十二発目「ニ〇イを嗅がないで!」


 俺達三人は、トンネルのような穴の、坂道を登っていった。

 新崎にいざきさんと浅尾あさおさんが前に並んで談笑している。

 俺は彼女達の後ろを付いていく。

 

 気温は高くない筈なのに、額からポロポロと汗が零れた…

 キツイ……

 運動不足の俺にとって、岩場を登っていくのはかなり疲れる。

 足腰がジンジンと痛みを上げる。

 これは、どこまで続くのだろうか…。

 

「ふー。服が汗でベトベトだよー。」

「そうね、昨日からお風呂入れてないし、気持ち悪い。」

「だねー。サッパリしたシャワーを浴びたいわ。」


 前の二人は、額の汗を拭いながらそんな会話をする。

 疲れているのは俺だけではなかったようだ。

 


「ねぇ和奈かずな。私の身体、匂いとか大丈夫かな?」

「え…正直、ちょっと臭うかも……」

「なっ!?嘘っ!?」


(!!?)


 俺は思わず噴き出しそうになった。

 いや、まあそりゃあ、お風呂入れてないから、ある程度匂うのは仕方ないけどさ。

 新崎においさんのニオイなんて、興奮してしまうのだが。


 

 「ふふ、冗談だよー。うんうん大丈夫、直穂なおほちゃんはいい匂いだよ」

 「わっ!?ちょっとっ!嗅がないでよバカっ!!」


 浅尾あさおさんは、冗談だと言ってケラケラと笑う。

 新崎にいざきさんは、近づいてくる浅尾あさおさんを両手で遮った。


 新崎にいがきさんの汗の匂いか。

 俺も実は嗅いだことがある。

 昨日のラスボス戦で、新崎にいざきさんに抱きついた時である。

 さらに、フィニッシュの瞬間に、新崎にいざきさんの生パンツの匂いまで嗅いだ。

 それは綺麗な匂いではなくて、汗と何かが混じった変な匂いだった。

 あれが、同人誌でよく見る、メス臭いというやつだろうか。

 今思い出しても凄く興奮するのだが、同時に申し訳ない気持ちになる。

 新崎にいざきさんにとって、自分の匂いを嗅がれるなんて凄く嫌だったはずだ。

 なぜなら、俺だって嫌だからだ。

 俺も新崎にいざきさんに、自分の汗の匂いなんて嗅がれたくない。

 好きな人に「臭い」と思われるのが嫌だからだ。

 俺も昨日から汗びっしょりだから、正直汗臭いと思う。

 一刻も早くお風呂に入って、新しい服に着替えたい。

 その思いは、みんな一緒なのだ。



 そんな時だった。俺はとある匂いを感知した。

 汗の匂いではない。美味しそうな香りだ…

 洞窟の奥から漂ってくる、中華スープのような香り。

 これは、食べ物があるかもしれない!!

 前を進む二人は、まだ気づいていないようだ。

 ここで俺は、だいぶ足が遅れて、二人と距離が離れてしまっていた事に気づいた。

 俺は足を早めて、二人のそばへと近づいた。


「あの、なにかいい匂いがしませんか?美味しそうな匂いが…」

「いやあぁぁ!?近づかないで!!!」


 ドゴッ!!


「うぐっ!?」


 俺は、新崎にいざきさんに悲鳴を上げられ頬っぺたをひっぱたかれた。

 俺はバランスを崩し、地面に膝をつく。

 

「えー??行宗くん、直穂なおほちゃんの汗を嗅ぎにきたの??ヘンタイ君?」


 浅尾あさおさんは、ニヤニヤした顔で俺を見下ろしてくる。

 

「いや違うんですっ!汗の匂いじゃなくてっ!!本当に美味しい匂いがするんです!洞窟の奥から!!」

「「え??」」

 

