第三膜 寝取られ撲滅パーティー編

二十二発目「はじめての地上世界」

万浪行宗まんなみゆきむね視点ー


 転移魔法陣の輝きに包まれて……

 俺は気づいたら、水中へと放り出されていた。


 水には流れがあって、俺は溺れながら、奥へ奥へと引きずり込まれる……

 苦しい、苦しい、苦しい……

 これはまさか、ゲームでよく見る。転移魔法陣を利用したトラップという奴だろうか?

 くそぉ……また水の中かよっ!!……

 リリィさん、もう一度、【空気球エアボール】スキルをお願いしますっ!!


 ごぼぼぼぼぼぼぼ!!


 突然、水の流れが上向きになった。

 そして、天に昇っていき……


 ドッバァァ!!と勢いよく、水の中を抜け出して、大空へと投げ出された。

 眩しい太陽光がギラリと差し込む。

 青色の大空に、遥か高くから見下ろしてくるような入道雲である。

 視界の端には濃い緑の木々が生い茂り、水しぶきが空中に浮いている。


 次の瞬間、俺の身体は重力に掴まれて、

 水面へと、尻もちを着いた。


 ザバァァァ!!!


「いやぁあああ!!」


 同時に周囲で、女性陣達の悲鳴が聞こえた。

 そこは、森の中の川だった。

 水深は浅く、70センチメートル程。

 水の流れが緩やかな、森に囲まれた池のような場所。

 その中央からは、ジャバジャバと音を立てて、噴水のように水が湧き出ていた。

 俺達五人はどうやら、そこの穴から噴き出してきたみたいだ。

 その噴水を囲むように、新崎にいざきさんや浅尾あさおさん、リリィさんとユリィさんが尻もちをつき、ゴホゴホと咳き込んでいた。


「……がはっ……なるほどっ!……驚きましたが、なるほど、合理的な仕組みですね。皆さん無事ですか?」

 

 リリィさんが、顔を拭いながら、息を整えながら声を上げた。。


「み、水の中に繋がってるなら、早めに伝えてほしかったなぁ。また死んだかと思ったよ」


 浅尾あさおさんが、ほっと胸を撫で降ろしながらため息をつく。

 つい、彼女の胸に目が行ってしまった。

 水浸しの透けた薄着に、大きな乳房の組み合わせは、男子高校生にとっては目の毒だ。

 

「すみません……直前で思い出したので……」


 リリィさんは、申し訳なさそうに謝りながら、周囲の様子を見渡した。

 しかし、周りは大きな木が覆い尽くしている。

 日本では見ない木だ。どちらかというとアマゾンの森の中に近い。

 大きな葉っぱのついた、幹の太い木々。

 しかし、現実世界と比べてどこか違和感がある。

 一見普通のジャングルだが、どこか異質な印象を受ける。


「……あの、お姉さま、私はとても感動しています。これが自然の世界なんですね……なんて綺麗なのでしょう。

 いままで、出会った事のない生き物の気配が、そこら中に居ます……」


 ユリィさんが、目を瞑ったまま、幸せそうに口角を上げていた。

 白い長髪が水の中に沈み込み、真っ白な濡れたワンピ―スを着て、まるで女神のような姿だった。

 まだ彼女は小学生だが、大人になれば、きっと美人になるのだろう。

 リリィさんは、360度に広がる大自然に、見えない目を輝かせながら言葉を続けた。


「……お姉さま。そして行宗ゆきむねさん、浅尾あさおさん、直穂なおほさん。

 わがままを言っていいですか?

