奴隷くんの小話 ハッピ〜な日々
ザック・リ
100話記念SS『ここから見える景色』
100話記念ですので、本編100話前後まで読了後の閲覧を推奨です。
***
(別視点)
「オメェ、早起きだなァ」
そう言ってダインが頭を撫でると、少年は胸を張って得意げな顔をした。
自分は優秀な奴隷なので、と言いたいようだ。優秀と早起きは関係あんのか、と思ったが、口には出さないでおいた。
大きなあくびをして、ダインはいつもの場所でごろんと横になる。
ここからは、すべてが見える。
写本作業をするシュザ、古文書を読みふけるハルク、庭仕事をするノーヴェ、厨房や貯蔵庫を行ったり来たりするアキ。
そして、皆の間でちょこまかと動く赤茶色のまるい頭。
あの少年、アウルが来てから、ずいぶん賑やかになったものだ。
ここ数年繰り返してきた朝とは少し違う一日の始まりに、目を閉じた。
初めは変な奴だと思った。
思考と行動が噛み合っていないような、そんな違和感を覚えた。
次は悲しい奴だと思った。
口が利けなくなるほどの目に遭い、それまで『視た』ことのないような恐怖を体験している。
ダインは従軍経験がある。だから、どん底、一番下をすでに見たと思っていた。だが、アウルはそれとはまるで異なる恐怖を知っている。悲しいことだと感じた。
最近は面白い奴だと思っている。
大抵の人間は、思考を読むダインの『権能』を敬遠しがちだが、アウルは違った。
どんどん読んでほしいとすら考えていた。
心を開いている人間の思考は、かなり読みやすい。『権能』を使うには、それなりの精神力が必要だが、アウルはほぼ全開にしているためか、逆に流れ込んでくるほどだった。おかげで疲れを覚えたことはない。
その垂れ流しの思考が、実に面白いのだ。
例えば、アキの手伝いをしながら食器をそうっと持ち上げている。
動きだけ見るなら、割ってしまわないように慎重に持っているように見える。
しかし、思考は違う。
まず食器の手触りに感心し、どこで作られているのか、どんな土を使っているのか、どうやって色付けしているのか、何を盛ることを想定しているのか、どんな料理が映えるか、今日の夕飯は何か、といったことが駆け巡っている。
おおよそ9歳の少年が考えることではない。最後の、今日の夕飯のほうへ思考が逸れていくところなどは、年相応と言えるかもしれないが。
このように、何を見ても、何を聴いてもあらゆる考えを巡らせているのがこの少年だった。
見ていて飽きない。
一体どんな育ち方をしたら、こうなるのか。
アウルの親については、本人も覚えていないようだった。
子供の奴隷の場合、親としての権利は主人に移行する。だから今の『親』はハルクということになる。
だが、ハルクのことは親や主人というより、飼い犬か何かのように思っている。
実に的を射ているため、いつも笑いを噛み殺すのが大変だ。かわいそうなので、主人にそのことを教えてやるつもりはない。
そんなアウルだが、シュザのことを『お父さん』と形容することがある。
親を知らないはずだが、親の概念を理解しているのは驚きだった。
治癒院付きの養育院で育ったダインにとっては、親というものは想像しにくい存在だった。
同じように孤児であるはずのアウルが、どうして何の躊躇いもなくシュザを『お父さん』と呼べるのだろう。
知れば知るほど不思議な奴だ。
昼食の時間になり、全員が席に着く。
アウルはじっと食器に盛られた麺を眺め、ほうと感嘆のため息をついた。
どうやら、アウルにとって食器と料理が完璧な組み合わせだったようだ。
側から見れば、料理に釘付けになっているようにしか見えないだろう。
実際、釘付けではある。料理の時は思考が単純になり、美味しい!という言葉で埋め尽くされる。思考だけでなく、顔も美味しい!になった。
最近、アウルはどんどん表情が豊かになってきている。
話せないからか、顔や体で表現することを躊躇わなくなってきた。
初めは傷だらけでむっつりと不機嫌な顔をしていて、見た目では何を考えてるのかわからないような子供で、触れようとすると体を固くしていた。
今では、控えめだが自分から抱きつくこともあるし、頭を撫でられるとほんのりと嬉しそうにする。
自分たちの手で、少年のあるべき姿を取り戻しつつあるというのは、なかなか感慨深いものがあった。
昼食後、寛いでいる場所から目を上げると、アウルは庭のノーヴェのまわりで元気に動き回っていた。
いい景色だ、と思う。
家庭とは、こういうものなのだろうか。
こういう時にぴったりの酒は……と寝椅子の下に手を伸ばしたところで、アウルがテラスから居間に入ってきた。
何やら嬉しそうに、草を差し出している。
ダインにはわからないが、四つの葉がついたそれは、どうやらアウルにとっては特別で幸せを呼ぶものらしい。
なるほど、確かにそうかもしれない。
それを受け取ってから、ダインは少年の頭に手を置いた。この動作もひとつの祝福だ。
幸せになれ、お前が俺たちに与えたように。
そう念じて暖かい魔力を流し、祝福した。
(おしまい)
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