限定SS『アキのおねだり』
(別視点)
辛味の強い、赤い色をしたスープ。肉団子がいくつか浮いており、乾燥させた香味野菜が振りかけられている。
何とも食欲をそそる香ばしい油の香り。
目の前に置かれた好物を味わいながら、今日は何か特別な日だろうかとシュザは首を捻った。
アキを見てもスッと顔を逸らされる。
少し違和感を覚えつつも、食事を楽しんだ。
後で手入れしようと机の横に置いていた防具を手に取ると、すべて綺麗になり艶々と光っている。
一点の曇りもないそれに、シュザは首を傾げる。
何気なくアキのほうを見ると、サッと身を翻して厨房へ戻っていった。
一体何だというのか。
首を振ってシュザは書類仕事を済ませようと席について……立ち上がった。
書類は面倒な計算の部分がすべて済ませてあり、きちんと揃えて置かれていた。済ませた覚えはなかった。
決まりだ。
立ち上がったその足で、シュザは厨房に向かう。
こちらに背を向けて棚をごそごそしているアキの姿があった。
「アキ、今度は何を買いたいんだい?」
アキはピタリと手を止め、ゆっくりとシュザの顔色を伺った。
長い付き合いなので、お互いに考えていることは大体わかってしまう二人だ。
好物の料理、磨かれた防具、揃えられた書類。これらから判断すると、アキは恐らく新たな調理器具を買いたくて、シュザの機嫌をとり続けていたのだろう。
許されたと思ったのか、アキは勢いよく話し始める。
「……ひき肉をつくる器具が必要だ。大角猪の腸詰を作るのに手作業では時間がかかりすぎる。この間、路地で見つけた金物屋でいいものを見つけた。それをパーティー資金で──」
「わかったから、少し落ち着いてくれ。……アキ、この間もそう言って加熱調理器を買ったばかりだろう」
「あれは役に立っただろう」
「そうだね、でも2つも必要だったかな?今回のものも本当に必要かい?」
「必要だ」
即答するアキに、シュザは内心頭を抱えた。
「……ひき肉の料理は僕も好きだけど、ほかに方法は無いのかい?誰かに手伝ってもらうとか。僕だって、それならできると思うよ」
「ダメだ。お前は集中すると包丁が熱くなる。肉が悪くなるだろう」
「……そうだね。じゃあハルクは?」
「あいつもダメだ。武器を持たせたら強いが、何故か包丁は全然ダメだ。下の台ごと切り刻んでしまう」
「そうかい……アウルには荷が重いだろうし……やはり買うしかないかな」
「そうだ」
誰もノーヴェとダインの名前は出さない。
怠惰なダインはともかく、少々短気なところのあるノーヴェは包丁に焦れてメイスを取り出しかねないため敬遠されている。
やはり購入するしかないか。
シュザは小さくため息をついた。
「それで、値段はいくらなんだい」
「金貨15枚だ」
「ええっ、ひき肉を作るだけの器具だろう?魔法道具なのかい?」
「いや、魔法道具ではない。大きいだけだ」
「どれくらい大きいのかな」
「あの木箱くらいだ」
「……」
「一気に潰せるから一瞬で山のようにひき肉が作れるという、職人渾身の器具だぞ」
「……」
大きめの木箱を指差し、目を輝かせて話すアキ。
思わず許可してしまいそうになったが、シュザは我にかえり、首を横に振った。
そんな大きなもの、いつ使うというのだ。それに置いておける場所もない。
「さすがに、ひき肉のためだけに金貨15枚は許可できないよ。そんな大きさのものを、使う機会も少ないだろう?」
「……わかった。小さいほうにする」
聞き分けてくれて、ほっとする。
いつも料理を作ってくれているのだから、少しくらいはわがままを聞いてやりたい。しかしアキは料理に関わることになると、途端に判断が狂って歯止めが効かなくなる。
特に、珍しい調理器具に飛び付きがちだ。
シュザがきちんと手綱を握っておかねば、パーティーはすぐに破産してしまうだろう。
「小さいほうは幾らなんだい」
「……金貨2枚」
「それならいいよ」
常識的な金額に収めることができて、一安心だった。
こうして、たまにやってくる『アキのおねだり』は幕を閉じたのだった。
後日、アキは上機嫌で金物屋に向かった。
そして、『店で一番大きい』ひき肉製造器を金貨2枚で購入した。
金貨15枚の器具など、初めからなかったのだ。
初めから金貨2枚と話すと難色を示す恐れがある。だから、先にありえない値段のものを提示してから、妥協して下の値段のもので我慢するようにみせる。交渉術のひとつだ。
付き合いが長いため、お互いに考えていることは手に取るようにわかる。
手綱を握っているのは一体どちらなのか。
今回の勝負は、アキの勝利だった。
(おしまい)
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