四発目「覗き〇と修羅場」


「なぁ、行宗ゆきむねくん!!直穂なおほちゃんと二人きりで、何してたんだっ!?」



 俺は、殺気の籠った低い声に、戦慄した。

 俺は、はっと振り返る。


 そこにはクラスで隣の席の、竹田慎吾たけだしんごが、今にも飛び掛かってきそうな勢いで、俺を睨みつけていた。


 竹田慎吾たけだしんごは、ぼっちの俺に話しかけてくれる、サッカー部の爽やかイケメンである。

 だがしかし、俺はいつも上手く会話を繋げられなくて、すぐに話が途切れてしまうのだが。


 彼は、その爽やかな顔とは真逆の、怒気を纏った鬼の形相で俺を凝視する。

 俺は、蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まり動けなくなった。


 なんでコイツが、俺が新崎にいざきさんと一緒にいたって事、知っているんだ?!

 バレない為に、時間を空けて出てきたのに。

 それに、なんでコイツは、こんなに怒っているんだ?



 「な、なにも、してない。です。」

 「あぁ!?んな訳ねぇだろ!嘘つくんじゃねぇよ!!」


 (ひぃぃっ!!)

 誤魔化そうとしたら、声を荒げて怒鳴られた。

 拳をわなわなと震わせている。今にも殴りかかってきそうだ。

 でも、言えない、言えないのだ!!新崎にいざきさんの、命令だから。二人きりの秘密だから!!



 「お前、洞窟の中で、新崎にいざきさんと一緒にモンスターを倒してたよなぁ…すっげぇ楽しそうな顔をしてよぉ……」


 はぁ?なんで??そんな事まで言えるんだよ?

 まさか、ストーカーみたいに俺たちをつけていたのか?

 何の為に??


 「俺、あんな楽しそうに笑う直穂なおほちゃん、見た事無かったんだよ…。

 可愛い笑顔、優しい笑顔、幸せそうな顔…。

 ううっ…。こんなことなら、【透視クリアアイ】スキルなんて、使うべきじゃなかった……,。

 もう、ハッキリいってくれよ…行宗くんっ。

 直穂なおほちゃんと、付き合ってんだろ。ううっ…うううっ……!!」



 しかめっ面の竹田たけだが、顔を引き攣らせながら、涙をこぼしていく過程を、俺は、ただ唖然と眺めていた。

 どうやらこいつは、【透視クリアアイ】という特殊スキルで、俺と新崎にいざきさんのやりとりを透視していたようだ。

 そして、俺と新崎にいざきさんのやりとりを見て、付き合っていると勘違いした。

 それで、中学校の頃の俺と同じ、失恋の涙を流しているのか。



 「いや、付き合ってないよ!たまたま会って、たまたま話しただけだ。新崎にいざきさんとは付き合ってない!」


 俺はとにかく、必死に否定した。

 新崎さんとは付き合ってないし、話していた内容も言えない。



 「はぁ、嘘つけよ。じゃあ直穂なおほちゃんの、あの表情はなんなんだよ。絶対にお前のコト好きな顔だろ…」


 ああ、そうだ。その通りだ。

 新崎にいざきさんは今日、今までに見た事がないような、豊かな表情を俺に見せてくれた。

 でも、俺、フラれたんだよ。

 そして脅迫されて、奴隷にされたんだ。

 新崎にいばきさんの気持ちなんて、俺には、全く分からない。


 「多分俺は、新崎にいざきさんと同じ中学校の出身だから、お互いによく知っているだけだよ。付き合っては、いないから。」


 としか、説明できない。



 「はぁ!?マジ!?初耳なんだが!?

 それじゃあ!おっ、おおっ、教えてくれよっ!行宗ゆきむねくん!

 直穂なおほちゃんって、中学校でどんな人だったんだ?!どうすれば直穂なおほちゃんと付き合えると思う?!」


 竹田慎吾たけだしんごは、俺の両腕を強く掴み、ガシガシと揺さぶってくる。

 その度に、頭がぶれて視界が揺れる。

 この野郎、新崎にいざきさんと付き合える方法を教えてくださいだとぉ!?

 そんなもの俺が聞きたいっての!!二回も振られた俺を馬鹿にしているのか?!、甘えんじゃねぇ!



