十九発目「〇〇さんは恋をして、天使となる」


 賢者の時間が、切れてしまった。

 賢者の目も、リリィさんの明かりも消えて、何も見えなくなる。


 賢者タイムの負荷が、俺の身体に襲いかかる。

 暗闇の中で、息も出来ない……


 俺とリリィさんは、離れ離れになってしまった。

 沈んでいく、沈んでいく……

 うどんの中へと埋もれていく……



 あぁ、くそっ。

 やっと、新崎にいざきさんに再会できたのだ……

 ゆっくりと話しぐらい、させてくれよ……

 溺れる、溺れる、苦しい、苦しい……














「…む…くぅ……」


 溺れたような叫び声がした。

 そして俺は、背中から、誰かにぎゅっと抱きしめられた。


(誰だ……??)


 それはリリィさんではなかった。

 リリィさんより力が強くて、でも細くて華奢な腕……


新崎にいざきさん!?)


 俺の背中にしがみついたのは、新崎にいざきさんだった。









「ゆきむねくっ……わたしっ………き……」


 新崎にいざきさんが、俺の身体を抱きしめていた。

 なんで??新崎にいざきさん??

 あぁ……暖かいな……

 柔らかく包まれて、全身の細胞が喜んでいる。

 すごく幸せだ……泣いてしまいそうになる……


 新崎にいざきさんは、何かを叫んでいるが、

 水の中で、よく聞こえない…


新崎にいざきさんっ!??

 お、俺っ…新崎にいざきさんが大好きだよっ…ごめん、助けられなくて……!!」


 俺は暗闇の中、精一杯の声を張った。

 ガボッ!、と、口の中に水が流れ込んでくる。

 苦しい…


 しかし、水の轟音のせいで、俺の声はかき消されてしまう。


 新崎にいざきさんが、俺を抱きしめる力が強くなった。

 その身体は震えている…

 新崎にいざきさんの濡れ髪が、俺の耳や首筋を撫でていく。


 あぁ…なんて幸せなんだろう…

 なんて残酷な最後なんだ……

 溺れていく……溺れていく………

 新崎にいざきさんと一緒に……中へ、中へと沈んでいく……


(好き……好き……好きだ……)


 俺は、必死に声を絞り出す。


 お願い、どうか、最後だけ……

 キミにどうしても、伝えたい……

 

 ……俺がどれだけ、キミが好きなのかって事を……











「【空気弾エアブロー】!!【空気弾エアブロー】!!【空気弾エアブロー】っ!!」


「ガハァ!!ゴホォ!!ォお!!」


 俺の周囲が、空気に包み込まれた。

 久しぶりの酸素を前にして、俺は盛大に咳き込んだ。


「ごほぉお!!おぉぉ……!!おぇぇえ……!!」


 あと少しで死ぬところだった。

 何とか息が繋がった。

 胃の中に溜まった水を、ゴホゴホと吐き出して、

 空気中の酸素を、取り込んでいく……


 これは、リリィさんの魔法だろうか??


「【空気弾エアブロー】!!【空気弾エアブロー】ッ!!

 行宗さん!!どうかもう一度賢者になってっ!!早くオ〇ニーをして下さいっ!!

 【空気弾エアブロー】!!」


 遠くから、幾つもの空気の塊が飛んでくる。

 その方向から、リリィさんの必死な叫びが届いてくる。


 そうか、リリィさん、まだ諦めていないのか…

 かなり苦しそうな声だ。

 でも、俺を信じて、空気を届けてくれているのだ…


 俺は、まだ戦える…。チャンスがある!!

 急がなければ…!!


 俺がもう一度、賢者になるんだ…

 そして、リリィさんも浅尾あさおさんも、新崎にいざきさんも助けられる!!


 呼吸が乱れて、心臓がバクバクする…

 恐怖と切迫感に支配されていく……

 とてもオ〇ニーなんて、する気分じゃない……


 だが幸いな事に、俺の背中には新崎にいざきさんがいる…

 オ〇ズには困らない。

 好きな人にバックハグされながら、シ〇るなんて、興奮するじゃないか…


(あれ……?何で立たない??)


 ほら、どうした?? 興奮しろよ……

 今ヤラなくて、いつヤルんだよ…


 なんで?なんで??なんでだよ……


 どうして、俺の息子は、ウンともスンとも言わないんだ……!!


(くそっ!!くそっ!!ほら立てよ!!立ち上がれよ!!!)


