三発目「性なる交〇」

6.


 俺は声を絞りだして謝った。

 一番見られたくない行為を、一番見られたくない女の子に、見られてしまった羞恥心と、

 新崎にいざきさんを傷つけてしまった罪悪感で、胸が一杯になり。

 俺には「ごめんなさい」と言うことしかできなかった。

 

 穴があったら入りたいとは、まさにこういう状況だろう。

 俺はじっと自分のつま先を凝視しつづけた。

 泡になって消えたい……



「ねぇ行宗ゆきむねくん、顔をあげてよ。私、すごくびっくりしたけど、怒ってないから」


 新崎にいざきさんは、こちらに一歩踏み出しながら、優しい声をかけてくれる。

 俺は、みっともない顔のまま、新崎にいざきさんを見上げていった。


 新崎にいざきさんは、暗い洞窟のなか、優しく輝いていた。

 褐色のブーツに、青みがかった白色のコート、透き通るような白い肌。

 天使のような魔法少女がそこにいた。

 

 こんなに近くで彼女を見るのは、いつぶりだろうか。

 目の前の彼女は、俺が妄想の中で作り出した「新崎直穂にいざきなおほ」とは、全く違っていて見えた。

 穢れがなく、純粋な目。

 俺は、こんな子を汚そうとしていたのか。



「泣いてるじゃん、大丈夫? 安心して、誰にも言いふらしたりはしないから……」


 新崎にいざきさんは、いつ通りの澄ました顔で、優しく肩を叩いてくれた。

 それがきっかけだった。

 俺の涙は止まらなくなった。



 「ごめっ! ごめんなさい……新崎にいざきさん…俺、おれっ……! 新崎にいざきさんの事を考えながら…イケナイことをッ……

 おっ、おッ、オッ……オナニーをっ……」


「うん……大丈夫。私は別に気にしてないよ。びっくりしたけど、こんな変わった場所に来た私も悪かったと思うし」


 「え……?」


(気にして、ないのか? 嫌われていないのか? 傷ついていないのか?

 なんでこんなに優しくしてくれるんだ?)


「それに、なにか事情があるんじゃないの? 何もなく外でするなんて、さすがに行宗ゆきむねくんらしくないし」


「えっ。なんで……」


「ほら、やっぱり? 私で良ければ、事情? 聞くよ?」


 新崎にいざきさんは、口角を緩めてそう言ってくれた。

 その天使の微笑みに、俺は一生、新崎さんには敵わないと思った。



「うん、実はさっ……!」


 俺はもう、涙で顔中くしゃくしゃにしながら、みっともなく話し始めた。


「あっ、待って……今から話しをする最中に、下ネタ用語を連呼しないといけないのですが……大丈夫ですか? マズイですよね……」


「あー、気にしないでいいよ、私にち◯ち◯見せといて、いまさら何言ってんの」



 (ち!ちんっ!?)


 清楚な新崎にいざきさんの口から出た、男性の股間というワードに、俺は全身を震わせた。



「これは大変不潔なものを見せて、すみませんでしたっ!

 えっと、実はさ……俺の「特殊スキル」は、【自慰マスター〇ーション】と言いまして…。

 あの、オ〇二ーってことです。オナニーの特殊スキルを持ってまして……ハイ」


 「……う、うん。なるほどね」


 新崎にいざきさんは、目を見開いて口を開けた。

 俺だってこんな事、新崎にいざきさんに言いたくない。

 でも、こうとしか説明できないのだ。

 それに……新崎にいざきさんなら、俺の話をちゃんと聞いて、理解してくれる気がした。


「スキルの内容は……自慰行為のフィニッシュの後、十分間だけステータスが上がって、賢者になれるという特殊スキルでして、

 それで使ってみようと…」


「ブッ…ふふふッ…なにそれあははっ……賢者って……まんま賢者タイムじゃん!」


 (えぇっ!?)


 新崎にいざきさんは突然、噴き出して、口を抑えて笑いはじめた。

 完全にドン引きする内容かと思ったのだが、新崎にいざきさん、下ネタ大丈夫なのか?

