六発目「シ〇ってる場合じゃないラスボス戦」


 ー主人公視点ー


 「いけぇぇえ!!」

 「アクアソード!!」

 「ドラゴンクローー」

 「おりゃぁああ!!!」


 クラスメイトが、声を上げて、ラストボス【スイーツ阿修羅】に向かっていく。

 あるものは泣きながら、ある者は叫びながら、ボスの攻撃を搔い潜り、「特殊スキル」で攻撃をする。

 

 頭部にある三つの頭に、【ウィザーストーン願いを叶える石】があり、

 朝尾和奈あさおかずなが、そこに直接攻撃を試みたが、バリアのような壁で防がれた。


 ボスのHPをゼロにしてからでないと、頭部には攻撃できないのだろう。

 ズルい手は使えないという事だ。


 

 ボスの攻撃を喰らって、大怪我をする者も多い。 

 しかし、新崎にいざきさんが戦場を駆け回りながら、【超回復ハイパヒール】スキルで回復していく。

 

 そうして、傷が癒された人は、また戦線へと復帰する。


 

 怪我というものは、肉体だけでなく、精神的にもダメージを負うものだ。

 大やけど、切り傷、骨折、打撲、

 当たり所が悪ければ、致命傷に近い攻撃を喰らい、地獄のような激痛に襲われるのだ。


 新崎にいざきさんは、身体の傷は癒せても、心に負ったトラウマ、痛み、恐怖までは癒しきれない。



 それでも彼らは声を上げて、トラウマに打ち勝ち、またボスへと立ち向かっていくのである。



 どうして、痛い思いをしながらも戦い続けられるのだろうか?。

 


 それは、岡野大吾おかのだいご朝尾あさおさんが、皆を先導して戦っているからであり。

 新崎にいざきさんが息を切らしながら、必死でケガ人を治し続けているからであり。

 全員が支え合い、励まし合いながら、諦めずに戦い続けているからである。


 

 そんな中、俺は…万浪行宗まんなみゆきむねは、

 何も出来ずに、ただ遠くから、その戦いを傍観していた。

 もちろん、傍観している人は俺だけではない。

 クラスの34人のうち、7人程は、俺と同じ傍観者である。

 戦場から離れた場所で、怖がっている人、ケガを負ってトラウマになった人、泣き続けている人がいるのだ。



 俺が戦いに行けない理由は、色々ある。

 特殊スキルが使えないから、まともなダメージを与えられないし。

 俺は、あの攻撃を避けられる自信がないし、

 そうなれば痛い怪我をして、回復役ヒーラー新崎にいざきさんに迷惑が掛かるし…

 きっと、足手まといしかならないだろう…。

 


 でも、そんなのは言い訳だ。


 俺はいつも、言い訳ばかりじゃないか。

 俺は高校に入って、友達が作れない事を、

 過去の失恋のトラウマだとか、周りの環境だとか、色んな事に言い訳して、

 「しょうがない」と、勝手に諦めていたんだ。

 

 でも、友達になれる人は、俺の席の隣に、ずっと居たじゃないか。

 竹田慎吾たけだしんごには、なんども話かけて貰ったのだ、でも俺は、会話を拒絶していた。

 俺はコミュ障だから、と、言い訳をして、話そうとしてこなかったのだ。

 俺はコミュ障なんかじゃなかった、

 コミュ障のフリをして、逃げてばかりの自分を、正当化していただけなんだ。


 今このときも、俺に出来る事が、何かあるはずなんだ。

 スキルが使えない俺にだって、出来る事が…。



 ドゴォッ!!!



 俺のすぐ隣で、大きな音がした。

 そこには誰かが、全身血まみれの身体で、倒れていた。

 どうやら、ボスの攻撃で、ここまで吹っ飛ばされてしまったらしい。

 

 俺は、そいつに駆け寄った。



 「竹田たけだっ!?」


 そいつは、俺の友達、竹田慎吾たけだしんごだった。


 「ぁ……ぐぁ………」


 竹田たけだは、声にならない掠れ声で、苦しそうに息を漏らす。

 お腹に大きな傷が開き、中からドロドロの血が溢れだしている。

 見ているだけで腹が痛い、思わず目を背けたくなる。


 (これ…ヤバいだろ、致命傷なんじゃねぇの?)


 俺は顔を上げて、回復役ヒーラー新崎にいざきさんを探す。

 新崎にいざきさんは戦場の近くで、他の負傷者の治療に追われていた。

 

 (いやっ、嘘だろ、どうすればっ?!他に回復の手段は、ないのかっ…!?)



