限定SS『拠点を買おう』


※アウルがやってくる5年ほど前のエピソードです。



***


(別視点)






「拠点を買おうと思う」



 シュザはややうつむきながら宣言した。


 シュザの使っている宿に集められた皆は、唐突に発せられたその言葉に驚くことはなかった。


 シュザの背後、つまりは宿の部屋の雑然とした様子を見て、「ああ、またか」と内心思っていた。つまりは、部屋を散らかしすぎてまた宿から追い出されそうなのだ。


 これまで宿を変えることで解決してきたが、ついに拠点、持ち家を買う決意をしたようだった。家を持ったからといって、シュザのこの傾向──片付けが得意ではないという特性が改善されるとは限らないが。


 シュザの手には紹介された物件の情報が記されていると思われる書類があった。今回は本気のようだ。


 反対する者はいなかった。


 これまで、パーティーで拠点を持とうという話は、たまに上がっていた。しかしちょうどよい物件がなかなか見つからなかった。


 パーティー資金として積み立てている金はある。そろそろ、それも結構な額が貯まってきた頃合いだ。


 それぞれ性格の違いはあれど、これからも上手くやっていけると自信を持って言い切れる程度には、このパーティーのメンバーたちは気が合っていた。


 同じ拠点で暮らすことに異存はない。むしろ、それぞれが別々の宿や下宿や宿舎で暮らしていたので、集まるのに不便を感じていた。


 何より、シュザに一人暮らしをさせると碌なことにならない。


 シュザはリーダーとしては非常に頼れる上、様々な場所に顔が利いて頭も切れる。しかし、生活面となると少なからず不安があった。


 誰もあえてそのことに言及はしないが。


 そういったこともあり、拠点を持つことには皆が賛成していた。



「いい家があったのか?」


 ノーヴェが勢い込んで尋ねた。


 家を持つということに一番わくわくとした期待を抱いているのはノーヴェかもしれなかった。



「うん、商工組合の知り合いがとても条件の良い家を紹介してくれてね。きっとみんなも気に入ると思うよ」

「厨房は大きいのか」


 アキが間髪入れずに尋ねる。


 アキはかねてより「拠点を持つなら大きな厨房と貯蔵室がある家にしろ」と言っていた。アキにとっては何より大切だ。



「もちろんだよ。広い厨房に地下に部屋が幾つかあるから貯蔵庫にできる」

「よし」

「風呂付きだろォな?」

「大人が3人入っても余裕がある風呂場があるよ」

「ほォ」

「庭はあるか?薬草を育てたいんだ」

「広い庭と、小さな温室もある」

「何だって!すごいじゃないか!」

「俺は住めたらどこでも……床は板張りがいい」

「板張りの部屋もある」

「完璧だ」


 そう、完璧だ。



「その、とてもいい物件なんだ。はっきり言うと、僕ら全員に個室をあてがっても、まだ部屋が余る。そして広い居間、厩舎と広い庭に温室、地下室が揃っているし日当たりは最高だ。──その上、ほとんど新築なんだ」


 控えめに語られるその大仰な言葉の数々に、皆は眉をひそめ始めた。



「どうして売りに出されたんだ?」

「聞くところによると、国の高官だった老夫婦が引退して暮らすために建てたようなんだ。しかし、引っ越す前に孫に子供が生まれて、その世話にかかりきりにりなってしまった。しばらく住むこともなさそうだから、売りに出したんだ」

