十七発目「素っ裸の〇姫様」


 俺は今から、大切な人を助けにいく。


 リリィさんと命を預け合い、うどんの中に捕らえられた新崎にいざきさんを、素っ裸のお姫様を助けに行くのだ。


 そうしたら、俺は、王子様かな。



 …………!!!!


 白色の閃光が火花を散らす。

 俺は虚無感の中に打ち出されて、頭がどんどんと冴えていく。

 

 俺は、賢者になった。












 身体中から、白い光が満ち溢れてくる。

 力が漲ってくる。視界が開けてくる。


 よし、行こう。


 俺は、顔に付けていた、新崎にいざきさんの下着を離した。


 そして、床に畳まれた、浅尾あさおさんと新崎にいざきさんの服を、左腕で抱え込んで、。

 リリィさんの元へと駆け寄った。



「これが賢者ですか!じっくりと観察したいですが時間がありません。行宗ゆきむねさん。しゃがんでください。」


 リリィさんは、青い瞳を輝かせながら、早口で捲し立てた。

 俺は言われた通り、その場にしゃがんだ。



「失礼しますっ」


 リリィさんは、俺の背中へと回り込んで、勢いよく飛びついてきた。

 ぎゅっ!!と、小さな身体に抱きしめられる。


 リリィさんの体重が、俺の背中に乗りかかる。

 俺の首筋に、温かい吐息があたって、くすぐったい。


 リリィさんが、俺に抱きついてきたのだ。



「え??」


「では、穴を掘って道を辿りましょう。時間がありません。」


 リリィさんは、俺の耳元で囁いた。


 温かくて、生々しい吐息…

 ……意識が蕩けそうだ。


 リリィさんの身体は、思ったより軽くて、温かくて…

 ぷるぷると震えていた。


「怖いんですか??」


「……もちろん怖いですよ。でも、じっとしてる方が怖いんです。早く出発して下さい」


「すいません」



 覚悟の決まったリリィさんの声に、俺は慌てて謝り、温泉の跡地あとちへと飛び込んだ。


 見えた!!


 ここで、賢者の目が、力を発揮した。

 泥に埋もれているが、見える!

 【天ぷらうどん】の脱出経路だ!



 「道が見えました!飛び込みます 捕まって下さい!!」


 俺は、右手から賢者の力で、白い大剣を取り出した。

 白の刃は光を帯びながら、温泉の底を切り裂いた。


 ズバァァァ!!


 リリィさんの言った通りだ。

 脱出経路は、土で埋め尽くされていた。

 しかし柔らかい土である。

 今の俺なら、地中を泳ぐことだってできるだろう。


 しかし、俺の背中にはリリィさんがいる。

 リリィさんの安全の為に、土は掻き分けなければいけない。


 ズバァ!!ズバァ!!ズバァ!!


 俺は高速の剣技によって、穴を掘り返しながら、下へ下へと道を辿る。


 右手の大剣、一本のみである。

 左手には、新崎にいざきさん達の服があり、背中にはリリィさんがいる。


 さらに、無茶な動きをしてはいけない。

 背中にはリリィさんがいる、激しく動けば振り落とされてしまう。

 だから俺は、動きを最小限にとどめて、リリィさんへの負担を減らさなければいけない。


「あの、行宗ゆきむねさん。あたしに、気を遣ってるんですか?? もっと激しく、動いて貰っても構いませんっ!。強く抱きついていますのでっ!」


 リリィさんが、俺の背中でそう言った。

 しかし、彼女は既に、ハァハァと息を切らしてる。


 当然だろう。今のリリィさんは、狩りをする虎に抱きついているような状態である。


 リリィさんは、もっと激しく動いていいと言うが、

 彼女の震えた声に、俺はむしろスピードを落とそうかと迷ってしまう。


 「お願いします。気遣いは無用です。あたしは妹を助ける為、命を懸けているんです。」


 リリィさんは、震え声で言葉を続けた。

 

 そこまで言うなら、仕方ない。

 俺も本気で応えよう。


「分かりました。加速します。ちゃんと掴まっていて下さい。」

 

「はい、ありがとうございます。行宗さん」


 

 俺は、動きを加速させた。

 さらに早いペースで、下へ下へと潜っていく。


「うっ!!ぐふっ!!……あぅぅ!…んあぁっ!!?」


 リリィさんは、俺の激しい動きに耐えながら、苦しそうな呻き声を上げる。


 その声は甘くてエッチで、興奮してしまう。


 いやいや!!

