ニ十発目「ア〇メ天使と閃光の一撃」


 新崎直穂にいざきなおほは、金色の光に包まれた。

 全身が、半透明の、白い衣に覆われる。


 頭上には、天使のわっかが浮かんでいて。

 右手には、宝玉のついた杖が握られている。


 暗闇を照らす、光かがやく新崎にいざきさんの姿は、

 まさに「天使」であった。




 新崎にいざきさんは、俺の身体を、後ろから優しくだきしめながら……

 耳元で、スーッと息を吸った。


「我、神の天使なりて、悪魔の使徒を祓いたもう!!

 【聖なる光明セイクリッド・ライトニング】!!!」


 新崎にいざきさんは、あらんかぎりの声で叫んだ。

 周囲が眩しい光に包まれる!!


 これは、TVアニメ【無限神話】のキャラクター、大天使ミカエル様の降臨魔術、【聖なる光明セイクリッド・ライトニング】だ。

 新崎にいざきさんは、俺と同じ、アニメオタクだからな。

 もちろん、この呪文は、この世界の正式名称ではないだろう。

 新崎にいざきさんが、勝手に名付けて言っているだけだ。


 新崎にいざきさんは、とても楽しそうだ。

 気持ちは分かる。

 俺も賢者になった時、自身から溢れ出る無敵感に酔いしれて、主人公になった気分だった。

 思い返せば、かなり恥ずかしい事を叫んでいた。


 新崎にいざきさんも、天使になった事への高揚感から、厨二病が発動しているのだろうか。

 正直、無茶苦茶可愛い。

 


 

 新崎にいざきさんから、溢れ出した光は、全方向に飛び出していき、

 【天ぷらうどん】を焼きつくし、無へと溶かす。

 

 不思議な事に、アニメの魔法とそっくりだった。

 そして、驚くべき強さだった。


 ジュワァァァアァ!!!!


 金色の光がつつみ込んで、うどんを一瞬の内に溶かしていく。

 

 俺が苦戦したのが馬鹿みたいに思えるぐらい、簡単に溶けていく……。

 俺も新崎にいざきさんも、同じ【自慰マスター〇ーション】スキルの筈なのに!?

 なんで、賢者と天使の違いで、こんなにも性能差があるんだ!?

 

 俺は一瞬悩んだ末に、一つの答えを導き出した。

 ズバリ、相性の問題である。




 ゲームではよく、敵との相性が重要になる。


 例えば、「幽霊モンスターに物理攻撃が効かない」、や、「火のモンスターには、水属性の攻撃が有効である」、等といった。

 単純な攻撃の絶対値では表せない、弱点や欠点などの関係性である。

 

 俺の使う賢者は、物理攻撃と近接攻撃に特化している。

 だから、自由自在に動き、本体の場所が特定出来ない【天ぷらうどん】には、ほとんど有効打を与えられなかった。


 対して新崎にいざきさんは、天使である。

 彼女の光に包まれた魔法は、【天ぷらうどん】を豆腐のように溶かしていく……


「すごい、カッコいいです、新崎にいざきさん…!」


 俺は思わず、感嘆の声をあげた。


「ふふっ、そうでしょう!!

 我が道を阻むものは、誰一人として容赦はしない!!

 我、神の天使なりて、謀反者を裁き賜たもう!!【裁きの剣ジャッジメント・ソード】!!」


 新崎にいざきさん、ノリノリじゃないか。

 完全にアニメキャラに、大天使ミカエル様になりきっている。

 俺は彼女の胸の中で、楽しそうな笑顔に見惚れていた。


 彼女の魔法は、溢れ出した光を収束させて、一本の線をつくる。

 それはさらに凝縮して、輝く黄金の剣となった。


 新崎にいざきさんの手で、その剣は素早く振り抜かれた。

 轟音とともに、前方のうどん達が、真っ二つに切り裂かれる。



 ズバァァァン!!!












 斬り開かれた視界の先には……

 金髪ツインテ―ルをなびかせた少女、リリィさんがいた。


「ゆっ……行宗さんっ……【空気弾エアブロー】【空気弾エアブロー】……!!