 焦れば焦るほど、空回りする…

 疲労感がすごい、心が恐怖に支配される…

 どれだけ激しくしても、何も起こらない…


 くそぉぉ!! 

 俺にはオ〇ニーしか取り柄がないのにっ!!


 死にたくないっ!! 死なせたくない!! 

 俺はまだ、皆と一緒にっ……!!











「ねぇ……行宗ゆきむねくん…振り向かないで……

 何も言わずに………私の話を聞いて……」


 俺は、新崎にいざきさんの囁きに、ビクリと身体を跳ねさせた。

 俺たちは、リリィさんの空気に包まれているから、

 新崎にいざきさんの声が、俺に届いたのだ……


 耳元で囁かれた甘い声、湿った吐息…

 俺の脳内を、ピンク色に染め上げていく…


新崎にいざき…さん?」


「お願い、黙って最後まで、聞いて……

 ごめんね……昨日は告白を断って…奴隷なんて言っちゃって……

 辛い思いをさせたよね………」


 新崎にいざきさんは、申し訳なさそうにそう言った。

 いや、別に俺は、辛くはなかった気がする…

 確かに俺は、新崎にいざきさんに振られた。

 だけど…

 俺達はしばらく疎遠になっていたんだから、振られるのは当たり前だし…

 それに俺は、新崎にいざきさんと普通に話せるようになった。

 それだけで十分幸せなんだ……

 

「私はね……行宗ゆきむねくんが大好きです……」


 (え……??)


 耳を疑ったが、新崎にいざきさんは、確かにそう言った。


「カッコよくて、安心して、とっても優しい行宗ゆきむねくんが大好きです。

 ずっと一緒にいて欲しくて、結婚もしたいです………もちろん…えっ………」


 は??待て待て、嘘だろっ!!?

 好き??俺の事を!?新崎にいざきさんが!?

 本気か…??これは本気なのか??

 でも、声の震えてるこのカンジ……真剣…だよな……??



行宗ゆきむねくん…ごめんね……

 実は私、行宗ゆきむねくんに一つ、隠し事をしてたのっ……

 行宗ゆきむねくんには、私の本音をぶちまけたい、って言ったけど……

 こんなの…誰にも言えないからっ……」


 秘密って??何だろう……

 俺の脳内は、新崎にいざきさんの告白の事でいっぱいなのだが……

 新崎にいざきさんは、俺の事が好きなのだ??

 お、俺も好きだよっ……

 そう伝えようと思ったけれど、やめておいた。

 新崎にいざきさんは、黙って聞いていて欲しいと言った。

 今は、話を遮るべきではない……

 


「私ね……実は……特殊スキルを二つ持ってるんだ……

 一つはご存じ…【超回復ハイパヒール】だけど……。

 実はもう一つ、特殊スキルを持っているんだ………

 なんだと思う??」


 「え??」


 特殊スキルが…二つ??

 【超回復ハイパヒール】だけじゃなくて、もう一つ…

 そんなの、聞いていないぞ!?


 

「ん……恥ずかしいから……もう言っちゃうね。

 答えは、【自慰マスター〇ーション】だよっ……」


 (え??)


 新崎にいざきさんは、震えた声で、とんでもない事を言った。

 甘い吐息と言葉の響きが、俺の脳内を溶かしていく……

 

 

 特殊スキル、【自慰マスター○ーション

 それはッ、俺のスキルでっ………

 えぇぇ!!??


「ふふっ!、びっくりした?

 私もびっくりしたんだよ?

 昨日の洞窟の中でさ、私は、行宗ゆきむねくんが私の名前を呼びながらオ〇ニーしてる所に出くわしたの、覚えてる??

 実はね、私もあそこで、スキルを試してみようと思ってたんだよ??

 つまり、オ〇二ーしようと思ってたの……

 尋ねてみたら、行宗ゆきむねくんも私と同じ、【自慰マスター〇ーション】だったって知って……

 これは、運命なのかなって思った……恥ずかしい運命だけどねっ……」


 俺は、何も言えないまま、ただただ硬直していた……

 新崎にいざきさんのスキルが、【自慰マスター〇ーション】だとっ!?

 俺は、必死に昨日の事を思い出しながら……

 新崎にいざきさんのオ〇ニーしている姿を、想像してしまっていた……



「でも、私の【自慰マスター〇ーション】スキルは、行宗ゆきむねくんのとは、少し違うんだ。

 【自慰行為のフィニッシュ後、十分間のあいだ。ステータス上昇して、天使になれるスキル】

 ふふっ、おかしいよねっ!