 二人の呆気に取られた声が重なった。

 そして二人とも、洞窟の奥へと顔を向ける。



「ほんとだ…美味しそうな匂いがしてる。何だろ?…シュウマイとか??」

「ん?肉まんじゃない??」


 浅尾あさおさんと新崎にいざきさんも気づいたようで、それぞれ推察を巡らせる。

 確かに、中華料理の匂いと言われれば、そんな気がする。


「やった、食べ物があるよ!!」

「え、でも、洞窟にご飯が落ちてるなんてあり得る??」

「分かんないけど行くしかないっしょ。どのみち食料がないんだから。」

「なんか、嫌な予感がするんだけど…まあ行くしかないわね。」


 新崎にいざきさんは、不安そうに呟くが、ここは行く以外の選択はあり得ないだろう。

 俺達は、洞窟の先へと足を進めた。




















 ドン、ドンドン、ドン…


 洞窟を進んでいくと、鈍い衝突音が聞こえ始めて、近づくにつれて、だんだんと大きくなっていく。


「これって、まさかモンスターじゃないか?」


 俺は、恐る恐る口に出した。

 食料探しも大切だが、ここはダンジョンである。

 しかもラスボスのいる最下層である。

 きっとかなりの強さに違いない。


 すると、前方が明るくなり、狭い洞窟が広い空間へと繋がった。

 俺達は恐る恐る、音と匂いのする方をのぞき込んだ。



「なにあれキモッ!!…デカすぎでしょ…」

「やっぱり肉まんじゃん!」

「気持ち悪いな…」


 なんだアレは!まさか食えるのだろうか?

 そこには、大量の大型モンスターがいた。

 高さ約4メートル。

 白くて柔らかい、三角錘のカタチをした、肉まん型モンスター。

 モンスター名は……【Mega Syo-ronpo-】だ…

 読み方は……【メガ、ショーロンポー】か……。

 いや!小籠包しょうろんぽうじゃねぇか!?紛らわしいんだよ!!


「あぁー小籠包だったか…」

「ていうかこの場所、あったかくない!?。湯気もすごい」

「蒸されてる、のかな??」


 目の前に広がる大きな空間には、白い湯気が立ち込めていて、蒸し暑かった。

 体育館程の広い空間で、平らな地面の上を、10体程の【小籠包】が歩き回っている。ドスン、ドスンと跳ねながら。

 一体、身体の仕組みはどうなっているのだろうか?



「アレ食べれるのかな??」

「試してみる価値はありそうね。」

「昨日のラスボスは、美味しそうだったけど食べられそうだった?」

「絶対無理。身体が鉄みたいに硬かったから。」

「なるほどね。でも、【小籠包アイツら】の身体は柔らかそうね」


 女性陣が、そんな議論を交わしている。

 勿論、食べれるか食べれないかは重要な疑問ではある。

 しかし、その前に、とある重要な問題がある。

 果たしてあのモンスターを、俺達の力で倒せるのかだろうか??。


「でも、ここはダンジョンの最下層、九十二層だよ?ボスではないけど、今の俺たちじゃ瞬殺されるはず。」


 俺は二人にそう言った。


「え?そうだっけ??」

「そうなの?」


 新崎にいざきさんと浅尾あさおさんが、不思議そうに俺を振り返った。

 そっか、二人はこの情報を知らないのか。


「ボス戦の時は、毒の効果でレベルが上がって、ボスと何とか戦えていたけれど。重要なのは、ハルハブシの猛毒の効果は、ステータス三倍上昇だって事だ。

 その効果が無い、今俺の達の能力は、ボス戦の時の三分の一しかないんだ。」


「え?三分の一!?」

「マジか、なるほどね。って!なんでそんな事分かるの?」


 二人は驚いた顔をする。


「あー。これは俺のスキルの…ええと…10分限定で賢者になれるスキルのお陰で知ったので…」

 

