第34話

大河が苦笑いを浮かべて言う。



冗談ではなく、本当にそうなってしまうかもしれない。



それからしばらく下山したとき、雷の音が周囲を轟かせた。



その音の大きさに結たちは立ち止まり、身をかがめる。



「今のは近いぞ」



哲也がそう言って振り向いたとき、空に白い煙がもうもうと舞い上がっていくのを見た。



「施設に落ちたんじゃねぇか?」



方向的には間違いなさそうだ。



振り向いた結の視界にも立ち上がる白い煙が見えた。



もしも本当に施設に落雷していたとしらた、もう戻れないということにもなる。



白い煙の中には徐々に黒い煙が混ざりはじめ、結たちのところまで異臭を運んできた。



なにか大きなものに落ちて燃えていることは確かだ。



「もう少し歩こう」



大河に促されて、4人はまた下山を再開したのだった。


☆☆☆


それから10分間ほど下山したあたりで小さな山小屋を見つけた4人はひとまず避難することに決めた。



今日はここで夜を明かすことになりそうだ。



想像以上に足元が悪くてなかなか先へ進むことができず、もどかしい気持ちになる。



小屋の中で時間を確認すると、すでに夜の6時を回っていた。



こうしている間にも大河のタイムリミットはどんどん少なくなっているのだと思うと、胸が苦しくなる。



どうして大河なのだろうと思わずにはいられない。



「少し眠って、明日にそなえよう」



持ってきたパンなどで食事を済ませて、それぞれが横になると小屋の中はいっぱいになる。



それでも結の隣には大河がいてくれるから、安心感があった。



「おやすみ結」



「おやすみ大河」



そうささやきあい、こっそり手をつないで目を閉じたのだった。



山歩きのせいで体中が痛かったけれど疲労感が結を夢の中へと運んでいく。



夢の中で結は学校の教室にいた。



制服を着ていて、カバンを右手に持っている。



時計を確認すればホームルームが終わった時間帯で、誰かを待っているようだった。



しばらくして教室に現れたのは裕之だった。



裕之は片手をあげて「待った?」と、駆け寄ってくる。



結は笑顔で「全然」と左右に首をふり、ふたりで肩を並べて歩き出した。



「ついに俺たちも受験生だな」



「本当だね。絶対に同じ大学行こうね」



夢を見ながら結は笑っていた。



高校3年生になったふたりは仲睦まじく付き合いを続けているのだ。



「あ、ここのお店のパフェうまいんだってさ」



ファミレスの前に差し掛かった時裕之が言う。



「行ってみようよ!」



結は裕之の手を引いてファミレスの中へと入っていく。



一緒にいる理由なんていくらでもある。



帰り道に少し遠回りをしてもいいし、今日みたいに美味しいものを食べてもいい。



こういう日常をずっとずっと続けられると信じていた。



だけど結は途中で気がついてしまった。



これは夢なのだと。



裕之はもういない。



1年前、自分のために死んでしまった。



そう気がついた途端、目の前に座っていた裕之の映像が古いビデオテープのように乱れ、かき消えてしまった。



周りに居たファミレス客も店員も流れていた音楽も消えて、気がつけば結はひとりぼっちだ。



そんな中、どこからともなくスマホの音楽が聞こえてくる。



ハッと身構えて周囲を確認してみるが、どこから聞こえてくるのかわからない。



また誰かに死体写真が送られてきた音。



呪いのメールの音……。


ハッと息を飲んで飛び起きると小さな窓から薄明かりが差し込んでいた。



結は全身にびっしょりと汗をかき、荒い呼吸を繰り返す。



小屋の中では規則正しい寝息が聞こえてきて、結意外の全員がまだ眠っていた。



夢……。



ふっと息を吐き出すと同時に涙がひとしずくこぼれてしまった。



結は無言でそれをぬぐい、再び横になったのだった。


☆☆☆


翌朝は早朝から起き出して軽く食事をしたあと、すぐに歩き出した。



幸いまだ大河は生きている。



大河も自分が生きている間に少しでも下山しておきたい様子だ。



4人は黙々と歩き続けるが地面が滑りやすくなっていて思うように進むことができない。



時折振り向いて空を確認してみると、昨日の煙はすでに消えてなくなっていた。



雷はどこに落ちたんだろう。



気になったが、引き返す気は当然ない。



「そろそろ時間かもしれない」



しばらく歩き続けたとき、不意に大河がそう言って立ち止まった。



「え?」



結は驚いて振り返る。



すると大河はスマホを掲げて見せていた。



そろそろ時間というのは、メールが届いて24時間が経過するという意味なのだと理解した。



その瞬間結の体から血の気が引いていく。



「うそ、もうそんな……?」



声が震えてうまく言葉が続かない。



ただ、もう少しで大河は死んでしまうという事実に心臓がドクドクと嫌な音を立て始めた。



「今日中に下山できると思うから。きっと大丈夫」



大河が結の手を握りしめる。



「そんな……やだ!」



「結を頼む」



大河は毅と哲也へ向けてそう伝えると、結の手を離して山の中へと駆け出した。



「大河!!」



結が叫んでも大河は振り向かず、あっという間にその姿は見えなくなってしまったのだった。

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