 「あ…!」


 俺は、思い出した。

 戦闘前に、仮面の男から支給された、回復ポーションの存在である。


 だがしかし、また毒である可能性もある。

 強化ポーションが、実は「ハルハブシの猛毒」だったように…。


 でももし、この回復ポーションが、本物の回復薬なら、

 個人で回復できるようになり、回復役ヒーラー新崎にいざきさんの負担が、かなり減るのではないだろうか?

 そして、皆が、より戦いやすくなる筈だ。


 (俺が毒見するか…)


 今の俺に出来ることは、それくらいしか無いのではないか。

 俺が毒見をして、回復ポーションが使えるのかを確かめるのだ。

 万が一、猛毒で、俺が死んでしまったとしても、「回復ポーション」が毒であるという情報を、皆に与えられる。

 他の皆は、命がけで戦っているのだ。俺もリスクを取らなければ。


 (ふーーっ)


 俺は、心臓をバクバクとさせながら、腰に付いたバックから、回復ポーションを取り出した。

 それを口に近づけて、

 コクッ

 と、わずかに飲み込んだ。

 

 俺は急いで、ステータスウィンドウを確認する、

 毒は…増えていない。


 俺は、今度は普通にごくごくと飲み込んでいく。

 濃い栄養ドリンクの味がして、身体の疲労が取れていく。

 俺はもう一度、ステータスウィンドウを開いた。

 毒は…増えていなかった!!



 「竹田たけだ!!この回復ポーション使えるよ!!」


 俺は急いで、倒れている竹田たけだの口の中へと、回復ポーションを注ぎ込んだ。

 

 ゴク、ゴクゴクゴク…


 竹田たけだは、喉を鳴らしながら、ポーションを飲み込んでいく。

 血まみれのお腹が、淡い光に包まれていく…


 

 「こほっ!ごほっ!ごほっ!」


 竹田たけだが、口から血を吐き出した。

 さらにポーションを飲ませていくと、大きかった傷が、少しづつ治っていく。

 そうして、竹田たけだはゆっくりと立ち上がった。


 「良かった!!、回復ポーションが効いたよ。なあ竹田たけだ!!」


 俺は嬉しくて、声に出して喜んだ。

 戦えない俺でも、皆に貢献できたのだ。

 


 「そんな事みんな知ってるわ!!回復ポーションなんて、とっくに試して使ってんだよ!」


 竹田たけだは振り返ると、俺を睨みつけながら怒鳴ってきた。


 「え…?」


 俺は、心臓を突かれたような衝撃を受けた。身体がガタガタと震えだす。

 そんなっ、俺は……、


 「…すまん、言い過ぎた。

 助けてくれてありがとよ。

 まあ、戦わないのはお前の勝手だが、落とした武器を拾うとか、回復ポーションを届けるとか、働いてくれると助かるわ…」


 竹田たけだは、冷たい声でそう言い捨てて、地面に落ちた剣を握り、また戦場へと走っていった。

 


 胸が苦しくて、涙が溢れた。

 また、やってしまった。

 回復ポーションが使えるのかどうか、戦場で死ぬ気で戦ってる人が、試さない筈がないよな。

 俺、バカみたいじゃん。

 くそっ、いくらでもあるじゃないか。戦えなくても出来る事。

 俺は、そんなことにも気づけなかった。

 いや違う、俺はそれを本気で探そうとしていなかったのだ。

 また、言い訳して逃げていただけなんだ。



 くそっ、泣いてる場合じゃねぇだろう!