 というか、賢者タイムという言葉を知っていた事に自体、驚きが止まらないのだが。


 

「ふぅーー。なるほど、それで、

 私のコト考えながら、シてたってこと?」


「は、はい…」


 新崎にいざきさんは、意地悪そうに笑みを浮かべて、俺の心の中を覗こうとしてくる。

 俺は、全身を丸裸にされたような恥ずかしさを感じた。


「そう……

 ねぇ、行宗ゆきむねくん。まだ私の事は好きですか?」



 新崎にいざきさん、少し落ち着いた声色で、俺に尋ねた。

 暗く光る瞳で、じっと俺を覗き込んで。



 「好きだよっ……」



 そうだ、好きだ。

 今この瞬間、俺はまた、君を好きになったのだ。

 

 新崎にいざきさんは、嬉しそうな表情をした。

 あれ、これ、脈アリ??


「そっか、ふふっ、それじゃあ行宗ゆきむね君…。

 私の奴隷になってくれませんか?」



 ん?

 は??

 どど、ドレイ??

 それってどういう…?



「ドレイ…って、どういう…?」


「言葉の通りだよ。私が命令したことを、聞いてくれる人になって欲しいの」


 新崎にいざきさんが命令した事を、聞いてくれる人? だと……

 それは、まあ、全然悪くない気もするのだが。

 いやでも、命令の内容によるよな…

 死ねと命令されたとしても、流石に死ねないしな……


 「奴隷になるのは、ちょっと……

 俺は、ふ、普通のお付き合いが、したいんですけど……?」


 なんてずうずうしい奴だと、自覚しながらも、

 俺は正直に告白をした。

 奴隷にしたいというぐらいだ。

 俺に、一定の好意を持っているのは確かだ。のはずだ。

 つーか、奴隷ってなんだよっ!?

 新崎にいざきさん、まさかそういう性癖なのか?!



「ねぇ万波行宗まんなみゆきむねくん。

 ここで君がオ〇ニーしてた事とか、特殊スキルが【自慰マスター○ーション】だって事とか、行宗ゆきむね君は、クラスメイトに知られたら嫌だよね??」


「え? は、そりゃあもう」


 新崎にいざきさんがオ○ニーって言った!?

 なんか平然と!?

 新崎にいざきさんがいうと、その単語すら、綺麗な単語に聞こえる。


 オ○ニーの事が、クラスの皆に知られたら……

 そうなれば、俺の教室での居場所は消滅してしまう。

 男子達にはオナニー君とからかわれ続け、女子達からは畜生を観る目で蔑まれて、

 俺は確実に、不登校にならざるを得ない。


「そっか。じゃあ、どっちか選んでよ。

 君が変態だってコトを、クラスの皆に言いふらすか、それとも私の奴隷になるか」


 (そんなっ!)

 こんなの一択、一択しか選べないだろ。

 新崎にいざきさん。

 そうまでして、俺を奴隷にしたいのか?!

 こき使われたり、酷い事されたりするのだろうか?

 いやでも、新崎にいざきさんは優しい人、だよな??

 えーっと!


「ほら、答えて」


「奴隷に、なります」


「よろしい。じゃあ、よろしくね。行宗くん。あらため、私の奴隷くん♡」


 新崎にいざきさんは小悪魔的に笑った。

 俺は新崎にいざきさんの奴隷になってしまった。



───────────


7.


「それじゃあ、最初の命令を言うね。

 さっき私がアニメのセリフを叫びながら、ノリノリで刀を振っていたのを見ちゃったよね。アレね、凄く恥ずかしかったの……だから、私がアニメ好きって事、絶対誰にも言っちゃダメだから。これは命令」


 ビシッと俺に指を刺して、新崎にいざきさんは言った。

 俺はなんのことか? ポカンとなった。

 あぁ、そうか、あの時の事だ。

 オ○ニーを見られたせいで、スルーしていたが、

 

 俺が新崎にいざきさんに、オ○ニー姿を見られる直前、

 新崎にいざきさんは、今まで見たことがないようなハイテンションで、現在放送中の深夜アニメ、【ルナアーク】の主人公の必殺技を叫んでいた。

 たしか、

「我こそは月の王なり!! 我が月の光よ、かの物に裁きを与えよ!!『ライトニング・ルナブレイド』!!!」

 って、意気揚々と。

 

 まさか……!

