限定SS『声を聞く』

(別視点)





「アウルの声を聞きたい」


 ある夜、居間でノーヴェがそう言い放った。


 その場にいるのは、シュザとアキ、そしてダイン。アウルはハルクと一緒に部屋で字の練習中だ。



「どうしたんだい、急に」

「別に急じゃない。ずっと思ってた」


 理由は自分でもよくわかっていなかった。ハルクへの対抗心かもしれないし、単純に興味があるだけかもしれない。


 部屋から漏れ聞こえるのはいつもハルクの声ばかりで、アウルの声は聞こえない。


 実は、ノーヴェはこっそりと部屋に近づいて声を聞こうとしたこともあったのだ。


 しかし、まるで気配を察したかのようにアウルは口を閉ざしてしまう。ついぞ、声を聞くことはできなかった。



「あいつァ察しがいいからよ」

「気配を察してるというより、無意識なんだろうね。近づいても気づかないことがあるから」

「ちょっとでいいのに……」

「俺ァ聞いたことあるぜ。嗚咽だったが」


 張り合ってくるダインからクッションを奪い、ノーヴェは不貞腐れた顔でクッションを抱き締める。


 アウルは、しゃべりたくない、声を出したくない、というわけではないのだとノーヴェは思っていた。ハルクと話をする時間を楽しみにしている様子からもそれはうかがえる。


 以前、ハルクに「アウルに命令すれば話せる契約を結んでいるはずなのに、何故そうしないのか」と尋ねた。


 ハルクはただ首を振って、「命令はいちばん精神に圧がかかるから絶対ダメだ」と答えた。特別な事情がない限り、命令して喋らせることはしたくないという。


 特別な事情というのは、王に謁見するだとか命が危ういとか、そういう事情だ。


 つまり、現状ノーヴェがアウルの声を聞くためには、盗み聞き以外に方法はないのだった。



「気配消して近づきゃいいだろ」

「しかしノーヴェは気配を消すのが下手だ」

「ぐっ……」


 アキにすぱんと切り捨てられる。


 元々冒険者でも戦士でもないノーヴェは、確かに『気配を消す』といった類の行動は不得手であった。


 かわいそうに思ったのか、シュザはうなだれるノーヴェの背にやさしく手を置いた。



「盗み聞きが良い事だとは言えないけれど、どうしても聞きたいのなら、君の得意な方法を使うのはどうだい」

「オレの得意……魔法?」

「そうだよ。領域魔法で、気配を薄めることはできないかな」

「考えたことなかった……!」


 ノーヴェの顔は輝きを取り戻し、紙を出して何やら計算を始める。


 その様子を、皆が微笑ましく見守った。


 そして、ついに魔法が完成した。


 領域外への自分の存在の影響を極限まで抑えるという、少々危うい上に魔力の消費も激しいものだったが、ノーヴェはやりとげた。


 さっそく、新たに作った領域魔法をかけ、部屋に忍び寄る。


 音もなく扉に近づき、腰を屈めて耳を当てた。



「──それでな、こうして、ひっくり返ったところを、こう!」


 何やらじゃれあっている声が聞こえる。


 そして、笑い声も。


 ……そう、ついにノーヴェはアウルの声を聞いた。


 普通の子供と同じように楽しそうに笑う、その声を。


 その時、ノーヴェは心臓を鷲掴みにされたような形容し難い感情に襲われた。


 ゆっくりと扉から離れて、居間に戻る。


 居間に戻ってきたノーヴェにシュザが声をかけようとして……ぎょっとした。


 ノーヴェは泣いていた。


 大泣きだった。



「どうしたんだい?」


 少し慌てるシュザに構わず、ノーヴェは机に突っ伏して、わんわん泣き始めた。



「……ダイン。ノーヴェはどうしてしまったのかな」

「あー……声を聞けた嬉しさやら、何かよくわからねェ悲しさ?あと罪悪感か。それが混ざってどうすりゃいいのかわからねェから、ぐちゃぐちゃになった……ってとこだなァ」

「複雑だね」

「子供か」

「とにかく、声が聞けてよかったじゃないか」


 シュザの慰めにも応じず、ノーヴェはしばらく泣き続けた。


 飲み物をもらいに来たアウルが、泣いているノーヴェを見つけるまで、それは続いた。


 アウルはどうしていいかわからずおろおろしながらノーヴェのまわりをうろつく。


 後から来たハルクが少し呆れた顔でノーヴェを見た。そして耳元で何か囁くと、ピタリとノーヴェは泣き止んだ。


 一体何を言ったのか。


 アウルは主人に尊敬の目を向けつつ、氷水を作ってノーヴェの腫れた目に当ててやっている。


 しばらくして落ち着いたノーヴェは、アウルに礼を言い、まるい頭をゆっくり撫でて、ぎゅっとしてから、長く息を吐いた。



「……オレ、何でこんな泣いてたんだろう」


 そう言って、アウルに笑ってみせる。

 アウルも安心したように笑い返した。


 本当に、何がそこまで悲しかったのか。


 自分でもわからなかった。


 大切なのは、『声』ではなく『存在』だ。ここにいて、心配そうにこちらを見上げ、一緒に笑い、抱き締めると抱き締め返してくれる。それが大切なのだ。声や言葉は、さして重要ではない。


 遠回りしながらも、そのことに気づけて良かった。ノーヴェは心からの笑みを見せた。


 一応の収まりがついたことで、皆胸を撫で下ろした。


 それからというもの、ノーヴェは「声を聞きたい」とは言わなくなった。


 その代わりなのか、アウルをぎゅうぎゅうに抱き絞め……締める力が、さらに強くなったという。


 作られた魔法は、いろんな意味で危険だったため、世に出ることなく忘れ去られたのであった。






(おしまい)

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