオレは……父さんを死なせたくないんだ!! オレは医者だっ!! 医者なんだっ!!」


 フィリアは私の胸に手を当てて、顔を埋めて泣き喚いた。

 私はどうするべきかと考えて、彼女の頭を抱きしめた。

 先ほどは王国軍の邪魔が入り、思う存分泣かせてやれなかったからな。

 気の効いた言葉が思いつかなかったから、私は無言でフィリアを抱きしめた。

 フィリアは私の胸の中で嗚咽して、咳き込み、鼻水を垂れ流していた。


「フィリア……お前は父さんが大好きなんだな…… 大丈夫だ……こんなに可愛い娘が頑張っているんだ。父さんはきっと、フィリアを待ってくれている。だから頑張ろう。大丈夫だ……大丈夫……全部上手くいくから…… 

 私が絶対に、お前と父さんを幸せにするから……」


 私の口から、自然とそんな言葉が出た。

 フィリアは、小さな肩を震わせながら


「う"んっ"……」


 小さく、されど力強く頷いた。


 それからフィリアは、私の胸に顔を埋めて、先ほど中途された涙を、全て流しきった。












 


 私達は、すずの葬式をとり行った。

 ふもとにすずの身体が埋められた、大きな木の前で手を合わせてる。

 そして女神様とすずに向けて、祈りの言葉を口に出す。


【大地に降り立ちて天命を全うせし者よ、"白菊ともか"の求めるままに、"神の世界"へと還りたまえ】


 私達は女神様に祈った。

「どうかすずの魂が、無事に"神の世界"へ帰れますように」と。


 女神、"白菊ともか"は、この世界の創造主であり、伝説の勇者達を従え"悪神"を滅ぼしたという、神話上の存在である。

 白菊ともか教という、アキバハラ公国発祥の、長い歴史を持つ宗教の祈りである。

 1700年前の歴史書――「五大英雄伝」に基づいた信仰であるが。

 私も子供の頃、響香きょうかと一緒に読んだのを覚えている。

 なかなかに面白い冒険譚だった。




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