三発目「性なる交〇」


 俺は、わなわなと身体を震わせながら、声を絞りだして謝った。

 何について謝ったのか、何が怖くて震えているのか、あまりうまく説明できないけれど、

 自分の中の一番見られたくない部分を見られてしまった羞恥心と、新崎にいざきさんを傷つけてしまったという罪悪感で一杯になり。

 気まずさが耐えられなくなって、絞り出した言葉が、「ごめんなさい」だった。

 

 合わせる顔がないというのは。こういう状態だろう。

 俺はじっと自分の足元を凝視しつづけた。

 どこかに消えてしまいたい……



「ねぇ、行宗ゆきむねくん、とりあえず顔をあげてよ、私とお話しよ」


 新崎にいざきさんは、こちらに一歩踏み出しながら、優しい声をかけてくる。

 俺は、みっともない顔のまま、新崎にいざきさんを見上げていった。


 新崎にいざきさんは、暗い洞窟の中で、優しく輝いていた。

 褐色のブーツに、青みがかった白色のコート、そして透き通るような白い肌。

 天使のような魔法少女がそこにいた。

 

 こんなに近くで彼女を見るのは、何時ぶりだろうか。

 目の前の彼女は、俺が妄想の中で作り出した「新崎直穂にいざきなおほ」とは、全くの別人だった。

 穢れがなく、純粋な目。

 俺は、こんな子を汚そうとしていたのか。



 「泣いてるじゃん、どうしたの?、話してみてよ。」


 新崎にいざきさんは、いつ通りの澄ました顔で、優しく訊いてくる。

 その言葉がきっかけだった。

 俺の涙は止まらなくなった。



 「ごめんっ!新崎にいざきさん…俺、君の事を考えながら…イケナイことを…」


 「うん……。別に私は気にしてないよ、びっくりしたけど、こんな変わった場所に来た、私も悪かったと思うし」


 「え……?」


 (気にして、ないのか?、嫌われていないのか?、傷ついていないのか?、なんでこんなに優しくしてくれるんだ?)


 「それに、なにか事情があるんじゃないの?、こんな事するなんて、君らしくないよ。」


 「えっ、」


 「良ければ私が聞くよ、話してみる?」


 新崎にいざきさんは、優しい声色で、口角を少し緩めながら声をかけてくる。

 その天使の微笑みに、俺は一生、新崎さんには敵わないと思った。



 「はっ、話してみますっ……!」


 俺はもう、涙で顔中くしゃくしゃにしながら、みっともなく答えた


 「でも、話す時に、下ネタ言葉を使わないといけないのですが、大丈夫ですか?」


 「あー、気にしないでいいよ、私に性器見せといて、いまさら何言ってんの」



 (せ!せぃっ!?)


 しっかり者で穢れのない、新崎にいざきさんの口から出た、「性器」というワードに、俺は全身を震わせた。



 「不潔なものを見せて、すみませんでしたっ!

 えっと、実は…俺の「特殊スキル」は、【自慰マスター〇ーション】と言いまして…。

 あの、オ〇二ーってことです。うん、ハイ。」


 「…う…うん…」


 新崎にいざきさんは、唖然とした顔で俺を見た。

 俺だってこんな事、新崎にいざきさんに言いたくない。でも、こうとしか説明できないのだ。

 それに新崎にいざきさんなら、俺の話を聞いて、理解してくれる気がした。


 「その、行為のフィニッシュの後の十分間だけ、ステータスが上がって、賢者になれるというスキルでして、使ってみようと…」


 「ブッ…フフフッ…なにそれっ…アハハッ!、賢者って!まんま賢者タイムじゃん!…」


 (えぇっ!?)


 新崎にいざきさんは突然、噴き出してから、口を抑えて笑いはじめた。

 完全にドン引きする内容かと思ったのだが、新崎にいざきさん、下ネタ大丈夫なのか?

 というか、賢者タイムという言葉を知っていた事に驚いた。


 

 「ふぅーー。なるほど、それで私のコト考えながら、シテたってコト?」


 「は、はい…」


 新崎にいざきさんは、意地悪そうに笑みを浮かべて、俺の心の中を覗こうとしてくる。俺は、全身を丸裸にされたような恥ずかしさを感じた。


 「ふーん…。ねぇ、行宗ゆきむねくん。私の事はまだ好きですか?」



 新崎にいざきさんは、少し落ち着いた声色で、俺にそう尋ねた。

 暗く光る綺麗な瞳で、じっと俺を覗き込んでくる。



 「好きだよっ……」



 そうだ、今この瞬間、俺はまた、君を好きになったのだ。

 

 新崎にいざきさんは、少し嬉しそうな表情をした。

 あれ、これ、脈アリ??


 「そっか、ふふっ、じゃあ行宗ゆきむね君…。私の奴隷になってくれますか?」



 ん?

 は??