 賢者になったん……ですねっ……流石ですっ……早く上に、逃げましょうっ……!!」



 リリィさんの声は掠れていた。

 うどんの触手に囲まれ、息を絶え絶えとさせながら、俺達の為に、酸素を送り続けていたのだ……。


「リリィさんっ!!大丈夫ですかっ!?うわっ!!」


 新崎にいざきさんは俺を担ぎ上げて、背中に乗せた。

 今度は逆に、俺が新崎にいざきさんの背中に抱きついた。


「ちょっと掴まってて行宗ゆきむねっ!」


 新崎にいざきさんの言われた通り、彼女の背中にしがみつく。

 天使の羽をはためたせ、彼女は、激しい速度で空を駆ける。


 ゴォォォォ!!!


 新崎にいざきさんの急加速で、俺の身体はジェットコースターのように振られてしまう。

 かなりの恐怖を感じた。


 先ほど振りわましていたリリィさんの気持ちを、俺は身を持って理解した。







「リリィちゃん!掴まってっ!!」


 新崎にいざきさんは片手を伸ばして、リリィさんへと手を伸ばす。

 リリィさんは、虚ろな目で顔を上げると、新崎にいざきさんの手を、握り返した。


 「新崎にいざきさん??………そのスキルはっ、なんですかっ……!?」


 リリィさんは、光かがやく新崎にいざきさんの姿に、驚いた顔をした。


「天使の力だよっ。ねぇリリィちゃん、行宗ゆきむねくんを支えて、私達を助けに来てくれたんだね、ありがとうっ!」


「い、いえっ。私が助けにきたのは、全て妹のためですから……」


 リリィさんは、謙遜した様子で首を左右に振った。


「それでも、ありがとう。

 大丈夫。リリィちゃんの妹は、私が助けるから。

 私が光の魔法で、このモンスターを倒してみせる!」


 新崎にいざきさんは、リリィさんに微笑みかけた。

 

「で、ですがっ、この空間のどこかに、私の妹がいますっ!

 浅尾あさおさんという人もいますよねっ!?

 大きな魔法を使えば、巻き込んでしまう危険がありますっ!」


 リリィさんは、焦った様子でそう言った。

 先ほども、俺が確認せずに人込みを斬った時、「妹に当たったらどうするんですか!?」と、ぶん殴られたからな、

 俺は、無茶をいうなと怒鳴ったが、すまない事をした。

 リリィさんはただの妹思いの、良い姉なのだ。


 是非、俺も戦いたいが、もう体力が残っていない。

 温泉での戦闘も含めて、俺は二回賢者になっている。

 恐怖心も相まって、俺の息子は萎え切ってしまった。

 俺はもう、戦えない。

 

「心配ないよ、私にはね、人の居場所が見えるの。

 それに、上手く魔法を使えば、うどんだけ・・に攻撃だけに攻撃を当てる事が出来るから、

 リリィちゃんの妹と浅尾あさおさんは、絶対に傷つけない」


 新崎にいざきさんは、さらに説明を加えた。

 うどんだけに攻撃を与える、だと?

 そんな事、どうやってするんだ?


「そう……なんですか??

 そんな都合の良い事がっ………??」


 「うん……」


 新崎にいざきさんは、人の居場所が見えると言った。

 もしかしたら新崎にいざきさんも、俺が賢者の時みたいに、「生き物の気配」が見えるのかもしれない。

 


 そして新崎にいざきさんは、真剣な顔に変わると、もう一度大きく息を吸った。



 

「我こそは月の天使なり!!満ち溢れる月光の下、かの物に天罰を与えよ!!

 【電撃・雷エレクトリック・サンダー】!!」


 新崎にいざきさんの詠唱と共に、プラズマのような光が飛び出し、うどんの中へと潜っていく、  

 うどんの中を伝播していく…

 うどんの麺が、内側から焼き尽くされていく。

 なるほど確かに、うどんだけに攻撃が当たっている。

 

 いや、天使の力、便利すぎないか?


 遠距離攻撃、攻撃対象の選択なんて機能は、賢者にはない。


 近接、物理攻撃特化の賢者とは、えらい違いだ。


 隣のリリィさんは、口をぽかんと開けたまま、新崎にいざきさんの魔法に釘付けになっている。

 その瞳は、魔法の反射光が写り込み、瑠璃色に輝く、


「すごぃっ………」


 心底感嘆したような声を上げた。

 リリィさんの見惚れた顔は、年相応に幼くて可愛かった。


 






「ギャァァァァァァアアア!!!!??」


 (!!?)