 なにを考えているんだ俺は、命を懸ける時だろう。

 集中しろ、そろそろ到着するはずだ。


 バシャァァ!!!


 俺の剣先で、水音がした。


 ブシャァァァァァ!!!


 剣先で開けられた穴から、大量の水が飛び出した。


 土の中を抜けた先は、水の中であったのだ。



 「【空気球エアボール】!!」


 リリィさんが魔法を叫んだ。

 俺達は、透明な球体に包まれる。


 水が押し寄せるなか、透明球バリアは、水を寄せ付けなかった。

 水の中のシャボン玉のように、俺達の周りだけ、水が存在しない。


「すげぇ…」


 「行宗ゆきむねさん、急いで下さい。

 既に2分経ちました。あと5分で引き返します。全員助けましょう」


「あぁ。」


 おれは、リリィさんに空気を確保して貰いつつ、土をかき分け進んでいった。

 リリィさんの透明球は、固体の侵入は防げないようだ。


 理屈は分からないが、固体は俺が斬らなければいけない。




 そして、俺たちはたどり着いた。


 水と、うどんに満たされた、巨大空間。

 

 【天ぷらうどん】の巣窟である。


 








 運動場ほどの空間。真っ暗な闇の中


 直径40センチの、大きなうどんが動き回り、ダシの効いた水が満たされている。


 賢者の目で見える。幾つもの命の輝き。


 「生物の気配」が見える。


 10個……20個……


「うそだろ??」


 俺は、目の前に広がる光景に絶望した。

 信じたくなかった。


「どうかしましたか!!?」


「76個……「生き物の気配」の数です……多すぎますよ、探せません……」


「76って!、そんな……!!」


 リリィさんも、信じられないという様子だ。


 しかしこれは事実である。

 この空間には、俺達以外に76個の生き物がいる。見分けなんてつかない。


 立体的に広がった76個の「生物の気配」


 その中から三人を見つけ出し、救出する。

 

 あと4分以内に…


 無理だろ……



「【火球ファイヤボール】!!」


 俺の背中で、リリィさんが叫んだ。


 リリィさんの手の平の中に、熱と共に光が生みだされ、

 空気球バリアの中が、明るく照らされた。


行宗ゆきむねさん!明かりと空気は任せて下さい!諦めず戦いましょう!あたしは行宗さんを、信じてますから!!」


「勿論です!」


 俺は、近づいてきたうどんを、真っ二つに切った。

 

 だが、切られたうどんはぐにゃりと変形して、また別のうどんに合体していく。

 しかし、道は開けた。


 今回は、酸素も十分にある。

 背中には、万能のリリィさんがいる。


 再生を上回る速度で切り続ければ、前に進める。

 

「リリィさん!さらに激しく動きます」


「構いません!思いっきりお願いします!」


 俺はまず、目の前の「生命の気配」へと向かった。

 うどんの攻撃を防ぎ、リリィさんに向かうの攻撃も防ぎながら、最速で目的地へと向かう。


 ズバァズバァ!!ズバァ!


「うぐぅぅ……!!あっ!…はぁぁっ!!」


 リリィさんは、激しく暴れまわる俺にしがみつき、苦しそうに〇猥な声を上げる。


 どうか、変な声を出さないで貰いたい。

 賢者タイム中なのに、興奮してしまいそうなのだ。



 幸い、周辺に「生物の気配」は少ない。

 攻撃の火力を上げても、誰かを巻き込んでしまう心配がない。


「ハァ、ハァ……気をつけて下さいね……「生物の気配」は、見分けがつかないんですよね。

 間違えて殺してしまえば、それが大切な人かもしれません。ゴホ……」


「分かってますっ!」


 リリィさんの息は、かなり荒ぶっている。

 上下左右に振られながらの、【空気球エアボール】の維持。

 とても苦しそうである。


 しかし俺は止まらない。

 俺はリリィさんに、信じられているから。


 俺は、一つ目の「生物の気配」に辿りついた。

 それは女性だった。

 女性が、うどんの中から顔を出している。


 黒髪の、大人。

 新崎にいざきさんでも浅尾さんでもない。

 もちろん、リリィさんの妹でも無い筈だ。


「あ、あ………あ……」


 その女性は、まだ生きていた。

 俺を縋るような目で見つめると、声にならない悲痛な声で、助けて助けてと訴えかける。


「ハズレですね。次を探しましょう」


 リリィさんは、冷たく言い捨てた。


「こ、この女性はどうしますか??」


「モンスターに完全に取り込まれています。助けてもすぐに死にます。構っている暇はありませんよ」


「なんとか生かす方法はないんですか!?」


「あります。でも時間がかかります。さあ次ですよ、構っている時間はありません!」


 リリィさんは、耳元で、強い口調でそう言った。

 有無を言わせぬ物言いに、俺は身体を強張らせる。


 リリィさんの言っている事は、正しい。

 そんなことは、俺でも分かる、

 だが…

 人を見捨てるという選択は、俺には酷だ……


 








 この場に滞在出来る時間が、あと三分を切った。

 

 俺達が確認できたのは、合計三人。

 1分半の間に、たった三人である。

 


 このペースで探して、間に合うのだろうか??