 早く皆を支えに行くんだ。


 俺は、俺以外の「傍観者たち」に向かって、大声で叫んだ。

 話したこともない、名前も分からないクラスメイトに向かって叫んだ。


 「なぁ!別に戦わなくてもいいからさ!回復ポーションを渡したり、飲ませたり。

 手放してしまった武器を届けたり!サポートとして戦わないか?このままじっとして、アイツらに全部任せていいのかよ!?」


 俺は叫んだ、その言葉はほとんど、自分自身に向けて叫んだ。

 何やってんだ俺は、とんだダメ人間じゃないか。

 こんな俺なんかが、新崎にいざきさんと付き合おうなんて、ずうずうしいにも程があるだろ。

 とにかく今は、早くあいつ等の役に立つんだ。


 傍観者たちの中には、

 「分かった、手伝う」という人がいた。

 何も言わない人もいた。

 泣き続ける人もいた。


 でも、俺のすることは変わらない。

 俺は急いで、戦場へと駆けつけた。



 そこには、毒を喰らった人、ケガを負った人、武器をロストした人が沢山いた。

 でも、皆で励ましあいながら、本気で戦っている。

 俺は、涙を流しながら、全力で戦場を駆け回った。




 ー岡野大吾おかのだいご視点―



 あれからどれだけ経ったのだろう、

 俺は、止まることなく攻撃を与え続けていた。

 何度も危険な目に遭い、何度も痛い目を見たが、その度に全員で助け合って、なんとか戦線を保ってきた。


 俺達の生命線は、なんといっても回復役ヒーラー新崎直穂にいざきなおほである。

 彼女の【超回復ハイパヒーリング】は、回復ポーションよりも、回復量と回復速度が大きく、斬れた腕もすぐに再生できる。

 しかし、本人に負担がかかるようで、新崎にいざきは息を切らしながら回復を続けている。

 だがもし、彼女がいなくなれば、戦線は一瞬で崩壊するだろう。

 

 そしてもう一人、大切なアタッカーがいる。

 朝尾和奈あさおかずなである。

 こいつの特殊スキルは、【剛蹴スチルキック】と【爆走バーンダッシュ】である。

 まさにサッカー部というスキルであり、【剛蹴スチルキック】も十分強力なのだが、

 驚異的なのは、【爆走バーンダッシュ】の方である。

 彼女はとにかく早い、ボスの攻撃を簡単に避けて、一撃も喰らう事なく攻撃を続けられるのだ。

 このラスボスにとっても彼女は脅威のようで、かなりのリソースを彼女の足止めに使っている。

 彼女がヘイトを集めてくれるお陰で、俺達の攻撃が通りやすくなっている。


 俺が【予見眼フューチャアイ】を使っても、攻撃を防ぐことは可能でも、全て避けるなんて芸当は出来ない。

 彼女がいなければ、ボスへの攻撃量は激減してしまうだろう。


 

 ゴォォォォ!!


 俺の【予見眼フューチャアイ】が、未来の景色を見た。

 

 「おい!次はケーキだ!!右から来る!!」


 俺は、【予見眼フューチャアイ】で見た未来を、クラスメイトに伝達する。

 そしてそれを躱しながら、ボスの懐へと入り込む。


 「うりゃぁあああ!」


 ズバァァァァン!!!


 俺は、ラスボス野郎の肉体に、大きな切り傷を入れる。

 回復ポーションが疲労をとってくれるので、長時間の戦闘でも、疲れるということがない。


 さてと。 

 俺はふと、ボスの頭上を見上げた。

 ラストボス、【スイーツ阿修羅】のHPバーは、既に半分以下であった。

 バカみたいに多い、こいつのHPも、やっと半分まで減らしきった。

 これなら、なんとかいける!!



 ドクン、ドクン、ドクドクッ……


 ズキィィィッ!!


 「ぐふっ…痛ぇっ…!!」


 な、なんだ?今のはっ…

 まだ心臓が、ズキズキと痛む…

 何が起こった?胸の痛みなんて…

 まさか……毒??

 もう一時間が経ったのか??


 「なぁ!?朝尾あさお!お前は体調大丈夫か!?」


 俺は、隣にいた朝尾和奈あさおかずなに、そう訊いた。


 「大吾だいごにも来ちゃった?心臓ズキズキするやつ。

 私もだよ、たぶん毒のせいだよね。

 きっと、よく動きまわってる人から来るんだよ。血の巡りが早いとかの理由で…」


 朝尾和奈あさおかずなは、ボスの身体を蹴散らしながら、かすれた声でそう答えた。

 身体は全身汗でびっしょりで、顔が青ざめているように見える。


 「そんなっ…大丈夫なのか?」


 「安心しなよ。心臓が痛くなってからでも、しばらくは普通に動けるからさ。

 私はもう、かなりヤバい感じだけど…」


 

 朝尾あさおはそう言いつつ、息を切らしながら、衰えないスピードで駆け回っている。

 普通に動ける、って、嘘だろ…。

 朝尾あさおは、身体に毒が回ってきてる状態で、何でそんなに冷静なんだよ。

 どうしてそんなに動けるんだよ。


 

 俺の手足が、ガタガタと震え出した。

 心臓が痛いからではない、死の恐怖と絶望のせいである。

 バクン、バクン、バクン、と

 心臓の音が跳ね上がる。

 溢れる涙で視界が歪む。


 

 ボスのHPは、まだ半分も残っているのに!

 こんな所で、毒が回ってきた。

 これは、どうやっても、無理だろう…。

 絶対に勝てる訳がない。

 「諦めるな」、と言われても、諦めなくてもどうせ死ぬのだ。

 ああ、くそっ、クソ野郎。

 こんなの無理ゲー、クソゲーじゃねぇかよっ…

 くそっ、くそっ、くそっ………!!