 ……わたし………この川で泳いでみたいんです」


「え……?」


 リリィさんが、呆気に取られた顔をした。


「そう言われても……ユリィは泳いだ事もないでしょう? 危ないですよ……」

「お願いします。少しだけで良いんです。ずっと憧れだったんです……」


 ユリィさんは力強くそう言った。

 リリィさんは、困ったなー、という顔で、黙り込んでしまう。


「……えっと。私なら泳ぎ方を教えられるよ。小学校の頃はスイミングスクールに通ってたから」


 そう口を挟んだのは、新崎直穂にいざきなおほだった。

 俺の彼女である。

 濡れた黒髪ショートを手の平で払いながら、澄ましたような顔は、俺の好みのドストライクだ。

 そういえば直穂なおほは、中学校の水泳の授業で、泳ぐのは速かった気がする。

 もう、二年前の夏になる。

 俺達が知り合ってから間もない頃だ。


「……分かりました。今日はもう、日が暮れそうですし、移動する時間はなさそうですね。

 新崎にいざきさん、ユリィを頼みます。

 ユリィ。お姉ちゃんは、先に寝床ねどこの準備をしておきます。

 しばらく離れ離れになりますが、新崎にいざきさんをお姉ちゃんだと思って下さい」


 リリィさんは、ユリィと直穂なおほに笑いかけた。

 「感謝します。姉さま!」、というユリィさんの声と、「任されました!」という直穂なおほの声が重なった。


 リリィさんの表情は、出会った時と比べて和らいでいた。

 俺も、少しは安心していた。

 ここはもう、おっかないモンスターがウジャウジャいる、ダンジョンの最下層ではないのだ。

 RPGで例えるなら、ラスボス手前のエリアから、はじまりの町付近の森に転移したようなものだろう。どうしても安堵せざるを得ない。


 しかし、油断は禁物だ。

 ここはまだ異世界である。

 ラスボス戦で、俺達を貶めようとしたクソ仮面野郎共ギャベルとシルヴァも、この世界のどこかで生きているのだ。

 俺はもう、警戒を怠らない。

 リリィさんと共に公国へと向かい、現実世界に帰還する方法を見つけ、クラスメイトと合流して、現実世界に帰るまで、気は抜けない。


「なぁリリィさん、俺達、離れ離れになって大丈夫なのか?

 迷子になったり、へんなモンスターに遭遇したり……泳いでいる最中に、【天ぷらうどん】みたいなモンスターに、飲み込まれたりしないのか??」


 俺は不安のあまり、リリィさんに尋ねた。

 もう、危険な目には遭いたくないのだ。

 直穂なおほ浅尾あさおさんを、危険な目に遭わせたくないのだ。


「ふふっ……心配しなくていいですよ、ここには、私達にかなうモンスターなど生息していませんよ。行宗ゆきむねさんでもワンパンできます。

 ですが、本当の脅威は、モンスターよりも人間です。

 この地域は、公国と王国の国境付近の為、ガロン王国の軍隊が駐在しています。

 私達にとっては、ガロン王国は敵国です。

 それに、この付近の獣族たちが、ガロン王国に、反乱を起こしているという噂を耳にしました」


「え? 獣族ってまさか! あの獣族か?」


 俺は、思わず突っ込んだ。

 獣族、それは獣と人間の融合体。

 ゲームの世界によく出てきた、ケモミミと尻尾のついた、むちゃくちゃ可愛い美少女。


「うそっ! この世界には獣族がいるの!?」


 食い気味にセリフを重ねたのは、俺と同じアニメオタク、俺の彼女の新崎直穂にいざきなおほだ。

 直穂なおほは、キラキラと目を輝かせながら、リリィさんへと距離を詰めた。

 やはりアニメオタクの血は争えないな。

 獣族の美少女。

 一度でいいから、その柔らかい毛並みを、懐にいれて撫ででみたいと思うのは、二次元オタクの性である。


 リリィさんは、俺の彼女の勢いに、引き気味で戸惑っている。


「は、はい。この近くに獣族の村があった筈です……ガロン王国の管理下で、魔石の単窟の仕事をしているそうです……」

「そーなんだっ、現実世界に帰る前に、会ってみたいなぁ!!」


 直穂なおほは空を見上げて、嬉しそうに妄想している。

 俺も想像してしまう、直穂なおほと、獣族村への初デート。

 うん、猫カフェデートみたいで悪くないな。



「……しかし、獣族達の一部は、ガロン王国の支配に反発し、反乱を起こしていると聞きます。

 なので、今は、あまり関わりたくないですね。

 それでは、私は、寝床を作りに行きます。ユリィは水泳を楽しんで下さい。

 あまり遠くへは行きませんから、何かあれば、あたしを呼んで下さい。

 行宗ゆきむねさんと浅尾あさおさんはどうしますか?」


 リリィさんの問いに、浅尾あさおさんは、うーんと頭を捻らせる。


「どーしよう。私は泳げないしなーー。リリィちゃんを手伝おうかな。何か出来る事はある?」

「正直、手を貸してもらえると嬉しいです、浅尾あさおさんのスキルは、木を切るのに向いているので」

「分かった。任せて! なんかサバイバルみたいでワクワクする!」


 浅尾あさおさんは、リリィさんを手伝うようだ。

 さて、俺はどうしようか……

 ユリィさんに水泳を教えるのは、直穂一人で十分だろう。

 合理的に言えば、俺は、リリィさんの仕事を手伝うべきだろう。

 しかし、正直に言うと、俺は……

 直穂なおほと水泳デートをしたい!!


「わがままを言うと、俺は、直穂なおほと一緒に泳ぎたいです。いいですか?」


 俺は、正直な気持ちを話した。


「……でも、リリィさんの仕事が大変なら、俺はリリィさんを手伝います。 ずっと、お世話になってばかりなので!!」


 俺は言葉を付け足した。

 リリィさんにばかり、面倒事を押し付ける訳には行かない。

 電子レンジ、ドライヤー、冷蔵庫、酸素ボンベとして……

 俺はリリィさんを、まるで家電製品のように使い倒してきた。

 頼りっぱななしは申し訳ない。


「……そうですね。では行宗ゆきむね君は、この川で魚を捕まえて下さい。

 新崎にいざきさんとイチャイチャしながらで構いません」


 は??