 突然、耳を切り裂く断末魔が、響き渡る。

 俺達の頭上だ。水の中を反響して届いてくる。

 濁点が幾つも付いたような、汚い叫び声だった。

 間違いなく、浅尾あさおさんの声ではない、リリィさんの妹でもない筈だ。


 俺達三人は、唐突の叫び声に、ビクリと身体を震わせた。


 


「み、見つけたっ!!あれが本体っ!!【天ぷらうどん】の本体よ!!」


 新崎にいざきさんが、興奮した様子で叫んだ。

 彼女が指さす先は、声がした場所、俺達の真上である。


「【天ぷらうどん】の本体ほんたいを倒せば、この戦いはすべて終わる!!

 行宗ゆきむね!リリィちゃんっ!私にしっかり掴まっててっ!!」


 そうか、この叫びは、【天ぷらうどん】の正体が出した悲鳴なのか!

 凄いぞ新崎にいざきさん、うどんを焼き消していくだけでなく、本体の位置の特定を済ませるなんて!

 俺には、そんなこと出来なかった。

 


「私から逃げられると思うなっ!」



 ぎゅぅぅん!!!


 新崎にいざきさんは、一気に加速した。

 天使の羽をはためかせ、リリィさんの空気球につつまれながら、うどんの中を駆けまわる。

 俺は左右に振り回されて、重力がめちゃくちゃになり、吐き出しそうになりながら、新崎にいざきさんにしがみついた。




「ひぃぃぃぃっ!!!来るなっ!!来るなァァッ!!」


 進行方向から、男の汚い悲鳴が聞こえた。

 新崎にいざきさんに恐れおののき、逃げ回っているのだろう。


「うどんの中を逃げても無駄だっ、我の光は全てのうどんを焼き尽くすっ!

 【天使の断罪エンジェル・ジャッジメント】!!」


 新崎にいざきさんはノリノリで、聞いたことのない呪文を唱えた。

 まぶたの向こうで、ビカビカと激しい閃光がしたが、俺は目を開けられず、何が起こっているのか分からなかった。


 新崎にいざきさんのジェットコースターは、俺を予測不可能な動きで振り回し、恐怖のどん底へと突き落とす。

 怖すぎるっ。このジェットコースターは、先のコースが見えないのだ。


「ひぃぃいいい!!勘弁をぉぉ!!どうか勘弁をぉぉぉ!!」


 汚い男の叫び声が、大きく聞こえるようになった。

 確実に距離は縮まっている。


 早く、早く本体を倒してくれっ……!!

 もう、吐き出す寸前だっ、し、しぬぅぅぅ!!




「あ、あははははぁあ、ふっ、ふふっ!!フハハハハハハァ!!!

 勝ったっ!!!勝ったぞぉぉぉ!!」


 しわがれた男の声が、嬉しそうに嗤った。

 先ほどの、恐怖に染まった声が嘘のようだ。


 そして、新崎にいざきさんは、急停車した。

 ピタリ、と動きを止めたのだ。


 慣性の法則で、俺は新崎にいざきさんの背中に叩きつけられた。

 新崎にいざきさんの背中は、うどんと汗が浸みこんだ匂いがした。

 生々しかった。


 さらにはずみで、俺の両手が、新崎にいざきさんの膨らみの上に乗っかってしまった。

 服越しに伝わってくる、新崎にいざきさんの胸の感触。

 それを手の平で感じて、俺はさらに興奮してしまう。

 今なら、俺の息子も元気になりそうだった。


「そんなっ……」


 新崎にいざきさんは、絶望に染まった声を漏らした。

 俺に胸を揉まれている事にも、気づかない様子だ。

 何があったんだ?

 俺は顔を上げて、新崎にいざきさんの背中越しに前方を確認した。


 そこには、浅尾あさおさんがいた。

 目を瞑って気絶しているようだ。

 

 浅尾あさおさんの後ろには、しわがれたジジイがいた。

 100才……なんてものじゃない……

 1000才と言われた方がしっくりくる、全身しわに覆われた、うす汚れたお爺さん……

 人とは思えない化け物が、そこにいた。

 コイツが、【天ぷらうどん】の本体か。

 