 俺は【自慰マスター○ーション)】スキルについて、言葉を濁しながら話した。|新崎《にいざきさんは兎も角、浅尾あさおさんは俺のスキルについては知らない筈だ。

 それに、女子の前で下ネタワードなんて、恥ずかしくて言いたくない。


「あー別に誤魔化さなくて良いよ、知ってるから。【自慰マスター〇ーション】スキルでしょ?」

「知ってたんですか……」


 浅尾あさおさんに言われて、俺は恥ずかしさのあまり顔を俯かせた。

 女子に、面と向かって言われると、裸を見られたような感覚になる。


「へぇ!賢者ってそんな事も分かるんだ。」


 新崎にいざきさんが目を輝かせてそう言った。

 この目は、楽しく勉強をしている時の新崎さんの目だ。 

 いや、こんな事について、真剣な目で学ばれても……


「でも、どうしよう……。私達じゃ、あんな小籠包にすら勝てないのよね。」


 新崎にいざきさんが、難しそうな顔で呟いた。

 その通りだ。

 俺のレベルは確か27レベル。

 そんな俺達が、ラスボス手前のモンスターに勝つ方法…

 考えれば考えるほど、この方法・・・・しかないと、そう思えてしまう。

 俺は二人に、それ・・を提案した。



「たぶん、俺の【自慰マスター〇ーション】スキルなら、勝てるかも知れません…。10分間だけステータスが三倍になれるので…」


 そう、俺が戦うしかないのだ。

 俺の自慰マスター〇ーションスキルなら、三倍ステータスアップ出来る。

 ラスボス戦の時の俺の強さには遠く及ばないが、この三人の中では一番強い筈だ。

 

「絶対に嫌よ。私をオ〇ズにしちゃダメっていったでしょ。」

「そうね…。悪いけど、行宗ゆきむねくんがシてる所なんて見たくないし、却下よ」


 新崎にいざきさんと浅尾あさおさんは、辛辣な声で却下した。

 くっ、辛い!心臓が重い… 

 俺だって、俺だって、オ○ニーなんか、したくないよっ!!

 片思いの新崎にいざきさんと、クラスの美少女浅尾あさおさんの前でシ〇るなんて!恥ずかしすぎて出来る訳ないじゃないか!!

 でも、こうする以外に、俺達が小籠包しょうろんぽうを倒す方法はないんだ…

 

「別にさ、アイツを倒す必要はないんじゃない??ササッと身体をむしり取って、急いで持って逃げれば、倒さなくても小籠包しょうろんぽうが手に入るしね。」


 俺がうな垂れていると、浅尾あさおさんがそんな事を言った。

 

「そうか!なるほど!食べるだけなら、身体の一部を取るだけでいい!!」


 俺は小さく叫んだ。

 そうか、そういう事か。

 ゲームをやり慣れているとつい。モンスター倒す=アイテムがドロップする。という思考に囚われがちである。

 しかしこれは現実、頭を柔らかくして考えないといけない。

 だとすると、適任は一人しかいない。


「よしっ。私が行くよ!【爆走バーンダッシュ】スキルで最速の私が、パパっと盗んでくる!」


 浅尾あさおさんは、自分からそう言った。






















 浅尾あさおさんは足音を立てず、小さな小籠包しょうろんぽうめがけて飛び出した。

 やはり浅尾あさおさんは、かなり早い。

 でも、ボス戦の時と比べると、明らかに速度が落ちている。

 ステータス三倍の差は、想像以上に大きいみたいだ。

 浅尾あさおさんが、小籠包に辿り着いた。

 そして、大きく足を振り上げて。


 ドゴォォォ!!!


 と、【剛脚スチルキック】スキルを叩き込んだ。

 振りぬいた足に切り裂かれ、小籠包しょうろんぽうの、頭の部分が切り離される。

  

(よしっ、とりあえず食べられそうな部分を切り離せた。後はアレ・・を持って帰るだけだ!!)


 浅尾あさおさんは華麗に着地し、遅れて落ちてきた小籠包の頭を抱えこんだ。

 そして、こちらに向かって走り出した。

 

 俺は何となく、ボスのHPを確認した。

 浅尾あさおさんが攻撃した【Mega Syo-ronpo-】のHPバーは、一割ほど削れていた。

 一割も削れるのか!?案外、簡単に倒せるのではないか!?

 と思ったが、そんなに甘い話では無かった。


 ズズッ、ズズッ、ズズッ…と、音を立てて、 HPバーが満タンへと回復していくのだ。

 それと同時に、失なわれた頭部が、グニュグニュと再生して元の状態へと戻っていく。


 なるほど、HPは少ないが、回復速度が無茶苦茶速いって事か。

 一撃で倒さない限り、厄介な敵だな。

 しかも、小籠包しょうろんぽうは一体ではない、この場に10体ほどでむれている。

 さらに、身体がもっと大きな個体もいる。

 正面から戦えば、俺が賢者になった所で、確実に勝てないだろう。





「オォォォォォぉぉォおぉおお!!!!」


 突然、この場にいる沢山の小籠包が、大きな奇声をあげる。

 

(なんだ?何が起こってる!?)