「なるほど」


 だから、新築なのだ。


 聞けば聞くほど、条件の良い物件だ。


 少し、条件が良すぎないだろうか。


 ダインは腕を組んで、ため息をついた。この先の展開が『視』ずともわかったからだ。



「で?どんな裏があんだァ」

「……値段が、その……僕らの積み立てている資金の約3倍なんだよ」

「……」


 全員が天井を仰いだ。


 そんなことだろうな、と見当がついていた。それだけの好条件の家、いやほとんど邸宅と言える物件なのだ、当然高額に違いない。



「それは……無理じゃないか?」


 ノーヴェが至極真っ当な意見をこぼす。


 難しい、という話ではない。不可能だ。資金は急に3倍に増えたりない。皆の資産を出し合っても足りるかどうかわからない。


 それなのに、どうしてこの話をしたのか。



「……実は、この家の裏には『林』がある。かなり広い林でね、その手入れを請け負うなら少し安く済むかもしれないんだ」

「それくらいなら、いいじゃないか。どの程度安くしてもらえるんだ?」

「……資金の2倍」

「まだ足りないのは変わらねェか」


 シュザは深呼吸してから、姿勢を正した。



「……そういうわけで、これから少し多めに依頼を受けようと思う」

「俺は賛成だぞ、階位をあげるためにも依頼はたくさん受けたいからな!」

「オレも構わないけど」

「俺もだ」

「…………」


 やや強引に話をまとめたシュザの提案に、ダインだけは賛成せず考え込む表情になった。



「……俺ァいい家は歓迎だがなァ。シュザよ、そこまでしなきゃならねェ家が、果たして俺らの身の丈に合ってるか?」

「それは……」


 シュザは、すぐに答えることができなかった。


 身の丈に合っているかどうかと問われれば、合っていないだろう。



「それに、この部屋の惨状だけで拠点を持つと決めたわけじゃねェんだろ」


 見透かすようにまっすぐ見てくるダインの視線に、落ち着かない様子でうつむくシュザ。


 ダインの言う通りだった。


 拠点を持ちたいと思った理由は他にある。


 視線をさまよわせた後、シュザは意を決したように顔を上げた。



「……わかった。正直に言おう。僕はその家が気に入った。そして、僕よりさらに気に入ったのが、メオだ」

「メオ」


 思いがけない名前が飛び出してきて、ダインは思わず繰り返した。


 メオ。


 それはパーティーが所有する馬だ。まだ若いが、前の所有者が引退するからと買い取った2頭のうちの片方。


 シュザはメオと共にその物件の内覧に向かったようだった。


 額に手を当ててため息をつく。



「厩舎がとても立派でね、軽く運動できる牧草地もあった。メオはそこをとても気に入ってしまったんだ。帰りたがらなくて……宿の厩舎に連れて帰ったら、とても機嫌が悪くなってしまった」

「……」


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 まさか馬の名前が出てくるとは思わなかったが、いかにもシュザらしい理由とも言える。


