九発目①「浅尾和奈と現世帰還」

 【ルート①】 


 「分かったよ。

 神様…。浅尾和奈あさおかずなを生き返えらせて、俺達を現世に帰してくれ。」




 俺は、クラス内の揉め合いに耐えられず、多数決の結果の通りに、神様に願った。

 それは、俺が大好きな新崎にいざきさんを見捨てて、浅尾あさおさんを生き返らせて現世に帰るという選択であった。


 俺には、願いを叶える権利がある。

 俺個人は、もちろん新崎にいざきさんを選びたい。

 でも、これは俺が決めていい問題ではないのだ。

 俺が最初から【自慰マスター〇ーション】スキルを使わなかったせいで、新崎にいざきさんと浅尾あさおさんは死んでしまった。

 俺のせいだ。

 俺の勝手な願いを通すのは間違っている。

 クラス全体への償いの為にも、多数決に従うしかないのだ。




 「承知した」


 天から、神の声が聞こえた。




 「いやぁああ!!ざっけんな!人殺しっ!!」


 新崎にいざきさんの親友が、俺の顔を殴りながら罵声を浴びせてくる。

 

 (ごめん、ごめん…本当は、俺だって、新崎にいざきさんを生き返えらせたいよ…)


 でも、全員の納得する選択なんて、存在しないんだ…




 すぐに、目の前が真っ白の光に包まれていく…

 じわぁあぁ・・・と、身体が溶けて、焼かれていく感覚に包まれる。

 でも、熱くない…

 俺達は、純白の光に身を焼かれながら…

 元の世界へと、一年一組の教室へと戻っていった…

















 「…ということで、これが、[ド・モルガンの定理]というものであります。この定理を利用すれば…

 って、皆さんどうかしましたか?」


 あ…


 俺達は、教室の中にいた。

 教壇の前では、数学の先生が、数学1Aの授業を進めていた。

 本当に、元の世界に戻って来たのか…


 クラス中が、唖然として、そしてザワザワしている。

 俺の隣には竹田たけだがいて、前には沢渡さわたりさんがいて、いつもと変わらない教室だ。

 さっきまでの異世界の記憶は、全て俺の夢だったような気がした。


 (浅尾あさおさんは、生き返ったのだろうか?)



 「あれ!?なんで俺、この席に!?」

 「浅尾あさおちゃん!!良かったーー!!生きてたよーー!!」

 「はぁっ、なんでよっ!!なーちゃんの席は!?」


 教室が、一気に騒がしくなる。

 数学のメガネ教師は、教壇の上で、ぎょっとして慌てふためく。


 「どっ、どうしたんですか皆さん!?何かあったんですか!?」


 「先生っ!!…なーちゃんのっ!!、新崎直穂にいざきなおほさんの席はどこですか!?なんで無いんですか!!」


 新崎にいざきさんの親友(名前が分からない)が、先生に喚き散らす。

 よく見ると、その通りだった。

 新崎直穂にいざきなおほさんの席は、まるで最初からそこ・・に無かったように消えており、同じ列の席が、そこ・・を埋めるように、一つづつズレていた。

 

 「新崎直穂にいざきなおほ?、とは、誰の事ですか?」


 「ふざけないでくだざいっ!!このクラスの学級委員長の!!可愛くて真面目な新崎直穂にいざきなおほちゃんです!!」


 「学級委員長?それは貴方でしょう?花園はなぞのカレンさん?」


 「え…?」


 先生は、そう言った。

 俺達は、息を飲みこんだ。

 この世界線の一年一組の学級委員長は、新崎直穂にいざきなおほではなく、花園はなぞのカレンだったのだ

 そうか、この学校には、新崎直穂にいざきなおほさんはいないのだ。

 まるで最初から、この世に存在していなかったみたいに。

 彼女の存在だけが、自然とこのクラスから消されていた。



 「うわ"ぁぁあ"ああ"あ!!!!!」


 新崎にいざきさんの親友だった、花園はなぞのカレンさんは、大声で泣きだした。

 そして、心配する先生や友達の腕を振り払って、教室を飛び出していった。




 「嘘だよね…」

 「直穂なおほちゃんのロッカーもない…」

 「最初から、このクラスに、いなかったってことかよ…」


 クラス中が、その残酷な事実に衝撃を受け、時が止まったような静寂がおとずれた。



 