 どど、ドレイ??

 それってどういう…?



 「ドレイ…って、どういう…?」


 「つまり、私が命令したことを、聞いてくれる人になって欲しいってコトだよ。」


 新崎にいざきさんが命令した事を、聞いてくれる人??だと!?

 それって、まあ、悪くない気もするのだが。

 でも、命令の内容によるよな…

 死ねと言われても。死にたくないし…。


 「奴隷は、ちょっと…。ふ、普通に、付き合ってくれませんか?」


 俺は、ずうずうしい奴だと自覚しながらも、正式な告白をした。

 奴隷にしたいというぐらいだ、少なくとも俺に、好意を持っているのは確かだ。

 というか奴隷って、新崎にいざきさん、まさかそういう性癖なのか?!



 「ねぇ、ここで君がオ〇ニーしてた事とか、特殊スキルが【自慰マスター○ーション】だって事とか、行宗ゆきむね君は、クラスメイトに知られたら嫌だよね??」


 「え?は、はい」


 オ○ニーって言った?!しかも平然と!?

 なんか新崎にいざきさんがいうと、その言葉すら、綺麗な単語に聞こえる。


 ここでのオ○ニーの事が、クラスの皆に知られたら、か…

 そんなことになれば、俺の教室での居場所は消滅してしまう。

 そうなれば、俺は確実に、不登校になってしまう。


 「そっか。じゃあ、どっちか選んでよ。

 君が変態だってコトを、クラスの皆に言いふらすか、私の奴隷になるか。」


 (なっ!、そんなっ!)

 そんな、こんなの一択、一択しか選べないだろ。

 新崎にいざきさん、そうまでして、俺を奴隷にしたいのか?!

 まさか、こき使われたり、酷い事をされたり?

 いや、でも、新崎にいざきさんは優しい人、だよな??

 えーっと…!


 「ほら、早く答えて」


 「奴隷に、なります」


 「よろしい、じゃあ、よろしくね。私の奴隷くん。」


 新崎にいざきさんは楽しそうに笑った。

 俺は、新崎にいざきさんの奴隷になってしまった。



ーー

 

 「じゃあ、最初の命令をするね。

 さっき私が、アニメのセリフを叫びながら、ノリノリで刀を振っていたの、見ちゃったよね。

 だけど、アレは凄く恥ずかしかったんだよ。

 だから、私がアニメを好きだって事、絶対に誰にも言っちゃダメだから。」



 え?、ああ。あれの事か、

 オ○ニー事件のせいで忘れていたが、

 俺が新崎にいざきさんに、オ○ニー姿を見られる直前に、

 新崎にいざきさんは、今まで俺が見たことがないようなハイテンションで、

 現在放送中の深夜アニメ、【ルナアーク】の主人公の必殺技を叫んでいたが、

 そういえば、

 

 「新崎にいざきさんってアニメ見てるんですか?!」


 俺は、いつも勉強熱心で、サブカルに関心のなさそうな新崎にいざきさんに、

 率直な疑問をぶつけた。


 「私がアニメを見ていたら変??

 確かに学校では、くそ真面目の優等生キャラだけどさ。

 ホントの私は、皆が思ってるようないい子じゃないから。

 周りから、いい子に見えるように演じてるだけ。

 ホントは、アニメと漫画が大好きで、変な趣味もあるし。

 だから、さ。

 君には、他の人に言えないような、私の本音をぶちまけられる、ゴミ箱みたいな存在になってほしいの。」


 (ゴミ箱!?俺が!?)


 「つまりね、私がどれだけ可愛くない事を言っても、ちゃんと聞いて、共感してくれる、そんな奴隷になってほしいの。多分、君なら、出来ると思う。

 私は、君の弱み・・を握ってる事を忘れずにね、私が君に話したことは、絶対に、他の誰かに言っちゃ駄目だよ。」


 

 な、なるほど、そういう感じか。

 多分、出来るとおもう。

 俺は、どんな新崎にいざきさんでも、可愛いと思えるはずだから、


 「分かりました。頑張ります。」


 

 「うん。じゃあ、次の命令。

 私と一緒に、モンスターを倒して。

 私の【特殊スキル】は、戦闘に向いていないから、皆みたいに一撃で倒せなくてさ。

 まだ、皆から譲ってもらった一匹しか倒せていなくて、

 だから人のいない、この洞窟に来た訳なんだけど…

 とにかく、私のモンスターの討伐に、協力してくれない?、じゃなくてっ!

 協力するの!これは命令だから。」


 「はい」


 俺は、奴隷らしくキチンと返事をした。

 俺以外にも、ワンパンで倒せない人がいたのか。

 しかし、戦闘に向いていない特殊スキル、か。

 新崎にいざきさんの特殊スキルは、一体、何なのだろう?


 「そうだ、もう一つ大事な命令!