 「いや、振られた俺に分かる訳ないだろ」


 (俺は思わず、そう言ってしまった。)


 「え?フラれた??」


 「あ、」


 (やば、口が滑った。)


 「え、フラれたの?直穂なおほちゃんに?!」


 「あー。まあ、ちゅ、中学校の頃だよ。」


 嘘はついていない。

 ついさっき振られて、さらに新崎にいざきさんの奴隷になったことは、絶対に言えない。



 「へぇ!マジかよ!!どんなふうに告ったんだ?!告白の言葉は!?直穂なおほちゃんのどこが好きだったんだよ?!」


 竹田たけだは、水を得た魚のように俺の周りを跳ね回り、

 質問を畳み掛ける。

 コイツ、人の失恋話をそんなに掘り返したいのか?


 しかし、竹田慎吾たけだしんごは、かなり俺の話に興味をもっている様子だ。

 コイツなら、俺の話を聞いてくれて、気兼ねなく雑談が出来る親友になれるかもしれない。

 そんな予感がした。



 「分かった、分かった、全部話すから。

 でも、集合の事を忘れてないか?、早く、集合場所に向かわないと。」


 「あ、やべっ、忘れてたわ。」


 どうやらコイツは、俺と新崎にいざきさんの事で頭がいっぱいになり、

 集合の事を忘れていたらしい。

 

 俺は、集合場所へと急ぎながら、俺の過去に興味深々の竹田慎吾たけだしんごに、苦い失恋話を語っていった。

 


…………



 「……うん、新崎にいざきさんには、友達でいて欲しい、って優しく断られて

 でも、気まずくて、彼女と普通に話せなくなって、女の子と話すのも怖くなって、

 いつの間にか、人と話すのが緊張するようになって……」


 俺はいつの間にか、竹田慎吾たけだしんごに、友達が出来ない悩みまで、打ち明けてしまっていた。


 「そうか、そうだったんだな。それは辛ぇな。

 悪かったな、そんな事とも知らずに、新崎にいざきさんとの失恋を思い出させてしまってよ。」


 「うん…」


 「なぁ、俺で良ければ、お前の友達にしてくれよ。

 直穂なおほちゃんの事を、話せる相手が欲しかったんだ。」


 「うん、俺も、お前と仲良くしたい。」


 竹田たけだは、いい奴だった。

 人の気持ちに寄り添い、自分の事のように思って、同じ感情を分け合える人なのだ。

 それに竹田たけだは、新崎にいざきさんの可愛さをよく分かっている。

 新崎にいざきさんの魅力について、竹田たけだはこう語ったのだ。


 「確かに直穂なおほちゃんは、和奈かずなちゃんみたいな明るいタイプじゃないけれど、時折見せる素直な表情が、マジで天使みたいに可愛いんだよぉ!」


 (すっげぇ分かる!)


 というわけで、俺に、高校に入って初めての友達が出来た。

 同時に、俺の恋敵でもある。



ーー



 そうこうしている間に、クラスメイトの声が聞こえてきた。

 集合場所である。直径15メートルほどの、青く光る巨大魔法陣に辿り着いた。

 そこには、ほとんどのクラスメイトが集まっていて、

 「何体討伐した」とか、「ヌルゲー過ぎる」とか、思い思いの会話をしている。

 


 「おせぇよ!」


 と、俺達を見た、岡野大吾おかのだいごが怒号をとばす。


 「全員集まりました。」


 と、学級委員長の新崎にいざきさんが、仮面の男ギャベルに声をかける。


 (俺達が最後の二人だったのか。というか、点呼のとり方、修学旅行かよ。)


 新崎にいざきさんは凛とした表情で、白い菊の花のように、じっとたたずんでいる。

 そして、フッとこちらに振り返り、

 キッ、と、俺を睨んできた気がした。



 「い、今!!新崎にいざきさん、俺のこと見たよな!?、なぁ!??」


 と、隣の竹田たけだが、俺の顔を引っ張りながら、はしゃぎまわる。

 ああ、頼むから、新崎にいざきさんに怪しまれないように、じっとしていてくれ。

 俺は新崎にいざきさんに、心臓ヒミツを握られているのだから。



 「さて、皆様お集まりのようですね。

 それではこれより、第10階、ラストボスの扉の前へと集団転移をさせて頂きます。」


 仮面の男ギャベルの声とともに、地面の転移魔法陣が、

 ビカーーッと、白く光輝く。 

 俺は思わず目を瞑った。


ーーーーー


 目が覚めると、広い床の上にいた。

 薄暗くて、空気が重たい。

 そらに飛び交う、蛍のような緑色の光に照らされて、奥の方に、巨大な石扉が、ぼんやりと見える、巨大な石扉。

 扉の上端は、闇に呑まれていて、高さが分からない。

 

  

 周囲からは、小さな悲鳴の声が上がる。

 空気が異様に重たい。身体が勝手に震え出す…

 今まで感じた事のないような、焦燥感と恐怖が、身体の中を這いずりまわる。


 パッ!