 

新崎にいざきさんってアニメよく見るんですか?!」


 いつも勉強熱心で、サブカルに関心のなさそうな印象の新崎にいざきさんの、意外な一面に。

 俺は興奮しながら質問した。


「別に、もちろん、アニメくらい見るよ……それなりには。

 たしかに私、学校では、バカ真面目の優等生キャラだけどさ。

 ホントの私は、皆が思ってるようないい子じゃないし。皆からいい子に見えるよう演じてるだけ。……ホントは、アニメと漫画が大好きで、変な趣味もあるの。

 だから……さ。

 だから君には、私の本音を聞いて欲しい……他の誰にも言えないような……私の愚痴を拾ってくれる、ゴミ箱みたいな存在になってほしいの」


「ゴミ箱!? になる??」


「うん。ゴミ箱だよ。

 私がどれだけ可愛くない事を言っても、ただ話を聞いて、共感してくれる、そういう奴隷になってほしいの。

 行宗ゆきむねくんなら、適任だと思う。

 私が行宗ゆきむねくんの弱み・・を握ってる事を忘れずにね、私が君に話したことは、絶対に、他の誰かに言っちゃ駄目だよ。」


 

 な、なるほど、そういう感じか。

 ゴミ箱が適任と言われて、少々複雑な気分だが。

 思ったより、悪くないか?

 むしろ、ご褒美と言うべきか?

 新崎さんの隠れた心の奥底を、俺にだけ話してくれるってことだよな?

 大丈夫、俺ならうまくやれるハズだ。

 俺は、どんな新崎にいざきさんでも、可愛いと思えるはずだから。


「分かりました。頑張ります!」


 

「ありがと……じゃあ、次の命令。

 私と一緒に、モンスターを倒して欲しい。

 私の【特殊スキル】は戦闘に向いてなくて、他の皆みたいに一撃で倒せなくてさ。

 まだ、譲ってもらった一匹しか倒せてないの。だから人気のないこの狭い道に来たわけなんだけど…

 とにかく私のモンスターの討伐に協力してくれない? じゃなくてっ!

 協力して! これも命令だから」


「はいっ!」


 俺は、可愛さのあまりドギマギしながらも、奴隷らしくキチンと返事をした。

 そうか、俺以外にも、一撃で倒せない人はいたのか。

 でも、戦闘に向いていない特殊スキルって……

 新崎にいざきさんの特殊スキルは、一体何なのだろう?


「そうだ! もう一つ大事な命令!

 これから一生、私をオ◯ニーのオ○ズにしちゃダメだから」


「はっ! はいっ……えぇっ! そんなぁっ!」


 俺は、思わず声を荒げた。

 かなり辛い命令を言い渡された。

 これから新崎にいざきさんに奴隷扱いされて、何とは言わないが溜まっていくモノを、一体どうやって処理しろというのか。


「分かりました……」


「うん、頑張ってね」


 俺は、力無くうなづいた。

 ニコニコ顔の新崎さん。



 ――――――――――



「「みずモブ」も見てるんだ! 私も好きだよ! 今季のアニメは何本見てる?」


「8とか、9本ぐらいかな。レビューとか見つつ、面白そうなやつから選んでる」


 「良いなぁ……私は、勉強が忙しくてさ……4作品しか観れてないんたよね。ほんとは、もっとアニメ見たいのに」


「なんで新崎さんは、そんなに勉強してるの?」


「両親が勉強にうるさくって…… あとは普通に、ありきたりだけど、良い大学に入って、中学校の先生になりたいから、かもな?」


「え!? 中学校の先生になるのが夢なの?」


「そうだよ。中学のとき、社会の佐々木先生っていたじゃん。あの人みたいな良い先生になりたいなぁーって、私憧れたの」


「あー 佐々木先生の授業……凄まじかったよな。新崎さんがあんなふうに熱血に教えてる姿か……ちょっと想像できないな……」


「ふふっ、さすがにあそこまでは、激しくなれないよ私……」

 

 新崎にいざきさんは今まで見たことがないような明るい表情をころころと変えて、

 ゴミ箱である俺に、色んな本音を吐き捨ててくる。

 しかし、俺には、この状況が、

 どうみても奴隷と主人の関係だとは思えなかった。


 洞窟の中を男女二人。

 会話を弾ませながら一緒に歩いているこの状況って……


(どう見てもデート!

