第37話

風雨にさらされる哲也の遺体をどうすることもできず、結と毅は元の道に戻ってきていた。



とにかく早く下山して、哲也の体を引き上げてもらわないといけない。



そう思うと毅の足は自然と早くなってくる。



大切な仲間があんなところに放置されているなんて、考えただけでも胸糞が悪くなってくる。



「なんでだよ……」



歩きながらつい口をついて出てきた言葉。



なんであんなところで死ぬんだよ。



せっかく死体写真を回避したのに、これじゃなんの意味があったのか……。



そこまで考えて毅は哲也の死に様を思い出した。



頭から血を流し、手足があらぬ方向をむいて雨に打たれていた哲也。



「やっぱり、おかしいだろ」



「え?」



突然立ち止まった毅に結は驚いて足を止める。



「おかしいって、なにが?」



「どうして頭から血がでてたんだ?」



「どういう意味?」



崖から落下していたのだから、それくらいの怪我をしていてもおかしくないと結は考えていた。



「崖下に岩なんてなかっただろ? なににぶつかったんだ?」



そう言われて思い返してみれば確かに大きな岩はなかったかもしれない。



だけど、草木にかくれていた可能性はある。



「それに、手足の方向もおかしかった。何十メートルも上から、コンクリートに叩きつけられたわけでもないのに」



「つまり、なにが言いたいの?」



結の問いかけに毅はゆっくりと視線を向けた。



「……大河だ」



その言葉に結の心臓がドクンッと跳ねる。



嫌な予感が胸にうずまき、体が熱を持つのを感じる。



「あいつはまだ死んでなかったんだ! そこに毅が現れたから、身代わりに殺した!」



「そんなはずない!!」



大河は自分の残り時間が差し迫っていたから、自分から死に様を見せないように山へ入っていったんだ。



そんな人が、哲也を殺すなんてありえない!



必死に否定する結に毅が冷めた視線を送る。



「お前、1年前に彼氏が死んだのにもう他の男かよ」



その言葉が胸に突き刺さる。



違う。



そんなんじゃない。



否定したいのに言葉が続かない。



大河に頼り、大河に支えられていたのは事実だ。



だから、大河が哲也を殺したなんて信じたくないだけだ。



毅は前を向いて歩き出す。



けれど結はその場から動くことができなかったのだった。


☆☆☆


毅の姿が見えなくなってしまっても結はその場から動くことができなかった。



足が鉛のように重たくてもう一歩も前に進むことができない。



心はそれ以上に重たくて、疲弊しきってしまっている。



もういっそ、このまま死ぬことができればいいのに……。



1度地面に座り込んでしまえばもう二度と立てなくなるだろう。



もう、それでも構わないような気さえしてくる。



座り込んで二度と立ち上がらなければ人間は勝手に死んでいく。



裕之の元へ行ける……。



脳裏に笑顔の裕之が浮かんできて結の足から力が抜けていく。



ふらりと体が揺れて倒れそうになる。



裕之、私もう十分頑張ったよね?



心の中の裕之に尋ねると、やっぱり同じ笑顔を浮かべてくれる。



「私、もう……」



体が揺れて立っていられなくなったときだった。



ガサガサと草木を掻き分ける音と足音が聞こえてきてハッと息を飲んだ。



音がした後方へ視線をむけると、そこには大河の姿があったのだ。



結は呼吸をすることも忘れて大河を見つめる。



これは夢?



幻覚?



私は気絶してしまったんだろうか?



考えている間に大河が駆け寄ってきて、大きな手で結の肩を掴んでいた。



この感触は夢じゃない!



「よかった! 合流できた!」



大河が嬉しそうに微笑んで結の体を抱きしめる。



「な……んで?」



大河はひとりで死ぬことを選んだはずだ。



「戻ってくるつもりはなかったんだ。だけど、毅の怒鳴り声が聞こえてきて、居ても立ってもいられなくて」



それで、つい戻ってきてしまったみたいだ。



「時間はもう少しありそうだ。一緒に下山しよう」



大河はしっかりと結の手を握りしめたのだった。


☆☆☆


ふたりで下山を再開してから結は哲也が死んでしまったことを大河に伝えた。



大河は驚いた表情を浮かべて「山の中にはいくつも崖があった。俺も何度も落ちそうになったよ」と頷いた。



その証拠に大河の服はあちこちが破れて肌が見えている。



血が滲んでいる箇所もあって痛々しい。



一刻も早く下山して手当してあげたいが、それまで大河が生きているかどうかわからない。



そう考えるとまた心が重たくなってくるので、結は強引に自分の思考回路を変えた。



とにかく今は大河と一緒にいることを幸せに感じよう。



「毅は?」



「先に行った」



短く答えて前方へ視線を向ける。



いくら歩いても毅の後ろ姿を認めることはできないから、随分と先へ進んだんだろう。



しばらく歩いたところで大きな木が道を塞いでいる箇所があった。



「これはひどいな。これじゃ救助車だって通れない」



その木はよじ登るにしても大きくて、迂回するしかなさそうだ。



自分たちは歩きだからそれもできるけれど、車だとそれも難しい。

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