 そのクソジジイは、眠っている浅尾あさおさんを、背中から抱きしめていた。


 彼らの周りには、大きさの様々な触手が、うねうねと動き回り、浅尾あさおさんの服の中へと忍びこみ、いろんな場所をまさぐっている。

 見える範囲では、鼻の穴や口の中へと、大量の触手が忍び込み、粘液と共にぐちゅぐちゅとうごめいている。


 まるでエロ漫画のような触手凛辱が、目の前で行われていた。


「動くんじゃねぇぞぉ、少しでも動いたらコイツの命はねぇぜェ、さあ手ェあげろぉ……

 三人まとめて、美味しく頂いてやるよぉ……」


 クソジジイが、シワだらけの顔を歪めて、そう嗤った。

 浅尾あさおさんは、その間も大量の触手によって、服をめくられていく……


 肉付きのいい、巨乳健康ボディの浅尾あさおさん、

 俺は、興奮していたのかもしれない。

 しかし、興奮を遥かに上回る絶望によって、俺の脳内は支配された。


「っ………!!」


 新崎にいざきさんの身体に、明らかに力が入る。

 リリィさんも、ガタガタと身体を震わせている。


 俺達の周りには、白い触手が近づいて来ている。

 マズイ、このままでは、皆捕まる。


 そんなことは分かっているが、俺達は身動きがとれなかった。

 もし動けば、浅尾あさおさんが殺されるのだ。

 浅尾あさおさんを犠牲にするなんて選択は、俺たちには、とてもじゃないが選べなかった。


…………


 新崎にいざきさんの胸に重なる俺の腕に、一滴のしづくがこぼれ落ちた。

 新崎にいざきさんの涙である。

 彼女は涙を流し、悔しさのあまりに身体を震わせていた。









「ぎやぁぁぁぁ!!!!」


 突然、女性の絶叫する声が響いた。

 浅尾あさおさんの声だった。

 しかし、俺には信じられなかった。

 こんな、この世の終わりみたいな絶叫が、浅尾あさおさんが出した声だとは……信じたくなかった。


 恐る恐る顔を上げて、浅尾あさおさんの様子を確認しようとするが、ぼやけて上手く見えなかった。

 涙があふれて、前が見えないのだ……

 何とか瞬きを繰り返して、溢れ出す涙を振り払いながら、浅尾あさおさんを確認した。


 浅尾あさおさんの身体からは、真っ赤な血が噴き出していた。

 おへその辺りに、太い触手をねじ込まれて、無理やりこじ開けられながら、胎内をかき回されている。

 こじ開けられたへその穴からは、脱水で死ぬんじゃないかと思う程の、大量の血が噴き出している。

 浅尾あさおさんの頭は、うどんに埋もれて見えないが、首筋は血が零れ落ちながら、死にそうなほどの金切り声が続いている。


 

「おらぁ!!手を上げろって言っただろぉ!!早くしねぇと、お友達が死んじゃうぜェ……」


 クソジジイは、いやらしい顔でわらった。


「いやぁあああぁあああ!!!」


 新崎にいざきさんは、涙をまき散らして悲鳴を上げた。

 そして、身体を震わせながら両手を上げた。


「う、うぅぅ……うぅぅ………」


 リリィさんも、顔を真っ青にして、涙や鼻水をだらだらと垂れ流しながら、恐る恐る両手を上げた。

 俺は、ごめんなさいと思った。

 リリィさんにとって、浅尾あさおさんは他人なのに……

 でも、リリィさんは両手を上げた。

 リリィさんは、他人の浅尾あさおさんの為に、自分の命と、妹の命を諦めてくれたのだ……。


 ありがとう……


 何がありがとうだよ……

 何もありがたくねぇよ……


 そして俺も、両手を上げた。


 降参だ……。

 

 死線を幾つもくぐり抜けて来たが、ようやく詰んだのだ。


 まぁ、新崎にいざきさんとは、想いを伝え会う事が出来たし、

 互いに好きと言い合って、秘密も打ち明け合って、心の底から通じ合った。

 俺は、幸せだった。

 もう、十分なのかもしれない……





 いや……

 嫌だ!

 俺はまだ、キスをしていない!

 デートもしていない、添い寝もしていない!

 セッ〇スだってしてないじゃないか!!


