限定SS『深淵を覗く』

※こちらは、パーティーメンバーの出会いの物語です。


加入が新しい順に書いていく予定となっています。今回は、アウルを除いていちばん新人のダインがパーティーに加わるまでの経緯を書いた小話です。




***

(別視点)






 妙な奴だ。


 ダインは、その男についてそう思った。

 

 男とは賭場で何度か会い、勝負して負けた。


 とある反則な技能により、対戦型の賭けでは負けなしだったダインだが、その男には勝てた試しがない。


 その男は、紺色の長い髪をひとつにまとめ、どこか近付き難い空気をまとっていた。


 しかし、話してみるとごく普通の人間で、少し押しに弱く、砕けた喋り方をする冒険者にすぎない。


 ごく淡々と勝負を進めてゆき、勝ち上がり、勝利に酔うこともなく誇ることもなく、近寄ってきた娼妓を軽くあしらい、勝ち取った金を回収し、賭場を出る。


 ただの作業だとでも言わんばかりの態度だが、その淡白さがどうにも豪運と釣り合っていない。彼が負けたところを見たことのある者はいなかった。


 自分のように、何か反則技でも使っているのか。そう疑ったこともあったが、賭場はたいてい魔法禁止であるし、そもそもその男には小細工するほどの魔力量がなかった。


 ただ、純粋な運のみで勝ち続けていたのだ。



 ある夜、ダインは少しばかり違法な賭場で、少しばかり無茶な賭けをした。


 順調に勝ち進み、最後に残ったのは2人。


 ダインと、件の男、ハルクである。


 負けは見えていた。だからこそ抗いたくなった。不利な状況でこそ、賭け事は面白くなるというもの。勝った時の達成感は凄まじい。


 ダインは反則技を躊躇なく使った。


 相手は負けなしのハルクである。手段は選べない。負けたら今晩の宿代がなくなってしまうため、野宿になるだろう。


 そうして、ダインは対面に座るハルクを『視た』。



 何も見えなかった。


 正確には、思考が読めなかった、と言うべきか。


 そこには巨大な渦のような大穴があった。


 彼の思考を覗こうとすると、逆に吸い込まれそうな錯覚に陥る。その先には広大な星空が広がっているような、それでいて虚無のような。


 何だこれは。


 ダインは戦慄した。


 外面ではただ静かに勝負の行方を見守るハルク、その内側には、とても底が見えないような深淵があった。


 これまで反則技である『権能』を数え切れないほど行使してきて、こんなことは初めてだった。


 いや、似た経験ならある。


 数百歳の高齢の修行僧を『視た』時、拒絶ではなく吸い込まれるような感覚に陥ったことがある。


 しかし、ハルクほどではなかった。外見はまだ若者だというのに、一体どんな修行をしたらこうなるのか。


 この男は、何者だ?