 「あの、藤田ふじた先生。授業を中断してもらっていいですか。クラスの皆と話し合いたいんです。」


 その沈黙を破ったのは、浅尾和奈あさおかずなさんだった。

 彼女は声を震わせながら、先生に授業中断のお願いをした。


 「はぁ?お前らまさか、虐めか!?花園はなぞのに酷いことでも…」


 「違います!虐めなんかじゃありません。でもっ!、クラスの皆と、今、話さなきゃいけないんです。」


 浅尾あさおさんはそう言って、深く深く頭を下げた。


 「分かったよ…。分かったが、この授業だけだぞ。宿題も増やすからな。」

 

 「ありがとうございます。」


 先生は釘を刺しつつ。荷物をまとめて教室の外に出た。





 「皆、集まって。少し話そうよ。」


 浅尾あさおさんが、疲れた声でそう言った。




 話し合いの内容は、新崎にいざきさんについてである。

 皆、重い空気の中で、状況を理解していった。


 「新崎にいざきさんの存在は、この世界から消えてしまって、俺たち以外の誰も、覚えていないのだろうということである。」


 俺のした選択については、誰も責めないし、擁護もしなかった。

 皆、悲しみの涙を零していたけれど、俺は泣けなかった。




 どうして涙が出て来ないのだろう?

 俺自身が、新崎にいざきさんを見捨てることを、選択・・をしたからだろうか?

 分からない。

 ただ、俺の心の中には、ずっしりと重い何かがあった。

 それは涙よりも苦しくて、重いものだった。




 「行宗ゆきむね君、少しいいかな?」


 クラスでの話し合いが終わって終業のチャイムが鳴ったとき、俺は浅尾あさおさんに話しかけられた。

 俺がコクリと頷くと、浅尾あさおさんは無言で俺の手を掴み、俺を連れて屋上への階段を登っていった。

 屋上は締め切られているので、俺達は屋上の扉の前まできて、足を止める。




 「……なんで?、なんで新崎にいざきさんじゃなくて、私を選んだの??」


 浅尾あさおさんは、顔を俯かせながら、そう言った。

 俺は思っていることを、そのまま口に出した。


 「クラスの多数決で、決まったから…」


 「多数決……?」


 浅尾さんは愕然とした表情をしながら、助けを求めるように、俺の胸倉を掴んだ。



 「…なにそれ分かんない、分かんないよっ!!

 なんで?なんで新崎にいざきさんじゃなくて!私なのよっ!!

 ねぇ!教えてよっ!!

 私は新崎にいざきさんを見殺しにしてなんて、生きられないよっ!!」


 浅尾あさおさんは泣きじゃくりながら、俺の胸倉を揺すりながら泣き叫んだ。

 その手は震えていて、かなりの力が籠っており、俺は階段から振り落とされそうになる。


 「なんでっ……なんでなのよっ……。こんなの嫌だよ……」


 浅尾あさおさんは、疲れた様子で呟いた。


 「……ごめん」


 俺には、そう答えることしか出来なかった。


 「ごめんなさい………」


 悪いのは、全て俺なのだから…


 


 浅尾あさおさんは、俺の胸に額を押し付けながら、わんわんと泣き続けた。

 そして彼女は泣き止んでから、

 「ごめんね、行宗ゆきむね君の方が、辛かったよね。」と、言い残し、

 涙で腫れた目を擦りながら、フラフラと階段を降りていった。





















 俺は、とぼとぼと家路についた。

 頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。


 そういえば、今日は俺の推しのVtuber【白菊ともか】の、三周年記念配信であった。

 全く気分ではなかったが、少しは元気が貰えるかもしれない。

 俺は家に帰って、Youtubeを開いた。


 しかし、【白菊ともか】の記念配信の枠は、どこにもなかった。

 消えていたのだ。

 SNSを確認すると、配信中止ということらしい。

 予期せぬトラブルでもあったのだろうか?