 やがて、ハルクが言った。



「なら、仕方ねえ。メオのためだからな」

「そうだな、メオにはいつも世話になってるから」

「メオが気に入る厩舎は貴重だ」

「……そォかよ」


 馬は大切な移動手段であり、仲間だ。


 馬は大事だ。


 そのために巨額の金が動いても、何ら不思議ではない。全員が納得したようにうなずいた。


 ダインだけは、少し残念そうにシュザを見ていた。メオのため、というのも間違いではない。しかし、もっと別の、もっと大きな理由があるのはわかっていた。


 シュザにそれを『見せる』気がない以上、深入りするつもりはない。拠点を持てば、いずれ扉は開かれるだろう。


 ハルクは大きく伸びをした。



「これから忙しくなるな」

「わりのいい依頼を見つけなきゃだもんな」

「みんな、ありがとう。じゃあ早速、今から冒険者組合に行って……」


「その必要はねェよ」


 意気込む皆のやる気に水を差すように、ダインが言った。


 ハルクが眉をひそめる。

 ダインは目を閉じて腕を組んでいた。



「必要ない?依頼受けなきゃ金が入らねえだろ」

「そうだぞ、お前も行くんだからな、ダイン」

「だから、必要ねェ……足りない分の残りは、俺が出す」

「え?」


 その言葉に、全員が動きを止めた。



「……どういう、ことかな」


 恐る恐る、シュザが尋ねた。


 ダインはゆっくりと目を開け、森を思わせるその深い緑の目でパーティーメンバーを見渡した。



「そのままだ。ちょうど使い道の無ェ『蒼い』金があったのを思い出してなァ。俺は要らねェから」

「!」


 シュザは息を飲んだ。


 『蒼い』金。ダインは確かにそう言った。


 それは『蒼貨』と呼ばれる、金貨よりさらに価値の高い貨幣のことだった。具体的には、金貨5000枚に相当する貨幣だった。


 それなりに裕福な家庭で育ったシュザやノーヴェでさえも、滅多に目にすることがない。


 蒼貨を所有するためには、信用と高い地位が必要だった。その所有者は、貨幣を管理している一族によって名前を記録されているという噂もある。


 皆が絶句する中、いち早く我に返ったのはノーヴェだった。



「いやいや、蒼貨って……」

「そォいうわけだ。ちょっと金を作ってくっからオメェらはここで待ってろ」

「待つのはお前だよダイン!何だよ蒼貨って、お前まさか、『特級』治癒師だったのか!?」

「一級だが?」

「一級でも信じられないけど……なんで一級治癒師が冒険者やってるんだ」

「オメェ人のこと言えねェだろ、一級薬師」

「なんだと!」


 我に返ったのはいいが、ノーヴェまだ混乱しており、ダインとあわや口論になりかけてシュザに止められた。



「ノーヴェ、重要なのはそこじゃないよ。……君が残りの半分を全部出す、そう言っているんだね?ダイン」

「そォだ」

「……ありがたいことだけど、僕らは君に大きな借りを作ることになってしまう。それにもう少し貯めたら、君の貴重な財産に手を付けずとも残りを……」

「甘いぜ、シュザ」


 ダインはシュザの言葉を遮った。



「オメェそんな条件のいい家が、いつまでも売れずに残ってっと思ってんのかァ?甘すぎる」

「……それは、君の言う通りだ」

「それに、俺らみてェな冒険者に売りてェって言ってくる売り手が今後見つかるとは限らねェ。買うなら今すぐだ。ちょうど、持て余した金がある。そんで、気に入った家がある。だから買う。……何の問題もねェだろ」


 ダインの意見には一理あった。裏の林を手入れするという条件をつけてまで冒険者に安く売ろうという気になる売り手が、一体どれほどいるのか。


 そうでなくとも、金に糸目をつけない者が横から掻っ攫っていかないとも限らないのだ。


 例えダインに借りを作ることになっても、今が買い時なのは確かだった。



「それに、『借り』にはならねェ。半分を俺が出すんだから、所有者は俺ってこった。オメェらは俺の買い物に付き合っただけ。……そォだろ」

「ダイン……」

「その代わり、俺が拠点でどォ過ごしても、文句を言うんじゃねェぞ?」


 ダインの、圧を込めた思いやりの言葉に、シュザは言葉が出なかった。


 いつもは計算して立ち回るシュザだが、今回ばかりはこうなることは予想していなかった。


 これ以上の言葉は、野暮になる。



「もちろんだよ、ダイン……ありがとう」


 シュザは、心からの感謝を込めてそう返答した。


 ダインは鼻を鳴らして明後日の方向を見た。



「オメェらのためじゃねェ、メオのためだ。間違えるなよォ」

「わかっているよ」




 やがて、外・北西区の丘の上に冒険者のパーティーがやってきた。


 冒険者と呼ぶには上品で礼儀正しいその一団は、すぐに地域に溶け込み、受け入れられていった。彼らのほうも、拠点と拠点が建つ地区をたいそう気に入ったようだった。


 その家の居間にはクッションの山が築かれ、その真ん中で寝そべる大柄の男がいた。だらしない様子を見ても注意する者はいなかった。


 冒険者パーティーがやって来てから、5年ほど経った頃。


 その拠点に、奴隷の少年がやってきた。


 名前をアウルという。


 その少年もまた、すぐに景色に溶け込んでいったのだった。



 



(おしまい)



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