限定SS『アウルの部屋』

(主人公視点)






 ご主人の部屋。


 それは拠点の一階にある。


 他の部屋は石床だが、この部屋は板張りだ。


 その隣にある使用人用の小部屋も、同じ板張りの床だ。


 それが俺の部屋。


 俺がひとりになれる場所。


 歩くと板の床がほんの少し軋む。その音が俺は好きだ。冷たい石床と違って、あたたかみと、懐かしさを与えてくれる。


 大人が横たわるには狭いベッドは、子供の俺にちょうどいい。やわらかくて、驚くべき寝心地を提供してくれる。もう床の上では眠れないかもしれない。


 ベッドのすぐ横に縦長の窓がひとつある。


 分厚いガラスが張られている……というより埋め込まれている。外の景色はガラスで歪んでほとんど見えないけど、時間帯によってはそこから陽の光が差し込む。


 扉はふたつ。ご主人の部屋へ繋がる扉と、廊下へ出る扉。使用人の部屋だからな。いつでも主人の部屋へ駆けつけることができるってわけだ。


 部屋には、簡素で小さい机と椅子がある。


 簡素だが、ガタついたりしない。立て付けがとてもいい。椅子は少し高い。座るとつま先が届かないくらいだ。


 机の上にはこの部屋の主要な光源である晶石ランプ、それから『英傑マールカと悪逆オリジャ』の本が置いてある。リーダーから借りている本だ。これを読み終わったら、次はどんな本が読めるだろうか。


 机の上には小さな小箱が置いてある。蓋付きの質素な箱だが、俺が自分の金で買ったものだ。


 中には小石やカラフルな羽根、形のいい枝など、俺の思い出をしまっている。時々眺めて、にっこりするのだ。


 机には鉛筆と紙も置いてある。机は小さいので、それだけでいっぱいになる。


 俺はこの小さな机が、その上に乗っているものが好きだ。


 大きな荷物と衣服はタンスの中に入れる。


 片開きで、俺の身長くらいの高さしかない小さなタンス。


 俺は荷物が少ないので、これで十分。それにこの世界には『収納鞄』というたくさん入る魔法の鞄があるから、スペースはそんなに必要ない。


 小さくて、狭くて、あたたかい。


 それが俺の部屋。


 奴隷としての俺、子供としての俺、そのどちらにも、ぴったりと合っていて相応しい。


 部屋にいると、時々アキの作る料理の香りが漂ってくる。


 よく耳を澄ませたら、居間でみんなが談笑する声もかすかに聞こえる。すぐ隣にはご主人がいる。

 

 ひとりになれるし、ひとりじゃない。


 それって、なんて贅沢なことだろう。


 商会の屋敷にいた頃は、奴隷たちみんながひとつの部屋で寝ていた。プライバシーなんかない。それでも、ひどく孤独だった。


 不思議なことだ。


 人がそばにいなくても、孤独を感じない。逆に、すぐ横に人がいても、孤独だったりする。


 俺は、たぶん幸せなんだと思う。


 幸せって、状況は関係ないんだ。自分で決められることだ。だから、俺は今が幸せだと決めた。 


 この部屋は幸せの象徴なのかもしれない。



 俺はベッドに腰掛けて、大きく息を吸った。


 そして、気合を入れて部屋を一気に『浄化』した。いつもの習慣だ。


 キラキラと光の粒子が少し舞って、部屋を飾った。


 綺麗だと思った。

 明日もきっと綺麗だろう。


 小さくて、狭くて、あたたかい。

 そして、ぴかぴか。


 それが、俺の部屋だ






(おしまい)




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