限定SS『古代の料理』2
(別視点)
アキはぐったりと長椅子で横になっていた。
数々の協力があったにも関わらず、調理に失敗してしまったからだ。
もちろん、丸焦げになったとか、塩加減を間違えたというような失敗ではない。アキが食べられないような代物を作ることはない。
手間をかけた割に、味に変化がなかったことが問題だった。別のもっと簡単な調理法と大差のない平凡な結果になってしまったことが、アキにとっては『失敗』だったのだ。
多少の失敗で落ち込むことのないアキも、今回ばかりは立ち直るのに時間がかかりそうだ。
仲間たちは、落ち込むアキの背に何と声を掛けたものか、迷っていた。
そんな中、ハルクが首を傾げながら疑問をシュザにぶつける。
「……そもそも、アキはなんで古代の料理を作ろうと思ったんだ?」
「そうだよ、どうしてだ?」
そのもっともな質問に、ノーヴェも賛同する。
シュザはこちらに背を向けて横になるアキにチラリと視線を向けてから、話し始めた。
「それは……。数日前にアキは『ゾイロス』へ手伝いに行ったんだ。その時にアルル爺さんに会ったと言っていた」
「あ、オレ知ってる!昔冒険者をやってたっていう、すごい人なんだろ?」
「うん、僕とアキも子供の頃から随分世話になったよ。アルル爺さんは週に一度、ゾイロスにやって来るんだけど、その時にアキに話したそうなんだ」
故郷の料理が恋しい、と。
ほろりと溢れたその言葉を、アキは忘れられなかった。
アルル爺さんが言うには、その料理というのは何百年も作り方が変わらない伝統料理で、日常的に食していたものだという。ただ、調理法などはほとんど覚えていなかった。
料理名を聞き出し、調べた結果。
ようやく、古代の料理が載っている文献にその名前を見つけることができた、というわけだ。
ノーヴェはため息をついた。
「そうか、お爺さんに食べさせてあげるために……それはアキも本気になるだろうし、落ち込みもするだろうな」
「誰か、その料理について知ってる他の人はいないのか?」
「少なくともゾーラとロシフは知らなかったようだよ。アルル爺さんの正確な年齢は知らないけれど、同年代で同じ地方に住んでいた人を見つけるのは、困難だろうね。生まれ育った村も200年ほど前に戦争でなくなってしまったようだから」
「そいつァ、実に難題だ」
ダインの言う通り、難題だった。
古代の料理法が載っているような本にしか書かれていない料理だ。それも正確かどうか怪しい。
再現するのは困難を極めることが予想された。
皆が話し合っていると、アキの背中がもぞもぞと動いた。
その背に、ハルクが声をかけた。
「……これでおしまいか、アキ」
「……」
「お前と言うやつは……歴史研究を見くびっているぞ。そういうのを、何て言うんだったか……風の上に立つ?」
「風上にも置けない、か?」
「それだ、歴史研究の風上にも置けないやつだ!」
「……なんだと?」
ゆっくりとアキが起き上がり、黄色い目でハルクを睨みつけた。
ハルクは気にせずに言葉を続けた。
「歴史を解き明かすのは、そう易しいものであるはずがない。わずかな手がかりを読み解き、想像を膨らませ、検証し考証し、ひたすらに調査、調査、調査する!……というのはある歴史学者の受け売りだが」
「なにが言いたい」
「俺が言いたいのは……何ヶ月もかけて食べ物を熟成させるような根気を持ってるお前が、たった一度の挫折で諦めるなんて、らしくないってことだ」
「……」
アキは黙り込んだ。
ハルクの言う通りだと感じていた。
らしくない。
まったく、らしくない。
アキは長椅子に座り直して、腕を組んだ。
「……問題は、やはりあの調理法が書かれた文献だろう」
「あ、アキが戻った」
「信憑性と、翻訳。このふたつだろォ、問題は」
「ダインの言う通りだね、まずはそこから詰めていくのがいいと思うよ」
「知識こそが万事を解に導く、だな」
皆の賛同を得て、すっかりやる気を取り戻したアキはハルクに向き直った。
「ハルク、俺に古語を教えてくれ」
その言葉を聞いて、ハルクは不敵な笑みを浮かべた。
こうして、アキの挑戦はようやく開始地点に辿り着いたのだった。
***
アキが学びたいのは、料理に関する古語のみだった。すべてを学ぶ時間はないからだ。
ハルクは適任がいる、と言ってアキに知り合いの学者を紹介した。
古代の生活や風俗を研究している、民俗学の講師だ。専門はまさしく古代料理そのものだという。その講師もハルクの所属する『古語研究同好会』の一員だった。
気難しく、太陽の民をよく思っていない人物だったが、アキの気概が本物であることや、飲み込みの早さに感服し、ハルクの頼みを引き受けてくれた。
翻訳の依頼ではなく、古語を学んで自分で文献を読解したいという意欲にも感心したようで、すぐに態度は軟化した。
報酬は、もちろんアキの作る料理だ。それも、今回アキが挑戦している古代料理という指定だった。
彼いわく、「古代料理を研究しているからと言って、料理が得意とは限らない」──つまり、その講師は料理が不得手であった。
大図書館の一角でその講師は、アキと、それから同席していたハルクに対して講釈した。
「……つまり、この文献の信憑性は確かだと?」
「そうだ。この本の作者は料理に対して偏執的と言えるほどのこだわりを持っていたことで有名だ」
「そうだったのか……」
「アキみたいなやつだな」
「考えてもみたまえ。無名な著者の不確かな写本が、蔵書が限られている区の図書館に置かれているはずがなかろう」
「それはその通りだ」
「では、この『茹でる』と『蒸す』の表現の違いを見分ける方法についてだが──」
こうして、アキは何週間かかけて古語における料理の専門用語を覚えた。
古語を学んだことで、わかったことがいくつもあった。
たとえば、対象となる素材そのものについて、新たな発見があった。
「ハァ……まさか、『黒鮭』がそういう種類の魚じゃなくて、熟成させた魚のことだったなんて」
ある夕食の席で、真実をアキから聞かされたノーヴェは頭を振った。
「しかも、熟成段階を黒とか白とかで呼び分けていたとは。それがカントラ大河の下流域だけの特徴だなんて、教えてもらわないとわからなかったぞ」
「だから、学問は大事なんだ」
「なーんで講師を紹介しただけのハルクが、そんなに偉そうなんだ」
「人脈もまた貴き財産である」
「誰の言葉だよ」
「俺だ」
ノーヴェとハルクのじゃれ合いを聞き流しつつ、アキは次の行動について考えていた。
魚の仕込み具合を確認して、香辛料を集めなければならない。
原文の読解を始めた段階で、同時に仕込みも始めていた。魚を熟成させるのに、季節もちょうどよかった。
また、『泥』についても解決した。
その地方では、炭を練り固めた燃料、いわゆる練炭を使用していたが、その呼称が『泥』と似通っていたために誤解が生じたようだ。
ハルクの『故郷』では馴染みのない燃料であったため、古語話者であってもその間違いに気づけなかった。
こうして、さまざまな問題を乗り越え。
ついに、アキは古代料理の再現に成功した。
***
(つづく)
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