 ダインは勝負の行方よりも、そちらが気になった。そして、そちらを気にしたがゆえに賭けに負けた。


 宿無し確定である。


 皆がハルクの快挙に沸き立つ中、ダインは追い立てられるように店を出た。酔いがすっかり覚めていた。


 負けたというのに、なぜか喪失感はなかった。




***





 翌朝、ダインは木の上で目覚めた。


 森の中なら自分の『権能』が効力を発揮するので、下手に街中で寝るよりは安全だろうと考えてのことだった。屋外で寝ても支障のない季節なのが幸いした。


 が、現在、非常に困ったことになっていた。


 木の下、そこを埋め尽くすように、ギラついた目の獣が蠢いていたのだ。


 飢えた野犬の群れである。


 木の上へ登ってくる気配はないが、野犬たちは完全に木を囲んでいた。


 これには困った。用を足そうにも、これでは木の下に降りられない。森の中なら安全だとたかを括っていたが、『権能』は今現在は虫除け程度にしか役に立っていなかった。


 ハルクの思考も『視え』なかったことであるし、この『権能』、実は無能なのでないかと思えてくる。


 どうしたものか。


 途方に暮れつつも、ダインはのんびりとあくびをする。



「なんだって、こんなところで寝てるんだ」


 不意に声がした。


 見回すと、ひとりの男が近づいてきていた。


 昨日大勝ちしてダインをすっからかんにした男、ハルクである。


 どうしてここがわかったのか。


 ハルクは、平然と野犬の群れの中を歩いていた。まるで、犬などいないかのように。


 野犬たちはハルクの通り道を開けるように退く。


 そこで初めて、ハルクは野犬がいることに気づいたようだった。


 何なんだ、この男。


 ダインが眉を顰めるのにも構わず、ハルクは陽気に樹上のダインへ話しかけてきた。



「昨日は悪かったぜ。つい熱くなっちまったよ。あの賭場は潰しておきたかったもんでな」

「……オメェ、『影』かァ?」

「うん?」


 ダインの問いかけに、ハルクは首を傾げる。


 ダインは、『王の影』という王直属の隠密部隊と面識があった。その者たちのような探索能力なら、森の中のダインを見つけられるだろうし、違法な賭場を潰すというのもうなずける。