 俺の身体は、敵の目の前で、完全に固まってしまった。




 ドゴッ!!!



 俺は、お腹をぶっ飛ばされた。

 何者かによって、俺の腹が、思いっきりブっ叩かれたのだ。

 腹がエグれて、内臓を吐き出しそうになる。


 俺は空中に投げ出されるも、なんとか【空中浮遊エアフロー】で空中そこにとどまった。

 俺は涙目になりながら、目の前の人物を睨みつけた。


 

 そこには、朝尾和奈あさおかずながいた。

 俺の腹をぶっ飛ばしたのは、どうやら彼女の脚だったようだ。



 朝尾あさおは、泣いていた。

 顔を歪めて、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。


 

 「諦めてんじゃねぇ!諦めが悪いのがお前だろ!!大吾だいご!」


 朝尾あさおは、ボロボロに泣きながら、俺を怒鳴りつけた。



 次の瞬間、


 大きなドーナツが俺の視界を覆った。

 【予見眼フューチャアイ】による未来視である。


 「おいっ、まてっ…!」


 俺は手を伸ばしたが、もう遅かった。


 バカでかいドーナツが、俺の目の前を横切って…


 グシャァァァ!!!


 最後に、苦しそうに笑った朝尾あさおのカラダを、ぐちゃぐちゃに叩き潰した。



 バキリと骨が折れる音が鳴り、真っ赤な血が、水風船みたいに弾ける。


 大きなドーナツに、朝尾あさおの赤い血が、イチゴジャムみたいに張り付いた。


 朝尾和奈あさおが、潰れて死んだ。


 俺は彼女に、庇われて生き延びた。



ーーー


 「う"ぅっ!あぁあ"っ!!」


 ちくしょう、なんで?、なんでだよ。

 

 「あ"あっ!!……ああ"っ!、ああ"っ!!」


 なんでお前は、俺なんかを助けたんだ?

 俺が…。ぼーっとしてたせいでっ!

 勝手に死ぬんじゃねぇよ、馬鹿野郎っ!

 「諦めてんじゃねぇ」なんてっ!ふざけた遺言を残してんじゃねぇっ!

 お前がいなけりゃ、俺達はうまく戦えねぇってのっ!

 


 「いやぁぁっ!うそっ!!嘘だぁあっ!!」

 「治せないの?!あれ、ヒールで…」

 「いや……あれは……」

 「嫌ぁっ、嫌だぁぁっ!!なんでっ!!かずなぁぁっ!!」

 「うわぁぁああああっ、あああぁああっ!!」



 ああ、クラス中が、騒然とする。

 攻撃の手がとまる。

 戦線が、崩壊する…。

 くそぉ…くそぉ…っ!!


 

 『諦めてんじゃねぇ』


 朝尾和奈あさおかずなの声が、聞こえた気がする。

 そうだ、諦めてんじゃねぇ…俺っ!

 まだ俺様は生きてる、動ける、戦える。

 諦めが悪いのが俺様だろ!!


 

 俺は大きく息を吸い込む。


 「泣いてんじゃねぇ!!まだ俺様達は死んでねぇ!まだ手も動く!歩ける!喋れる!笑える!!

 諦めるな!まだ終わってねぇ!!絶対に元の世界へ帰るんだ!朝尾あさおの分まで生きるんだよ!!

 戦えっ!!戦えっ!!まだだっ!まだっ!!」


 俺は、クラスメイトに言い聞かせながら、自分に言い聞かせながら、剣を握って攻撃を続けた。

 猛毒がなんだ。相手のHPが何だっていうんだ。

 こうなりゃ死ぬまで生きてやる。



 戦況は、大きく崩れた。

 だが、諦めるものは居なかった。

 泣き叫び、嗚咽しながらも、剣を握り、敵へと向かっていった。



 ー主人公視点ー


 

 浅尾和奈あさおかずなが死んだ。

 人が死ぬ瞬間を初めて見た。

 俺は浅尾あさおさんと、一度も話した事がないけれど、それでも心がエグれる程、辛かった。

 朝尾あさおさんが皆を先導し、指示を出し、鼓舞する姿を、下でサポートをしながら見て来たからだろうか。


 彼女の悲惨な死は、皆の攻撃の手を止めた。そして、計り知れない痛みと絶望を与えたのだ。

 戦意が喪失してしまう、そう思った時、岡野大吾おかのだいごが大声を上げた。

 「諦めるな」と、そう言った。

 俺は、大吾だいごがあんなにカッコいい奴だったなんて、知らなかった。


 皆、泣きながら、なんとか武器を握りなおし、ボスに挑み続けていた。


 ボスのHPは、半分を切っている。

 しかし、半分というのは、今の状況においてあまりに絶望的であった。

 

 朝尾あさおさんの死によって、拭いきれない死への恐怖と、途切れ始める集中力。

 回復ポーションでは治せないような、心を大きく抉る傷が、俺たちの戦意を蝕んでいく。



 どうすれば良い、俺たちはどうすればコイツに勝てる?!

