限定SS『家』2



少々グロテスクな表現があります。

ご注意ください。


***

(別視点)





 お試し狩猟の当日。


 4人は森の中を進んでいた。


 ハルクは索敵能力が素晴らしく、シュザたちが見逃したようなあらゆる変化に敏感だった。


 今日の目当ては、最近増えてきて農村にまで被害を与えつつある鹿の群れだった。



「……いたぞ」


 先頭を歩いていたアキが立ち止まる。


 一行のはるか先、木立の隙間からかろうじてその姿を確認できる。


 数頭見えるが、群れの本隊ではなさそうだった。



「では、腕試しといこうか。ここは森だから平野のように囲い込んで狩る必要はない。ハルク、君の一番得意な武器で一頭だけ狩ってみてくれるかい」

「俺の一番得意な……本当に、いいのか?」

「君のことを知りたいからね」

「わかった」


 覚悟を決めたようにハルクは頷き、次の瞬間、その場から消えた。



「は……?」


 ノーヴェはポカンとした顔になる。


 アキとシュザも、あたりを見回したが、影も形もない。梢が揺れる暇もなかった。一体何が起こったのか。


 困惑していると、わずかにガサゴソと音がした。



「やったぞ」

「早っ!」


 いつの間にか、ハルクは戻ってきていた。


 大きな、それはそれは大きな鹿を肩に担いで。


 その手は真っ赤に染まっており、手のひらにはまだ脈打っている心臓らしきものがあった。



「…………」


 一同は言葉を失った。


 何が起こったのか、さっぱりわからない。


 消えたと思ったら、次の瞬間、目視していた群れにはいなかったはずの大きな鹿を担いでいた。


 どうやら、心臓を素手で抉り出してとどめを刺したようだが、それも信じ難い。


 凛とした姿や立ち振る舞いから、あまりにかけ離れた行動だった。


 何がどうなっているのか。


 ハルクは獲物をとってきて得意げに飼い主に見せる犬のように、シュザたちの言葉を待っている。


 一番最初に我に返ったのはアキだった。



「馬鹿野郎!そんな狩り方をしたら肉が傷むだろうが!」


 アキは珍しく激怒した。


 ハルクはどうして怒られているのかわからず、うろたえる。


 そこじゃないだろ、とノーヴェは呟いた。そう、肉の質の問題ではない。まったく何もかもが、おかしい。



「……君の得意な武器は」

「ああ、俺は素手が一番強い」

「そのようだね……その鹿は群れに見当たらなかったけれど?」

「これか?この一番おおきいのがここらを仕切ってたから。命令して農作物をとったり、通行人を襲わせてたみたいだ」

「そうなのかい?」

「うん、こいつをやればあとは散るから被害もなくなると思う……」


 ハルクの言葉は尻すぼみになっていく。


 つまり、ハルクは依頼を遂行してしまったのだ。


 シュザは内心頭を抱えた。


 何となく、ハルクが敬遠される理由が見えてきた。


 ハルクは強い。強すぎる。本来ならひとりでも依頼を遂行できてしまうから、パーティーである必要性がないのだ。


 その上、狩り方が独特……、というより猟奇的すぎた。心臓のみを抉り出すようなやり方は、王都では好まれないだろう。


 そして、なぜか意思の伝達がうまくいっていない。ハルクのしたことは間違いではないが、シュザの指示とは少しズレていた。


 これは、大変なことになったとシュザは思った。



「……まずは、この鹿を解体しよう。話はそれからだよ」


 解体をしながら、シュザはハルクにいろんなことを教えた。


 まず、心臓を抉り出さないほうが良い。これは血抜きをする上でも、肉の鮮度を保つ上でも大切だ。通常、心臓のみを素手で取り出せるような人間はそういないが。


 ハルクはそれを聞いて驚いていた。


 どうやら、彼を育てた冒険者が好んでいたやり方らしく、仕留めたと同時に晶石も取り出せる効率的な方法だと考えていたらしい。その育ての親は、さすがに刃物を使っていたようだが。



「お前、どこ出身なんだ?」

「エルド。俺はエルディーア人じゃないけど、そこで育った」

「そうか。ミドレシアにはミドレシアのやり方がある。それを覚える気はあるか?」

「ある……!」


 学ぶことに意欲的だったので、ノーヴェたちは続けてミドレシア流の狩り方を指南することにした。


 ミドレシアにおいては、晶石よりも肉が好まれること。だから肉の鮮度は大事だ。


 それから、生態系について。


 群れの頂点にいるような個体を狩る際は、慎重にならなくてはいけない。その個体を討伐することで、他の動物が増えすぎてしまうこともある。


 これはハルクもある程度は理解していた。それをわかった上で、この鹿を狩ったようだ。


 それから、連携について。


 パーティーで行動するときは、独断専行はよくない。基本的にはリーダーの指示に従う必要がある。


 こういったことを、シュザは丁寧に伝える。


 ハルクは真剣にそれに耳を傾けて、うなずいていた。今まで、その恐ろしい狩りの姿で敬遠され、誰も彼にこうした基本的な事柄を教えようとしなかったようだ。


 だが、ハルクはとても素直だった。


 自分の失敗に落ち込みつつも、それを飲み込んでいる。


 きちんと教えたら、きっととても良い戦力になる。


 シュザはそう直感した。


 ノーヴェも最初の驚きを乗り越えたあとは、あれこれと尋ねたり、教えたりと世話を焼いた。アキも、獲物の解体についてしっかりと教え込んだ。


 ハルクは知らない知識に目を輝かせていた。


 口数が少なく、どことなく気品があるゆえに遠巻きにされ恐れられていたが、その中身は犬のように素直だった。


 ひとりにしてはいけない。


 これはきちんと教えねば。


 そういった使命感に駆られ、3人はハルクを自分たちのパーティーに迎えることにした。


 ハルクは魔力量こそ少なかったが戦力としては申し分なく、きちんと指示を与えたら確実にそれをこなす能力があった。あらゆる武器を扱えるというのも虚勢ではなく事実であり、実際に場面によって使う武器を変えながらパーティーの戦力的な穴を埋めた。


 時折、指示と行動が噛み合わないこともあったが、次第にそれもなくなっていった。


 何よりも、ハルクはシュザたちに常に新鮮な驚きをもたらしてくれた。


 シュザたちのパーティーに入ることによって、冒険者ハルクはその能力を遺憾なく発揮できるようになった。


 捨てられた犬のような青年が、ついに自分の家を見つけたのだ。


 紹介した職員も、涙ぐみながら喜んだ。




 後に、彼らはハルクが古語を話せることを知った。


 パーティーの名前を決める際、「ここはガトみたいだ」とハルクが呟いたその言葉が、シュザの心に響いた。



 こうして『ガト・シュザーク(シュザークの家)』という名のパーティーが生まれ、名を馳せるようになる。




 ちなみに、ハルクが狩った鹿は解体されアキによって調理された。


 そしてアキは、きちんと解体したものとそうでないものを同じように調理してハルクに食べさせた。


 ハルクはその味の違いに驚き、解体の重要性を存分に理解した。同時に、他の者と同様、アキの料理の腕にすっかり絆され、もとい餌付けされてしまったのだった。





(おしまい)



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