 


 仕方なく彼女の昔の動画を漁るも、落ち着かなくなった俺は、思い出ボックスを引きずり出した。

 そして、中学校の頃の卒業アルバムを開く。


 新崎にいざきさんの写真を探したのだが、アルバムの中に、新崎にいざきさんの姿は無かった。

 俺のクラスの人数は一人減っていて、新崎さんがいたはずの場所は、違う人で埋められていた。

 

 (くそぉ、中学の頃の写真すら、残っていないのかよ。これじゃあ、顔を思い出すことも出来ないじゃないか…)


 俺はベッドの上に、ころんと転がった。

 そして頭の中に、新崎にいざきさんの姿を浮かべ、記憶をたよりに創造していった………





 (ふふっ、じゃあ行宗ゆきむね君…。私の奴隷になってくれますか?)


 (君には、他の人に言えないような、私の本音をぶちまけられる、ゴミ箱みたいな存在になってほしいの。)

 

 

 (そうだ、もう一つ大事な命令!

 これから一生、私をオ○ズにしちゃダメだから。)


 (クラスの皆に、君が変態だってコト、バレちゃってもいいの?)


 (かっこいいと思うよ、私は…)

 

 (とっととイケよ、〇漏野郎)




 彼女の声色、吐息、笑顔やしぐさ…

 抱きついた時の、膨らみの感触、体温、汗の匂い…



 不思議なぐらい鮮明に、想像上の彼女の姿が、脳内に創り出されていく…

 新崎にいざきさんに、もう会えないなんて信じられない、信じたくない…


 「うっ…ううっ……ううっ……」


 ああ、よかった…

 やっと泣けたよ…


 「うわぁぁああああっ!!!ああああああああ!!!あああああああ!!!」


 せき止められていたものが一気に溢れ出した。

 悲しさ、辛さ、後悔

 後悔、後悔、後悔……

 



 あの時、ああしておけば良かった、こうしておけば良かった、と。

 大きすぎる後悔が、一気に押し寄せてくる。 

 

 (新崎にいざきさん!新崎にいざきさん!新崎にいざきさん!!!)

 

 俺は涙を流しながら、

 新崎にいざきさんのいやらしい姿を想像しつつ、致していた。

 こうしていないと、やってられない。

 こうしていないと、忘れてしまう。


 (ごめん、ごめん、ごめん……!!)


 

 ………!!



 ……………



 賢者タイムを迎えて、俺はさらに泣きじゃくった。






















 半年ほど、時が過ぎた。

 Vtuber【白菊ともか】は、あの日以来、一度も配信をすることなく、引退をした。

 ネットでは様々な憶測が飛び交うが、真相は分からない。


 

 新崎にいざきさんの親友だった、花園はなぞのカレンさんは、あれから一度も学校に来ることなく、退学をした。

 同じ新崎にいざきさんが大切だった者同士、話してみたいとは思ったが、きっと彼女は、俺を殺したい程恨んでいるだろう。





 「よぉ、ゆっきー。今日オフなんだ。ゲーセン行かねぇか?」


 「いいねっ!、私も行きたい!!行ったことないし!」


 サッカー部に竹田慎吾たけだしんごが、俺の肩を掴みながら、遊びの誘いをしてくる。

 そこに「私も」と割って入るのは、同じくサッカー部の朝尾和奈あさおかずなである。

 

 二人とも普段は部活のため、放課後に遊べる機会は少ないのだが、

 今日はオフらしい。


 「いいな、ゲーセン、久しぶりに行きたいわ。」


 俺は、もちろんYESと答える。

 

 そうして俺達三人は、制服のまま、ゲームセンターへと向かうのだった。






 [エンディングα]

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