 これデートですよね!?)



 それに!

 コミュ障の筈の俺が、まったく緊張せずに話せている。

 なんでだ?

 新崎にいざきさんに恥ずかしいことを見られて、さっきまで目すら合わせられなかったのに……!

 どうして??


 

「あっ!、見つけた!

 さっき倒せなかったヤツモンスター!」


 新崎にいざきさんが、大きな声をあげる。

 視線の先には、俺が倒したハリネズミのモンスターが、4体、密集して集まっていた。



 

「えーっと、まあいっか。

 ……我、神の天使なりて、謀反者を裁きたもう!!

 裁きの剣ジャッジメント・ソード!!」



 新崎にいざきさんは、俺をちらり一瞥してから、前を向きなおし。

 TVアニメ【無限神話】に出てくる天使様の必殺技を、大声で詠唱した。


 そして、

 「うりゃぁあああ!」


 と、叫びながら、魔法使いのローブをひるがえし、魔法使いに似つかわしくない短剣を腰から抜き出し、モンスターへ飛びかかっていく。


 なんか、カッコいい。様になってる。


 

 隣で俺が聞いているのに、アニメのセリフを恥じらいもなく叫んでくれる。

 それって、俺に対して、心を開いてくれているのか? 

 いや、俺が奴隷だから、そのへんにいる虫けらみたいに俺を認識しているのだろうか?



 新崎にいざきさんに続いて、俺も剣を握って加勢にいく。

 さすがに恥ずかしくて、技名は叫ばなかった。



ーー――――



 4匹のハリネズミ型モンスターを、全て狩り尽くした頃。


 俺たち二人のミニバックの中から、

 ビリリリリ……

 という、金属音が共鳴した。


 仮面男ギャベルからの通達。

 実戦練習の終了と、集合の合図である。


「ふぅ、ありがとっ! すごい楽しかった!」


 新崎にいざきさんは、太陽のような笑顔を向けてくる。

 ああ、天使の笑顔だ。

 この笑顔が見れるなら、俺は奴隷にでも悪魔にでもなってやる。



「それじゃあ、別々に分かれて戻ろうか、 

 一緒にいたって皆にバレたらめんどくさいからね。

 あと、もう一度確認するけど……今日ここであった事と、私達の関係は、二人だけの秘密だから。あと、皆の前で、私をジロジロみたり、話しかけたりしたらダメ。私をオ〇ズにして、エ〇チな妄想するのもダメ。

 特に最後のは、絶対だからね?」


 「ハイ……」


 可愛い顔を見せたと思ったら、途端に奴隷扱いされる。

 優しさと冷たさ、飴とムチ。

 これが、DV彼女というやつだろうか?

 俺の心をぐちゃぐちゃにしたいのか?

 でも俺も、彼女に依存してしまいそうだった。



ーー



 新崎にいざきさんが先に出て、

 三分ほどの時間差を空けて、俺は狭い洞窟を出た。

 集合場所を指すコンパスで確認し、その方向へと歩き出した。



「なぁっ! おい! 行宗ゆきむねくん!

 お前、直穂なおほちゃんと二人きりで、何してたんだよ!?」


(ッッ!?)


 背中越しの、殺気の籠った低い声に、俺は身体を強張らせた。

 誰だ?

 はっと振り返ると。

 俺の背後には、クラスで隣の席の、竹田慎吾たけだしんごがいた。

 眉間にシワを寄せ、拳を震わせながら、

 今にも飛び掛かってきそうな勢いで、俺を睨みつけていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る