 間に合う訳がない。

 76人探すのに、40分以上はかかるだろう。


 しかも「生物の気配」は、うどんの動きと共に、常に位置を変え続けている。


 これでは、確認済みの「生物の気配」が、ごちゃごちゃになってしまう。

 ハズレくじを、くじの箱に戻すのと同じである。

 当たりを引く難易度は、大幅に跳ね上がる。


 これに対する対策は、見つけた「生物の気配」を消していくことしかない。

 つまり、ハズレの人間を殺して回るという事だが、

 俺には、そんな酷い事は出来ない。


 …こんな宝探し、無理ゲーだろ……。


 いや…考えろ…

 

 何か、方法はないだろうか??


 あと3分で、新崎にいざきさんと浅尾あさおさん、リリィさんの妹を見つけ出す方法。













 あ……


 俺は、ある方法を思いついた。


 いや、方法と言える程のものではないかもしれない。

 ただの希望、夢物語である。

 

 確か、リリィさんは、うどんの中にいた時、記憶が曖昧だったと言った。

 それは逆に言えば、ぼんやりとした意識はあったという事だ。


 ましてや新崎にいざきさんと浅尾あさおさんは、うどんに取り込まれたばかりである。

 ならば、きっと届くはずだ。


 俺は、肺いっぱいに、大きく息を吸い込んだ。

 そして、叫んだ。




 「新崎さぁーーん!!助けにきましたぁ!!どこですかぁぁ!!」


 俺は、喉が壊れそうな叫びで、新崎にいざきさんに呼びかけた。

 背中のリリィさんが、ビクゥゥゥ!!と震えあがる。

 どうやら、驚かせてしまったようだ。


「浅尾さぁぁん!どこですかぁ!!リリィさんの妹さんも!!返事をしてくださぃぃぃ!!」


 俺は、力いっぱい声を張った。


 そのほとんどは、水の壁で消されてしまった。

 彼女たちに、届いたのかはわからない。

 届いていて欲しい。


 俺は、なるべく音を立てずに、小さな音に耳を澄ませて、彼女達の返事を待った。



「わーっ!!!ユリィ!!お姉ちゃんが助けにきたよ!!聞いてるなら!大きな声で返事して!!」


 俺の耳元で、リリィさんが唐突に叫び声を上げた。

 俺は驚きのあまり、身体を跳ねさせて飛び上がった。

 慌てて後ろを振り向くと、

 リリィさんは青い瞳で、ジトリと俺を睨みつけていた。

 

「突然大声を出して、あたしをびっくりさせた仕返しです。

 これで、あたしの気持ちが分かったでしょう?」


「す、すみません…」

 

「無理ですよ。こんな水中で、声なんて届きません。

 …まさか、76人もいたとは、想定外でした。

 今回は諦めましょう。

 タイムリミットは、あと一週間あります。

 作戦を立て直しましょう、今のままでは無謀です。

 予定より少々早いですが、脱出しましょう。」


「そうだな…」



 俺も同意見だ。

 いったん引き返そう。

 【天ぷらうどん】の情報も得られたのだ。

 この戦いは決して無駄じゃない。

 

 俺達は、もと来た穴へと帰ろうとした。

 そんな時だった。


 …………!!!


 聞こえた気がしたのだ。


 新崎にいざきさんの声が。


 新崎にいざきさんが、俺の名を呼ぶ声が……


 


「リリィさん!聞こえました!!新崎にいざきさんはあそこにいます!!」


「え?」


 俺は、声がした気がする方向へ、真っ直ぐに指を刺した。

 そう、気がするだけだ。

 間違っているかもしれない。

 だがそこには、確信に近い何かがあった。


 右下へ、30メートル地点。

 そこには、2つの「生物の気配」が輝いている。

 きっとあの二つが、新崎にいざきさんと浅尾あさおさんだ。


「分かりました、助けに行きましょう。」


 リリィさんも後ろで頷いた。


 俺達は、声がした方向へと、真っすぐに向かっていった。




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