 俺は、どうすれば、皆の役に立てるんだ!?……


 あ……


 心当たりが一つあった。

 俺の特殊スキル、【自慰マスター○ーション】である。


 このスキルは、自慰行為のフィニッシュ後、10分間しか効果を発揮しないという、制限が厳しいスキルなのであるが、 

 制限が厳しいぶん、強力である可能性が高い。

 下手をすれば、とんでもない強さなのではないだろうか。


 俺は、辺りを見渡す。

 ラスボスとクラスメイトが、死に物狂いで削りあっている。

 こんな場所で、オ○ニーなんて、出来るのか??

 

 いや、やるんだ。何としても。


 クラスメイトにオ○ニーが見られるのと、殺されるの、どっちが良い?

 そんな事、聞かれるまでもない。

 俺は恥を捨ててでも、みんなが助かる可能性に賭けるのだ。


 急がないといけない。このギリギリの状況は、いつ崩壊してもおかしくない。


 俺は戦場の外へと駆けだした。

 そして、みんなに見えないように、ラスボスを背中に向けながら、

 ズボンの中へと手を入れた。


 (・・・・・)


 (・・・・・)


 あれ??

 あれ?あれっ、なんでっ?

 俺は、震える手を、必死に動かしていた。

 頭の中では、大好きな新崎にいざきさんの、ありとあらゆる姿を必死で考えながら…

 でも、俺の下半身はウンともスンとも言わないのだ。


 なんで?なんで?なんで??

 早くしなきゃいけないのに、なんで全く反応しないんだよっ!?


 俺の後ろでは、クラスメイトの叫び声や、悲鳴、剣のぶつかる音が絶えず響いている。

 早くしないと、皆やられる。

 俺も今、ボスに背中を向けているのだ、いつ攻撃を喰らっても、おかしくない。

 恐怖と焦りで、身体と手が震えている。

 くそっ、早く、早くっ……!!


 あ、そうか。

 これは、恐怖のせいだ。

 人間は、死の恐怖の真っ只中で、性的興奮なんて出来ない仕組みになっているのだ。

 人類の遺伝子は、マンモスとの戦闘中に情事をするようには、進化して来なかったと言う事だ。

 

 いや!でも、それでも俺は!!

 俺はやらなきゃいけないんだ!!

 なんとかして恐怖を排除しろ。

 皆、死ぬ気で戦っているのだ。

 俺だって、戦うんだ。これは己との戦いだ。

 絶対、絶対、俺は出すんだ!

 うぉおおぉぉおおっ!!!



 ドゴォォォォォォ!!!


 

 突然、目の前が真っ暗になった。

 そして、声が出ないほどの痛みが、身体中を駆け巡る…

 耳がキーンとして、身体の中の音しか聞こえない。

 ああ、背中、背中が痛い…

 だめだ、なんだこれ、どんどん痛くなる。

 あぁ…死ぬのか??俺…

 嫌だ…生きたい、俺はまだ…

 でも、どんどん、頭がぼーっとしてくる…


 ああ、早く…やらなきゃ…



 フワァァァァァ……


 突然、温かい空気に包まれる。

 天然温泉に浸かっているような、心地のよい感覚…

 痛みや恐怖が全て溶かされていくような、安心感がする。

 傷や痛みが、みるみる内に治っていく、

 そして、周囲の音や感触が、感じられるようになってくる。

 俺は、仰向けで床に転がっているようだ…



 「良かったっ…行宗ゆきむねくっ、ゴホッ、ゴホッ!」


 寝転がる俺の上から、聞き覚えのある声がした。


 俺は、ハッと目を開ける。

 そこには、安心した顔で、ぼろぼろと涙を流す、新崎直穂にいざきなおほさんがいた。

 ひたいから首筋、胸元まで汗びっしょりで、

 苦しそうな顔で、はぁはぁと熱い息を漏らしながら、俺の顔を覗き込んでいる。

 

 俺の息子が、立ち上がった。


 

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