 魚を捕まえろ。だと??

 俺が!? まさか素手で? 釣竿や槍もなしで?


「いや、冗談ですよね?」

「大真面目ですよ。ダンジョンのラスボスを倒した勇者が、まさか川の魚が捕まえられないとでも?」

「た、たしかに……」


 俺は、至極真っ当な意見に、納得せざるを得なかった。

 俺は確かに、【スイーツ阿修羅】、この世界で最強の生物を倒したのだ。

 今の俺は、現実世界の俺とは違う、52レベルの召喚勇者だ。

 川の魚ぐらい、捕まえられる……のか??


 俺は、ふと辺りを見渡した。

 そして、浅尾和奈あさおかずなさんと目が合った。

 彼女は、真っ赤な顔をして、目をパチパチとさせながら、俺と直穂なおほを、交互に見つめていた。

 両手をわなわなと震わせて、今にも爆発しそうなほどに、感情が高ぶっていた。


「ななっ!! な・お・ほぉ!??」


 浅尾あさおさんの叫び声が、森の中に響き渡った。


「は?? はぁぁ!? なんで呼び捨てぇっ……もしかして二人とも……いつの間に……!!」


 そういえば、伝え忘れていた。

 直穂なおほと俺が、付き合う事になった、と。


「……か、和奈かずなっ、ごめん!…そう言えば、伝え忘れてたっ。 私はっ、行宗と、無事に付き合う事になったのっ!」


「うへぇぇぇぇ!!? いつの間にいぃ!!」


 新崎直穂にいざきなおほの衝撃の紅白に、浅尾和奈あさおかずなは衝撃を受けた。


和奈かずなが背中を押してくれたお陰だよ。ありがとう。私、ちゃんと告白できた。」


 直穂なおほは、リンゴみたいに赤い顔で、親友へと感謝の言葉をかけた。


「まじか! やったね直穂なおほっ! 私も嬉しいよっ! 

 行宗ゆきむねくんも、おめでとう! 

 もし、直穂を泣かしたら許さないからね。ちゃんと責任もって、幸せにすること!」

「言われるまでもなく、絶対に手離しませんよ」


 俺は思い切って、食い気味にそう言った。

 俺のセリフに、直穂なおほはさらに、顔を赤くした。

 いや、可愛い過ぎだろ。こっちまで恥ずかしくなるっ。


 彼女と付き合うという事は、想像以上に難しい気がする。

 「愛してる」と伝えるのも、付き合う前以上に勇気がいる。

 なぜなら、責任が伴うからだ。

 彼氏として、彼女を大切にする責任が……

 

「ひゅーっ!アツアツだねぇ。応援してるよっ。

 恋人は付き合ってからが本番だからねー。

 くれぐれも相手に幻滅されないように、末永くお幸せにしたまえっ!」


 浅尾あさおさんは、楽しそうにカラカラと笑った。

 あれ? 

 そういえば、浅尾あさおさんには、彼氏はいるのだろうか?


「あの、浅尾あさおさんは、好きな人っているんですか?」


 俺は、思わず聞いてみた。


「いないよ。あんまり作る気もない。

 中学の頃に、恋愛しすぎて疲れたのかもね。しばらくは部活に打ち込みたかった感じ。

 まぁ……こんな異世界にきて、大冒険を繰り広げるとは思っていなかったけど……」

「そうだな…早く帰りたいな……」

「でも、楽しいよっ。皆でハラハラドキドキしながら、ダンジョンを攻略して、地上に出て……

 リリィちゃんとユリィちゃんにも出会えたしね。 

 ……そういえば……二人とは、いずれ別れる事になるんだよね……。

 私達が現実世界に帰る時には……」


 浅尾あさおさんは、そよ風に濡れ髪をなびかせながら、空を見上げて微笑んだ。

 どこか寂しそうな顔だった。


「……別れは、誰にだって訪れますよ……」


 ぽつり、とリリィさんが呟いた。

 そうだ。

 俺達が現実世界に帰るという事は、この世界との別れ。

 リリィさん達と、別れる事を意味する。

 リリィさん達とは、今日であったばかりの仲だが、命を預け合った盟友である。

 二日前までは想像もしていなかった。陰キャの俺が、こんなに多くの仲間に囲まれている事なんて。

 別れるのは嫌だ……


 一瞬の静寂がおとずれる。

 全員が黙り込んでしまった。

 森の中に、水の噴き出る音だけが続いていた。。

 

「なんてね。その時までに、沢山思い出を作ろうよっ!

 人生は一期一会だよっ!

 さあユリィちゃん、泳いでみよう! リリィちゃんも、一緒に寝床を作ろう!」


 浅尾あさおさんは、パンッと手を慣らして、太陽のように笑った。

 そして浅尾あさおさんは、リリィさんの手を取って、川から上がり、森の中へと向かって行った。




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