第38話

倒れている木にそって山の中へ入った時、うずくまっている人影に気がついて結は悲鳴を上げそうになった。



「毅!?」



木により掛かるようにして座り込んでいたのは毅だったのだ。



毅の足元にはスマホが転がっている。



結の声に気がついた毅がゆるりと顔を上げる。



その顔はすっかり生気を失っていて、先程までの強さは微塵にも感じられない。



「やっと追いついたか」



そう呟く声にも破棄がない。



どうしたのかと毅の前にしゃがみこんだ結は、スマホ画面に写真が表示されている事に気がついた。



「死体写真!」



ハッと息を飲み、同時に叫ぶ。



画面上には血まみれになって倒れている毅の写真が表示されているのだ。



これが届いたことですべての気力をなくしてしまい、座り込んでいたのだろう。



「俺に届くのは2度目だ」



それは結も知っていることだった。



毅には溺死写真が送られてきて、それを回避するために由香里が犠牲になった。



「メールは何度でも送られてくるってこと?」



それなら、私にも……?



結は全身が冷たくなるのを感じた。



今までは1度メールが送られてくればもう送られてくることはないと思っていた。



でも、そうじゃなかった……?



愕然として言葉を失っている結をよそに、毅が大河の存在に気がついた。



そして目を大きく見開く。



「てめぇ……やっぱり生きてたのか! 哲也を殺したのはお前だろう!!」



一瞬にして顔に赤みが戻り、額に血管が浮き上がる。



勢いよく立ち上がった毅は大河の胸ぐらを掴んでいた。



「ちょっと、やめて!」



慌ててふたりの間に割って入ろうとするが、毅に突き飛ばされて尻もちをついてしまう。



喧嘩なれしている毅に大河が勝てるわけがない!



もみ合いになったふたりは互いにつかみ合い、山の中へと入っていく。



「ふたりともやめて!」



どうしてこんなことになるんだろう。



せっかく大河が戻ってきてくれたのに、こんなんじゃ意味がない!



その瞬間、大河が足を滑らせた。



そのまま後方へ転倒し、ガツンッ!という鈍い音が響く。



一瞬、結も毅も時間が止まった。



大河は倒れたまま動かない。



その頭部には岩あり、血がついている。



「嘘……そんな……」



声が震えてまともな言葉にならない。



結はふらふらと倒れそうな足取りで大河へ近づいた。



ぶつけた頭部から血が流れ出していて、目はしっかりと閉じられている。



「大河! 大河!」



叫んで体を揺さぶってみても大河は目を開けない。



血を止めるために頭部に触れてみると、ベットリと血が絡みついてきた。



次から次へと流れ出る血を止めることができなくて、涙が滲んでくる。



「お願い大河、目を開けて!」



もう、大切な人を失うのは嫌だった。



これ以上私を1人にしないで!



そんな思いで上着を脱ぎ、大河の頭部に押し当てる。



だけどそんな行為は気休めにもならなかった。



「どけろ!」



泣きじゃくる結を後ろから毅が突き飛ばすようにしてどかした。



そして大河へ向けてスマホを構える。



結は唖然としてその様子を見つめていた。



「なにしてんの……?」



「見りゃわかるだろ。回避するんだよ」



毅は大河の体の向きを変えてできるだけ自分に送られてきた写真に近づけようとしている。



「やめてよ! そんなことしないで!」



大河の体はまだ温かい。



死んでなんかいないのに!



まるで大河を冒涜されている気分になって許せなかった。



何度も何度も毅の体を叩き、止めようとする。



「邪魔すんな!」



毅は結を容赦なくはねのけて、そして写真を送り返した。



そう、送り返すことができたのだ。



つまり、それは大河がすでに死んでしまったことを意味していた。




大河の過去


大河は高校に入学する前からバスケットボールをしていて、その腕前は地区の子供チームでキャプテンを務めるほどだった。



将来はバスケット選手になれるかもしれないという声も、大人たちの間で囁かれていた。



そんな大河だったが、バスケットはあくまで趣味の範囲と考えていて、一番楽しいと感じるのは友人らと過ごす時間だった。



「次大河の番」



中学時代に学校で流行っていたのは人気アニメのカードゲームだった。



カードに描かれているキャラクターによって能力や戦闘値が代わり、勝敗が決定する。



そのためカードをより多く持っていた者が有利になる。



友人に促されて大河は手持ちのカードを机の上に出す。



相手のカードよりも少しだけ戦闘値が高い。



「なんだよ、そんな強いカード持ってたのか!」



友人は頭をかかえてわざとらしく崩れ落ちる。



「やった! 俺の勝ち~!」



大河は笑いながら卓上のカードをすべて手前に引き寄せる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る