 これから一生、私をオ○ズにしちゃダメだから。」


 「はっ!はいっ!!」



 今度は、だいぶ辛い命令をされてしまった。

 新崎にいざきさんに、奴隷やゴミ箱と呼ばれて溜まったモノを、一体どうやって発散しろというのか。

 


ーー



 「へぇー。「みずモブ」も見てるんだ!私も好きだよ!、今季のアニメは何本見てるの?」


 「8とか、9本ぐらいかな。アニメレビューYouTuberさんの評価を見ながら、面白そうなやつだけ選んでる。」


 「良いなぁ…。私は、勉強が忙しくてさ、週に4本くらいしか観れてないんたよね。

 本当は私も、色んなアニメとか見たいのに…」


 「なんで新崎さんは、そんなに勉強するの?」


 「んー?ありきたりだけど、良い大学に入って、中学校の先生になる為だよ。」


 「え!?中学の先生になるの?」


 「うん、あの、社会の佐々木先生っていたじゃん、あの人見たいな先生になりたいなぁーって」


 「あー、面白かったよな、佐々木先生。」


 

 新崎にいざきさんは、今までに見たことがないような、明るい表情をころころと変えて、

 ゴミ箱である俺に、色んな本音を捨ててくる。

 しかし俺には、この状況が、どう見ても奴隷と主人の関係には思えなかった。


 洞窟の中を男女二人で、会話を弾ませながら一緒に歩いているこの状況って…


 (どう見てもデート!、デートですよね!!?)



 それに!コミュ障の筈の俺が、まったく緊張せずに話せている。

 なんでだ?

 さっきまでは、新崎にいざきさんには一番恥ずかしいことを見られて、目すら合わせられなかったのに、

 どうして??


 

 「あっ!、見つけた!さっき倒せなかったヤツモンスター!」


 新崎にいざきさんが、大きな声をあげる。

 視線の先には、俺が倒したハリネズミのモンスターが、4体、密集して集まっていた。



 

 「えーっと、まあいいか…。

 我、神の天使なりて、謀反者を裁きたもう!!

 裁きの剣ジャッジメント・ソード!!」



 新崎にいざきさんは、俺をちらり一瞥してから、前を向きなおし。

 TVアニメ【無限神話】に出てくる天使様の必殺技を、大声で詠唱した。


 そして、

 「うりゃぁあああ!」


 と、叫びながら、魔法使いのローブをひるがえし、魔法使いに似つかわしくない短剣を、腰からスッと抜き出しながら、モンスターへと飛び込んでいく。


 なんか、無茶苦茶カッコいいのだが。


 

 俺がそばで聞いているのに、アニメのセリフを、恥じらいもなく叫んでくれるなんて、

 俺に対して、心を開いてくれているのだろうか? 

 それとも、俺が奴隷だからだろうか?



 俺も新崎にいざきさんに続いて、剣を構えて加勢しに行った。

 流石に恥ずかしくて、技名は口に出さなかったが。




ーー



 4匹のハリネズミ型モンスターを、全て狩り尽くした頃。


 俺と彼女のミニバックの中から、

 ビリリリリ……

 という、金属音が鳴り響いた。


 実戦練習の終了と、集合の合図である。


 「ふぅ、ありがと、楽しかった!」


 新崎にいざきさんは、太陽のような笑顔を向けてくる。

 ああ、天使の笑顔だ。

 この笑顔が見れるなら、俺は奴隷にでも悪魔にでもなってやる。



 「じゃあ、別々に分かれて戻ろうか、 

 一緒にいたって皆にバレたらめんどくさいからね。

 あと、

 もう一度確認するけど、

 今日ここであった事と、私達の関係は、二人だけの秘密だから。

 それと、皆の前で、私をジロジロみたり、話しかけたりしたらダメ。

 私をオ〇ズにして、エ〇チな妄想するのもダメ。

 それは絶対だからね?」



 「ハイ……」


 可愛い顔を見せたと思ったら、途端に奴隷として扱われる。

 俺の心をぐちゃぐちゃにしたいのか?

 飴とムチを交互に使ってくる。

 これが、DV彼女というやつだろうか?

 でも俺も、彼女に依存してしまいそうだ。



ーー



 俺は新崎にいざきさんと、三分程の時間を空けて、狭い洞窟の穴から外へ出た。

 

 (早めに戻らないと)


 俺は、集合場所を指し示すコンパスを取り出して、その方向へと歩き出した。



 「なぁ、行宗ゆきむねくん、お前、直穂なおほちゃんと二人きりで、何してたんだよ!?」


 (!!!)


 俺は、後ろからかけられた殺気の籠った低い声に、身体を縮こまらせた。

 俺は、はっと振り返る。


 そこにはクラスで隣の席の、竹田慎吾たけだしんごが、眉間にシワを寄せて拳を震わせながら、今にも飛び掛かってきそうな勢いで俺を睨みつけていた。

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