 行宗ゆきむねくんが賢者で、私は天使なんだって。

 もしかして、男女で違ったりするかな??

 女の子には、賢者タイムなんてないからねっ……」


 新崎にいざきさんは、顔を熱くしながら早口でまくし立てた。

 とても恥ずかしそうで、でもどこか嬉しそうな、スッキリとした様子であった。

 お互いに、身体が熱くなる……のぼせてしまいそうだ。

 嬉しすぎて、恥ずかしすぎて、どうしようもなくなる……

 ずっと、こんな幸せが続いてほしい……

 新崎にいざきさんが、天使か…いいな……


行宗ゆきむねくん……

 私を何度も助けてくれて、ありがとう。

 今度は、私が戦うよ。

 行宗ゆきむねくん…そのままじっとしてて……。絶対に振り向いちゃだめだから……。

 ……大好きです。……私のオ〇ズになってください……」


 新崎にいざきさんの熱い吐息が、俺の脳を焼いた……

 頭の中は、新崎にいざきさんの事でいっぱいだった。


 彼女は、俺の腰から右手を離して、ワンピースの内側へと差し込んだ。


 耳元で、好き、好き、好きだよ…と囁いてくる新崎にいざきさん。

 そんな彼女の身体は熱をもって、汗を流しながら、小刻みに動いていく………












行宗ゆきむねくん。かっこよかったよ…。クラスメイトのいる中で、恥ずかしさを越えて、一生懸命戦ったところ……。

 私達二人を、生き返らせてくれたことも全部……本当にありがとうっ。

 行宗ゆきむね君は何一つ、間違ってなんかないよ……」



 あぁ、嬉しいな……

 おれは、心の底から安心した……

 新崎にいざきさんは、とても優しい……

 こちらこそ、傍にいてくれてありがとう……

 本当に、幸せすぎて、涙が溢れそうだ……


「元の世界に帰ったらさ…一緒に映画とか行こうよ……。

 私は、友達と一緒に、映画を見に行った事がないんだ……。勉強友達しかいなかったからね……

 今週末に、【無限神話】の映画が公開するの、知ってる??

 私、ずっと楽しみにしてたんだ。

 元の世界に帰れたら、行宗くんと一緒に見に行きたい………」


「そうだなっ……俺も楽しみにしてたんだ、映画【無限神話】、一緒に見に行きたいな。

 ……早く帰りたい。

 ……もう、異世界なんて、こりごりだ……」


 俺は、現実世界を。遠い故郷を懐かしんだ。

 まあ、つい昨日まで、俺は現実世界そこにいたのだが。

 ……ずいぶんと、遠い昔のような気がする。


 早く帰りたいな……

 新崎にいざきさんと一緒に、幸せに暮らしたい……

 友達も作って大切にしたい。漫画やアニメもたくさん見たい。

 大好きなVtuber、白菊しらぎくともかちゃんにも、会いたい。


「ふふっ……。

 まぁ私としては、この世界のお陰で行宗ゆきむねくんと出会えて、結ばれたから、異世界も案外、悪くはないけどねっ……」


 新崎にいざきさんは、嬉しそうにそう言った。

 あれ?でも、俺はまだ……


「あれ? 俺はまだ新崎にいざきさんに、告白の返事をしたつもりはないけどっ??」


 俺は、新崎さんを揶揄からかうつもりで、そう言った。

 もちろん、俺はまだまだ、新崎にいざきさんが好きだ。むちゃくちゃ付き合いたい。 

 しかし、俺は二度、新崎にいざきさんに振られているのだ。

 意地悪かもしれないが、一瞬ぐらいは、振られる人の気持ちも知って欲しい。


「うえぇ!?…もう心変わりしちゃったのっ!? まさか、リリィちゃんって女の子の事がっ!?」


 新崎にいざきさんは、身体を強張らせて、慌てた様子で尋ねてきた。

 可愛かった。

 


「そんなわけないだろっ。冗談だよ……

 ………俺も貴方が好きです。新崎直穂にいざきなおほさんっ……」


「うぅっ!!……もうっ、びっくりさせないでよっ……。

 私も好きだよっ、万波行宗まんなみゆきむねくんっ……」


 










 それ以上、言葉はいらなかった。


 俺は後ろを、振り返らなかった。


 背中の彼女は、次第に激しさを増していき………

 

 ある時、大きく震えると………


 彼女の全身に、快感が駆け巡った……


 そして、新崎直穂にいざきなおほは、天使となった。






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