 と、周囲が、明るい光に包まれた。

 クラスメイトの顔がきちんと見えた。

 正面では、仮面の二人が、大きな木のテーブルの奥に立ち。 

 テーブルの上には、赤と緑と青のガラス瓶が、色別に分けられて、大量に置いてあった。


 

 「皆様、よく聞いて下さい。

 ボスモンスターは、今までの敵と比べて二回り強力です。

 よって念の為に、三種類のポーションを配布いたします。

 右から、解毒ポーション、回復ポーション、強化ポーション、と並んでおります。


 青色の解毒ポーションは毒を消し、緑色の回復ポーションは傷を治します。

 これは戦闘中に使用してください。


 最後に、赤い強化ポーションについてですが、

 効果時間が短いので、一人一本、ボスと戦う直前に、私の合図で飲んで下さい。」



 仮面の男はそう告げた。


 (うぉー!ポーションとかテンション上がるわ!これこそ異世界という感じがする。

 俺は、活躍できそうにないけれど、一撃くらいは加えたい。)

 

 「では、共にボスの部屋へと参りましょう。このボスを倒したら、19億円の報酬を差し上げます。」


 仮面の男ギャベルは、淡々とそう告げた。



 「よっしゃー。俺が全部ぶっ倒したら、19億円は全部俺様のな!」

 「はぁー?そんな事させるか!均等に分配だ。」

 「なんか怖いけど、大丈夫、だよね?」

 「大丈夫!もし危ない事があっても、あたしが守るから。」



 大きな石扉が音を立てながらゆっくりと開いていく。

 クラスのみんなは、緊張をしつつも、ゆっくりとボス部屋の中へと入ったいった。

 

 そこは白い壁で覆われた、円形闘技場のような、丸くて広い空間だった。 

 しかし、モンスターの気配はどこにもない。



 石扉がギギギギギギギと、音を立てて閉まる。

 薄暗い部屋に、俺のクラス全員と、仮面の二人が閉じ込められた。


 「さてみなさん、強化ポーションをお飲み下さい。もうじき、ボスモンスターが出現します。」


 俺たちは、言われるがまま、バッグの中の赤いポーションを、ごく、ごく、ごく、と、喉に流し込んだ。

 

 (うっま!!)


 俺は、あまりの美味しさに衝撃を受けた。

 舌で溶けるまろやかな舌触り、濃厚な南国のフルーツに、パチパチとした刺激的な甘味が合わさり、喉を潤していく。

 うまい、うま過ぎる。

 力が湧き上がってくる。

 

 「うますぎだろ!!」

 「何だコレ、異世界ジュース?!!」

 「何か、力がみなぎってくるぜ。すげぇ」


 俺は、これこそが本物のエナジードリンクなのだと確信した。

 魔法が入っているせいか、別人になったように身体が軽く、エネルギーが溢れ出てくる。

 すげぇ、これ、毎日飲みたいなぁ…


 

 「お、おい、ちょっと、死ぬってなんだよ?!!毒って何だよ!!?」



 突然、そんな声が耳に入った。


 「ハァ?どうしたお前??」

 「おい、自分のステータスを見ろよ!確かにステータスはアップしてるけど!!猛毒って!!」

 「は?!何言ってんだよっ!!」


 (え??何を言ってる??)


 俺は、その言葉に、心臓が悪魔に掴まれたような、

 言葉では表せない、とてつもない恐怖を感じた。

 バクバクバクと、跳ね回る心臓を抑えながら、

 『ステータスオープン』と、心の中で唱えた。




 万浪行宗まんなみゆきむね

 ――――――――――

 身長 165cm

 体重 59㎏

 ルックス   21  

 ――――――――――

 レベル  27→97/100

 職業   召喚勇者

 ――――――――――

 攻撃力    18→76

 防御力    28→113

 魔法力    58→153

 魔法防御力  32→95

 敏捷性    14→67

 知能     42→83

 ――――――――――

 総合値 162→587/600 

 ――――――――――

 状態異常 マルハブシの猛毒

 ーーーーーーーーーー

 特殊スキル【自慰マスターベー〇ョン

 ――――――――――

 

 

 

 はぁ!!?