 せめて、キスだけでも、今の内に……

 あぁ、もう手遅れだった……


 俺はもう、触手の中にいるじゃないか……。


 新崎にいざきさんは、もう、俺の傍にはいない。

 三人とも、離れ離れにされてしまった。


 水の中なのに、息ができる……不思議だな……。


 うどんの触手に、全身をまさぐられる感覚……

 くすぐったいけど、心地いいかもしれない……


 はぁ……もう、どうでもいいや………

 疲れた……。


 だんだんと意識が薄れていく。

 頭の中がぼーっとしていく。

 全身の力が抜けていく。

 心地よさに包み込まれていく。

 深く、深くしずんでいく。

 下へ下へと落ちていく。

 もう戻れない。もう戻りたくない。

 気持ちいい。 

 ただただそこは気持ちいい。

 世界と繋がっているような、そんな感覚。

 ひとりぼっちでもさみしくない。

 つらいことも、かなしいことも、ここにはない。

 とても幸せ。

 あなたは幸せ

 ずっと一緒だよ……


 








 


 

 

 









「【裁きの槍ジャッジメント・ランス】!!!」


 誰かの声がした…………


 新崎にいざきさんではない、リリィさんでもない、浅尾あさおさんの声でもない……


 もっと高くて……幼い声だ…………。


 目の前で、バチバチと閃光せんこうがきらめいた。


「ぎやぁぁぁぁっ!!」


 クソジジイの、掠れたような断末魔が、空間を震撼させた。


 そして俺は、うどん地獄から解放される。


 水が消滅する、うどんが消えて行く。

 重力が戻ってくる。

 落ちる、落ちる、加速していく…………。

 そして………


 ドゴォォッ!!!


 俺はデコボコの地面に激突した。


 痛い、痛い痛い、痛い!!!

 何だ??

 何が起こった??












「【大地回復グランドヒール】!!」


 また、同じ幼い声がした。


 彼女の魔法で、地面が緑色の光に包まれて、輝きはじめた。


 その光は、身体の痛みや疲れを癒していく……


 もう、なにも痛くない。


 俺は、ゆっくりと上半身を起こした。










「姉さまっ!!ご無事ですかっ!?ここは、どこですかっ!?」

 

 先ほどの、幼い声が聞こえた。

 すぐそばだ。

 声のした方に顔を向けると、少女がいた。


 小学一年生ぐらいだろうか。

 白く透き通った長髪に、リリィさんと同じ真っ白なワンピース。

 背丈は俺の半分ぐらいしかない。手足も細くて可愛らしい、正真正銘の幼女だ。


 そんな少女は、俺の隣で、リリィさんへと抱きついていた。




「うぅぅぅっ……ユリィぃぃ……無事でよがったぁあぁぁ……助けてくれたんだねぇ……ありがとぉぉぉぉ……もうっ……ダメかと思ったよぉぉぉ……!!」


 リリィさんは鼻水を垂らしながら、白い髪の少女を抱きしめていた。

 彼女たちは、座り合いながら抱き合っていた。

 

 そうか、この少女こそがリリィさんの妹、ユリィなのだ。

 リリィさんは、愛する妹との再会に、安心のあまりに泣きくずれていた。

 

 俺はそんな彼女達を、ぼーっと眺めていた。





「ね、ねぇさんっ!?……泣きすぎですよっ……そんなに私の事を心配してくれたんですか??

 すいませんでしたっ……心配かけてごめんなさい……」


「本当よおぉ……怖かったぁぁあぁ……死ぬかと思ったよぉぉ」


 リリィさんは、両手をガタガタと震わせながら、妹のユリィを強く抱きしめる。


「大丈夫ですよ……姉さん……もう、全て終わりましたから……よしよし……怖くない、怖くない……あんしん、あんしん……」


 妹のユリィは、号泣する姉の頭を撫でながら、震える身体を優しく包みこんだ。

 リリィさんは、ユリィの小さな胸に頭を埋めてワンピースを涙で濡らす。

 妹の体温に包まれて……リリィさんの嗚咽は、少しづつ落ち着いていった。


 あぁ、いいな、こういう関係。 

 リリィさんは、妹想いのいいお姉さんだ。

 リリィさんも、こんな表情で泣くんだな、と驚いた。

 確かに彼女は大人びていて、頭も良さそうだが、それでも10才ほどの子供なのだ。

 年相応の様子を見て、俺は少し、安心した。



 

(俺は、助かったのだろうか……?)


 俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。


 薄暗い闇の中、足元には地面があって、遠くには人が転がっていたりする。


 この空間には、湿気に覆われていたものの、水は全てなくなっていた。。

 うどんもなかった。


 【天ぷらうどん】は倒されたのだ。

 恐らく、リリィさんの妹の、ユリィさんの魔法である。……。

 死角からの、閃光せんこうの一撃。


 あ……


 俺は、隣に座り込んだ女性と、目が合った。


 新崎にいざきさんだ。

 新崎にいざきさんは驚いた様子で目を見開いた。どうやら、同時に目が合ったみたいだ。


 彼女の瞳は赤く腫れていて、涙の痕があった。

 髪はぼさぼさに荒れていて、全身には水滴がしたたっている。

 うどんの触手にまさぐられたのだろう、彼女の服ははだけて、乱れていた。


 ………


 俺達は、じっと見つめ合う…

 お互いにとって、大切な人……はじめての俺の彼女……

 安心感、疲労感、愛する気持ちと切なさ、後悔、欲情……

 あらゆる感情が、互いの中を行き交って、一つの答えに収束していく。


 俺は、新崎にいざきさんの背中へと、両手をまわした。

 新崎にいざきさんも、両手を俺の脇の下にくぐらせて、背中へと手のひらを重ねてきた。


 俺達は、互いに腕をまわし合って、真正面から見つめ合う。

 新崎にいざきさんの体温や、鼓動の高鳴り、呼吸の乱れが、手に取るようによく分かる。


 俺達は、しばらくそうして見つめ合い。

 すぐに我慢できなくなって、

 

 俺達は、唇と唇を重ねた。




 ちゅ……ちゅ………ちゅぅ………

 

 俺達は、目線をぶつけ合いながら、唇を何度も重ね合わせた。

 互いを抱きしめる力が強くなる。

 想いを確かめ合うように、何度も何度も、感情の赴くままにキスをする。


 柔らくて、湿っている、新崎にいざきさんの唇……

 俺にとっては、はじめてのキスだ。

 軽く唇を触れさせるだけで、まるでセッ〇スをしている気分になる。

 これが、肌を重ねるという感覚なのか……。

 幸せだなぁ……

 俺達は今、世界で一番幸せだと思う。

 俺のファーストキスは、性的興奮よりも、幸福感の方が強く感じられた。

 


 新崎にいざきさんの瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。 

 やがて彼女の瞳は、大粒の涙であふれかえった。

 新崎にいざきさんの頬をつたって、幸せの涙が、ゆっくりと流れおちていく。


 俺達は、すこしだけ舌を絡めた。

 口を半開きにして重ねて、舌を突き出しながら、互いの口の中の味を確かめた。

 

 しかし、すぐにお腹いっぱいになり、俺達は顔を離した。

 

 そしてまた、互いの身体に腕を回したまま

 泣き顔を見せ合いながら、じっと二人で見つめ合う。

 彼女のぷるぷるとした唇は、唾液に濡らされて、だらしなく涎が零れていた。

 

「うふふ………」


 新崎にいざきさんは、幸せそうに笑った。

 涙が宝石のようにかがやいている、天使のような笑顔だった。

 俺はその笑顔に、釘付けになった。

 俺はこの笑顔を、一生忘れることがないだろう。

 俺は一生をかけて、彼女を幸せにしたいと、心の底から思った。


「ふふ…」


 俺もつられて、おもわず笑ってしまった。

 別に、面白いことがあったわけじゃない。

 ただ純粋に、幸せだったのだ。


「んっ!」


 新崎にいざきさんは、俺に寄りかかってきて、ぎゅっと抱きついてきた。


 互いの首と首を密着させて、俺の肩の上に頭を乗せ、両手で俺を、強く強く抱きしめる。


 新崎にいざきさんの黒髪がフワリとなびいて、俺の鼻をくすぐった。


 うどんの匂いがしたけれど、ちゃんと女の子の匂いもした。

 

 俺は彼女を、両手でぎゅっと抱きしめ返す。


「んぅぅ…………」


 新崎にいざきさんは、猫なで声で鳴いて、俺の身体にぎゅぅぅ、と、密着してくる。

 新崎にいざきさんのおっぱいが、俺の胸に押し当てられる。

 ふとももが絡まって、柔らかい二の腕が俺の首を包み込む。


 互いの熱や鼓動、強い想いが溶け合った。


 俺は、すごく興奮した……

 しかし興奮なんかよりも、身体を重ねることへの安心感の方が、ずっと強かった。

 

 俺達は、互いの体温を感じながら……


 気のすむまで、互いの身体を確かめあった……










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