第39話
ルール上、勝ったら相手のカードも自分のものにできる。
もちろん遊び終わった後はそれぞれに返すようにしている。
大河はこのゲームよりも友人らと机を囲んで遊ぶという、その雰囲気が大好きだった。
さっきみたいにオーバーに悲しんで見せる友人もいれば「そんなカードいらなかったし」と負け惜しみを言い出す友人もいる。
同じ人間なのにこれだけ性格が違うということが、大河には魅力的に写っていた。
高校に入学してからカードゲームはあまりしなくなったけれど、その人気はまだ続いているようだった。
大河は部活でバスケを続けながら恋愛を経験するようになった。
人望があつくスポーツができて成績も悪くない。
そんな大河は女子生徒に大人気だ。
「お前さ、なんか気持ち悪いよな」
3年生に上がって同じクラスになった哲也がしかめっ面をしてそう声をかけてきた。
突然の言葉に大河はとまどい、まばたきを繰り返す。
今の言葉はどういう意味だろう?
聞き返す前に哲也が補足していた。
「なんか、ずっと仮面かぶってるみてぇ」
それだけ言うと哲也は毅と肩を並べて教室を出て行ってしまった。
大河はふたりの後ろ姿を無表情でジッと見つめていたのだった。
☆☆☆
大河が死んだ。
まだもう少し猶予があったはずなのに……!
雨が降りしきる中結の心は絶望に支配されていた。
前を歩いている毅とはぐれないようにどうにかついて行っているけれど、それだけだ。
足をすべられて1度こければ、もう立ち上がることはできないだろう。
「少し道が良くなってきたな」
毅の呟きで、ようやく道がアスファルトに変わっていることに気がついた。
もうすぐで街が見えてくるころだ。
自分がすでにここまで下山してきていたことに驚き、道を振り返る。
さっき乗り越えてきたばかりだと思っていた大木は、とっくに見えなくなっていた。
山が背後に遠ざかっていく度に雨音も優しくなっていく。
「やっぱり電波はねぇか……」
毅がスマホを取り出して電波を確認し、ため息を吐き出す。
ここまで降りてきても電波がないということは、やっぱり電波塔に異常が出ているんだろう。
とにかくもう少しで民家が見えてくるはずだ。
そうすれば助けを呼んでもらうことができる。
結の足取りが強くなったその時だった。
ポケットに入れていたスマホが鳴り始めて飛び上がるほどに驚いた。
その場に立ち止まり、画面を確認する。
いつの間にか毅が隣に並んでいて、その画面を覗き込んでいた。
結のスマホも電波がない状態だが、メールが一件届いていた。
スマホを持つ手が自然と震える。
雨に打たれた寒さのせいじゃないことは、もうわかっていた。
「開けよ」
促されなくてもメールの確認はするつもりだった。
それが一番来てほしくないメールだとしても、もう誰もいなくなってしまったのだから、怖くないはずだった。
それなのに結の手はなかなかメール画面を開こうとしない。
体が小刻みに震えて止まらない。
呼吸が苦しくなって死んでいったみんなの顔が浮かんでは消えていく。
結は一度キツク目を閉じて、そしてまた開いた。
自分でも気が付かないうちに涙が頬を流れ落ちていく。
それは雨と混ざり合い、すぐにわからなくなった。
結の人差し指がスマホ画面をタップして今届いたばかりのメール画面を表示させた。
本文はなく、写真が添付されている。
その写真を開くと……後頭部から血を流して倒れている結がうつっていた。
「……っ!」
わかっていたことだった。
毅に二度目のメールが届いてから、自分にも来るだろうと予測できていたはずだった。
それなのに結の心は追いつかず、スマホを滑り落としてしまっていた。
アスファルトの上にカシャンッと音を立てて転がるスマホ。
それを拾い上げる気力はもうなかった。
その場に膝を付き、両手で自分の体を抱きしめる。
「ゲームオーバーだな」
毅が結を見下ろして呟き、1人で下山を再開する。
待って。
置いて行かないで。
そう言いかけたけれど喉から言葉が出てくることはなかった。
追いかけて、下山して、そしてどうするつもりだろう?
タイムリミットは24時間以内。
それならもうここにいたって同じことだ。
さっきまで見えていた希望があっという間にしぼんで、結の前から消えていく。
毅の背中はどんどん小さくなり、それでも結を振り返ろうとはしない。
「どう……して……」
思わず呟く。
自分はここまで頑張ってきたつもりだ。
それでもダメなら一体どうすればよかったの?
なにが正解だったの?
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