 そして俺達は、信じられない光景を目撃する。


 ドンドンドンドン!!!


 なんと、大きな小籠包が、勢いよく遥か高くへ打ち上がったのだ。

 まるでロケットが飛び立つように、打ち上げ花火が上がるみたいに。

 大きな巨体達が、洞窟の闇に包まれる天井へと、上がっていって、見えなくなった。


「なにあれ…」


 隣の新崎にいざきさんが呟いた。

 そして……

 沢山の小籠包が、天井の闇から姿を現し、俺達に向かって降り注いできたのだ。

 ま、まさか…小籠包アイツらが降ってくるのか!?


「浅尾さん急いで!!」


 俺は叫んでいた。


「分かってる!!二人とも洞窟の奥へ!!」


 浅尾さんは、全力でこちらに走りながら、そう叫んだ。

 俺達は急いで、もと来た洞窟の穴の奥へと走る。

 直後…


 ドンドンドンドン!!!!


 直後、凄まじい地響きと共に、すぐ後ろで小籠包が降り注ぎ、穴が真っ暗に塞がれた。


「危なっ!!二人とも!もっと奥へっ!!」


 後ろから浅尾あさおさんの叫びが響いた。

 良かった。

 浅尾あさおさんは、小籠包しょうろんぽうの雨に潰される事なく、ギリギリで穴に飛び込めたようだ。

 俺達三人はそのまま、走って、走って、走った。

 足が痛くなって、喉が渇いて、汗が噴き出て…

 そうして、たどり着いたその先で、

 俺達は極楽を見つけた。






















「え…これって……まさか!?」

「いや…こんな幸運ってあるの…??」


 新崎にいざきさんと浅尾あさおさんが、信じられないという顔でそれ・・を見つめる。

 満面の笑顔である。その横顔には汗がきらめき、とても美しい。

 かくいう俺も、それを見つけられたことに興奮を隠せなかった。


「温泉ー-っ!!」

「お風呂だぁーー!!」


 目の前に広がる綺麗な水、立ち上る湯気……

 目の前に広がる光景は、まぎれもなく、温泉であった。


 洞窟の中の天然温泉だ。しかも、かなり大きい。

 円形に近くて、半径は40メートル程。深さも1メートル程である。

 中央には、三本の魚雷のような、縦長の石が並んでいる。


 今すぐ飛び込んで、泳ぎたい。これでやっと汗が流せる。

 小籠包しょうろんぽうも手に入った。

 喉の渇きも潤すことができる。


「よ、良かった。やっとお風呂に入れる……」

「でも、着替えるものが無いのが最悪ね。また汗びっしょりの服を着なきゃいけないし…」


 新崎にいざきさんと浅尾あさおさんが、隣でそんな会話をする。


(ん??待てよ…)

 

 お風呂に入る……つまり服を脱ぐ………そして裸になる………

 ……てことは!新崎にいざきさんのハダカが見れるってコトですか!??


 俺は、興奮のあまり叫びそうになる。

 混浴!?まさかの混浴ってヤツですか!?

 三人仲良く、裸の付き合いが出来るんですか!?

 そんなの!、そんなの俺はっ!!興奮し過ぎてっ!!


行宗ゆきむね君、何考えてるのか知らないけど、お風呂は別々だからね。」

「うわー。一緒に入りたいとか考えてたの??流石に引くよ?ヘンタイ君。」


 隣の|新崎《にいざき」さんが、軽蔑した目で俺に釘をさした。

 浅尾あさおさんも、ニヤニヤした顔で追い打ちをかける。


「わわっ、わかってますよぉ……覗くわけないじゃないですかぁ……」


 俺は冗談まじりにそう言った。

 まあ、当然ですよねー。

 残念かな、現実とはこういうものだ。

 簡単に同級生の裸を見れるなど、都合のいい事は起こらない。

 少なくとも、新崎にいざきさんと同じ湯には入れるのだ。

 そう、つまり、実質的に混浴である。

 それだけで、童貞の俺には十分すぎる幸運なのだ。

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