 しかし、ハルクはよくわかっていないようだった。



「『影』、『王の影』だ。ちげェのか?」

「王の……ああ、あの犬どもか。ちがうぞ、あんな練度の低い奴らと俺を一緒にするな」


 決して練度は低くないと思うが。ダインはそう言いたいのを我慢した。



「こんなとこまで探しに来て、俺に何の用だァ?」

「ただ、昨日の詫びを言いに来ただけだったが……気が変わった」


 ハルクは、きらきらと輝く目をダインに向けた。



「お前、俺たちのパーティーに入らねえか?冒険者のパーティーだ!」

「…………ハァ?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 パーティー、冒険者。

 この男は、賭場で会っただけの人間に冒険者になれと言うのか?まるで理解できない。



「なんで俺が冒険者にならなきゃいけねェ」

「だってお前、『権能』あるだろ?」


 不意に言われたその言葉に、思わず息を飲む。


 どうしてダインが『権能』持ちだとわかったのか。まさかハルクもそうなのだろうか。


 身を固くするダインに構わず、ハルクは続けた。



「賭場でも、何かあるんだろうとは思ってたが、ここにきて確信したよ。冒険者でもねえのに、こんな森の中で夜を過ごすなんて『権能』持ってるやつくらいのもんだ」

「…………」

「どんな権能かは知らねえけど……暇なら、俺らのところに来てくれ。お前がいたら、みんな喜ぶぜ」


 そうだろうか、とダインは考える。


 自分の持つ『権能』は思考を読み取る能力だ。思考を読まれたいという人間はいない。むしろ敬遠されてしかるべきと言える。うまくいくはずがない。


 それなのに。


 曇りのないハルクの表情に、心が揺らいだ。



「俺の能力は、人の思考を読む。そう好かれるもんじゃねェ」

「そうなのか?俺の仲間は、隠し事もないし誰もそんなこと気にしないと思うが……あ、俺の思考は読めたか?」

「…………読めねェ」

「だろうな。精神攻撃に対応する修行をがんばった甲斐があるぜ!」


 『権能』の行使は精神攻撃ではないが。その無邪気な様子に、ダインは何も言えなくなった。


 この男の内面は、何もわからない。まるで深い穴を見つめているように。


 だが、わかる必要はないのかもしれない。彼は何も隠そうとはしていないし、感情がわかりやすい。外面から読み取れる情報で、十分に人となりが見える。


 ダインはのっそりと身を起こした。



「じゃ、オメェの提案を飲んだとして、オメェは俺に何をしてくれる?」

「そうだな……まずは、ここの犬を追い払ってやるよ」

「飲まなかったら?」

「そのまま帰る」

「そいつァ困ったなァ」


 ダインは愉快な気分になってきた。


 今まで、冒険者になるなんて考えたこともなかった。ただ役割を果たし、それで満足していた。職業柄、金は山ほどあるし、国から褒賞金をたんまりもらったことだってある。


 だが、今の自分には、いったい何があるだろう。毎夜、賭場をうろつくだけの人生に、何の価値があるのだろう。


 冒険、という響きは、ダインの心を揺さぶるものがあった。


 それに、今この状態で放置されるのは困る。



「俺ァ、戦闘も格闘もやらねェが、それでも冒険者になれって?」

「俺が教えてやるよ。お前なら盾が合うだろうな。体格もいいし木登りができる体幹もあるわけだし。……そもそも、そこにいるだけでいいんだぜ?『権能』があるんだからな。冒険者より向いてるもんはねえよ」

「……本当に、思考を読まれてもいいってのかァ?」

「だから、誰も気にしねえって」

「そうかよ……あァ、あと言っとくことがある。俺ァ…………治癒師だ」


 少し躊躇ったが、ダインは真実を告げた。


 ハルクは少し考える素振りを見せた。



「そうか、それは……迂闊に怪我もできねえな。財布が軽くなっては困る」


 真面目な顔でそんなことを言うものだから、ダインは堪えきれなくなった。



「アッ……ハハハハハハ!」


 笑いが止まらない。


 てっきり、「治癒師がいれば助かる」といった類のことを言われると思ったのだ。


 だが、違った。


 冒険者というのはその名前の響きとは裏腹に、命を大切にしているのだ。治しても治しても命を散らせてゆく戦場の兵士たちとは、まったく違っている。


 そのことが、希望の光のように感じた。



「……なんだよ、俺変なこと言ったか?」

「ハハッ…………いや、気に入った。いいぜ、なってやらァ、冒険者。どォせ治癒院辞めて暇してたからよォ」

「そうか!」


 腹を抱えて笑うダインに、ハルクはパッと喜色満面になった。


 こんなに面白いと感じたのは久しぶりだ。


 これからの人生に光が差したような気分になったのも。


 おかしくて、おかしくてたまらない。


 ダインの笑いが収まった頃合いに、ハルクは周囲の犬たちに目を向けた。その視線に応じ、ザッと森の中へ消えてゆく野犬の群れ。


 一体何をしたのか。

 見当もつかない。


 これからどうなるのか、それもまた見当もつかない。そんな未来が、楽しみになった。



「それで?次は何をしてくれんだァ?」

「うーん……盾を教えてやろうか」

「待て、慌てんな。とりあえず今夜の寝床だ。俺ァ今すっからかんだからよォ、誰かさんのおかげでなァ」

「……わかったよ、宿代は出す。お前、治癒師なのに家を持ってねえのか?」

「ずっと院の宿舎に住んでたからなァ、辞めたら追い出されたぜ」


 とりとめのない話をはずませながら、ダインとハルクは並んで森の小道を歩いていった。


 こうして、ひとりの男に勧誘され、『ガト・シュザーク』に新入りが入った。


 ハルクの言ったとおり、ダインが思考を読めることについて、誰も気にしなかった。


 パーティーの面々は、ダインを大いに歓迎した。特にアキは、森での採集がしやすくなると知って大喜びした。


 ノーヴェもまた喜んだ。彼は回復魔法が苦手だったからだ。


 シュザは、表情にこそ出さなかったが、年上のダインの存在が大きな助けとなっていると感じていた。


 ハルクは、盾を教えた見返りに人体の構造をダインから教わり、その驚異的な身体能力にさらに磨きをかけていった。


 そして何より、ダイン自身はこれまでの人生とはまるでちがう道に足を踏み入れることで、かえって治癒師としての自分を見つめ直すことができたのだった。


 それを誰にも話すつもりはないが。



 賭場での出会い、それが思わぬ方向へと彼らを導くことになった。



 後に、ダインが上から2番目の階級である『一級治癒師』だと判明して皆が驚愕したが、それはまた別の話である。






(おしまい)


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