 ステータスの数字が、おかしいぐらい上がっているんだが!?

 レベル27からレベル97って、嘘だろ??

 

 だけど・・・、

 「状態異常」、マルハブシの「猛毒」って……


 俺が疑問に思うと、詳細説明が開かれた。




 ーーーーーーーーーー

 状態異常 ハルハブシの猛毒

 約一時間の間、ステータスを限界値まで引き上げ、その後、死に至らしめる。

 治療法のない猛毒。

 ーーーーーーーーーー


 は???


 その後…死に至らしめる???



 俺は、目の前の文字が信じられかった。

 いや、信じたくなかった。

 嘘であることを願った。


 ただ、体は理解していたのだろう。

 吐き気、めまい、あらゆる体調不良に襲われて、俺は膝を崩して、その場にしゃがみ込んだ。



 「フフフフフッ、ハハハハハッ、アハハハ!!!」


 突然、男の下品な笑い声が響き渡った。

 仮面の男ギャベルが、大声で笑い出したのだ。

 

 「ハッハッハッ!まんまとハマってくれたなぁ!!

 さーてぇ、コレでお前らみんな、一時間だけ、世界最強クラスの戦士だぜぇ!その後死ぬんだけどよぉ!

 さあ、死にたくなければ必死に戦え!!

 教えてやるよ、その毒を解く方法はこの世に一つだけだ!!

 今からこの部屋に現れる、ヴァルファルキア大洞窟!深層第九十二階のラストボス、【スイーツ阿修羅あしゅら】を倒して、

 そのラストアタック報酬ボーナスである、【ウィザーストーン願いを叶える石】に願う事だけだ!!

 さあ、俺達の為に戦え!!生きたいならな!!」



 (は?ちょ、っと待て、なに、言って、んだ?

 安全じゃなかったのか??簡単な、仕事って、言ってたよな??

 日帰りで、報酬が19億円で、、安全に元の世界に、返してくれる、って、言ってたよな??)



 「はぁ!?ふざけんじゃねぇっ!!騙してたのかよ!!?」

 「いや…いやぁっ…!!!」

 「はぁぁ?、何、言ってんのっ、話が違うじゃん!!」

 「いやぁああっ!!やだぁっ!!死にたくなぃよ!!」


 

 クラスメイトが錯乱し、パニック状態になる。

 走り回る人、しゃがみこむ人、壁に張り付く人、

 泣き叫ぶ人、強がる人、仮面の男ギャベルに詰め寄る人、暴れる人…


 裏切りと死の感覚によって、俺達は筆舌に尽くし難い、不安と恐怖に呑み込まれた。



 そんな中で、円形の部屋が虹色に輝きだして・・・

 遥か高い天井から、色鮮やかな巨大な物体が、姿を現した。


 ヤマタノオロチのような、足の枝分かれした蛇の下半身に、カラフルな女性の上半身、左右三本づつの手は、それぞれパフェやケーキを掴み、頭部には女の頭が三つ生えている。

 モンスター名、【Sweets Asuraスイーツ阿修羅】が、天井から姿を現した。


 「おやおや、うまそうな子達だねぇ…」

 「ありゃあ手強いぜぇ、ハルハブシの毒で、レベルを無理やりあげられてやがる…」

 「うわぁぁ、可愛いそうな子達、マナ騎士団も酷い事するよぉ…」


 

 頭部についた、大きな三つの女の顔が、そんな事を喋っている。

 そして、三つの頭それぞれに、【eclairエクレア】、【Madelineマドレーヌ】、【waffleワッフル】という固有名と共に、

 真っ暗なHPバーがついている。



 「「「さぁ!、アガトン神の試練だよ、君たちは神の祝福を得るに足りるかな??」」」


 三つの頭は、楽しそうにそう言って、

 ドゴォォという、轟音と地響きと共に、

 絶望の闇に襲われた、俺たちの前へと降り立った。


 

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