第33話

フェンスの外に出ることができた4人は山道へと戻り、下山を開始していた。



思っていた通り道のあちこちに倒木があり、その度に遠回りをすることになったけれど、どうにかバスが停車してある広場まで降りてくることができた。



ここから先は舗装はされていないが車が通れるくらい太い道になる。



幾分気持ちがおちついて結はホッと息を吐き出した。



「さすがにバスは開かねぇか」



毅がバスのドアが引っ張って確認しているが、開くことはない。



鍵があれば誰かが運転して下山できるけれど、それも無理だ。



バスにより掛かるようにして少し休憩を挟んでから再び4人で歩き出す。



雨音は少し軽くなり、木々の隙間から太陽の光が差し込み始める。



山を降りているから天候が回復しているのかもしれない。



施設周辺ではきっとまだ豪雨が続いていることだろう。



しばらく歩いたところで雨は小雨になり、傘の必要がなくなっていた。



「これなら下山できそうだな」



大河が空を見上げ、明るい表情で言う。



「そうだね」



足元は悪いけれどそれは注意して歩けばどうにかなることだった。



このまま下山して、そして助けを求める。



それが現実味をましていたそのときだった。



どこからかスマホの音が聞こえてきて全員が足を止めていた。



おだやかだった空気が一瞬にして氷つく。



「待てよ? 電波が通じるのかもしれない!」



気がついたように叫んでスマホを取り出す大河。



そうだ。



ここはもう太い道へ出ている。



スマホの電波があっても不思議じゃない!




思わず喜びに頬が緩む結だったが、スマホを確認した大河の表情が見る見る曇っていくのを見て嫌な予感が胸に膨らんでいく。



「どうだったんだよ?」



哲也がじれったそうに聞く。



大河はスマホ画面を見つめたまま左右に首を振った。



「いや、電波はない」



大河の言葉に全身から力が抜けていきそうになる。



まだ、ダメなんだ……。



そう思うと同時に疑念が浮かんだ。



まだ電波がないのなら、さっきの音はなんだったんだろう?



大河はまだ自分のスマホを凝視している。



その顔は青ざめて微かに歯が鳴っている。



「お前に届いたのか」



そう言ったのは毅だった。



え?



結は一瞬毅の言葉の意味が理解できなかった。



大河に届いた?



それって……。



大河がゴクリとつばを飲み込んでスマホ画面をこちらへ掲げてみせてきた。



そこには、血まみれになった大河の写真が表示されていたのだった。


☆☆☆


嘘でしょう?



どうして?



大河に届いたメールが信じられなくて結の頭はパニック寸前だ。



だって大河にはこんなにも優しくしてくれる。



他のメンバーのことを助けてくれている。



それなのに、どうしてそんな人に死体写真が届かなきゃいけないの?



「おかしいよ……」



思わずそう口走っていた。



「こんなのおかしいよ! なんで大河に届くの!?」



結の悲鳴が山の中にこだまして、幾重にも重なり合う。



「仕方ないんだ。みんなにも届いたんだ。次は俺の番だっただけだ」


大河が静かな声で答える。



けれど結はイヤイヤと左右に首をふって、現実から逃れようとする。



その目にはいつの間にか涙が浮かんできていて、周囲の景色がぐにゃりと歪む。



「嫌だよ大河。なんで、なんでっ!」



なんで自分の大切な人ばかりに届くんだろう。



1年前もそうだった。



大好きな人を奪われた。



それなのに、また同じことを繰り返すの……!?



その場にしゃがみこみ、頭をかき回して叫ぶ結。



大河はそんな結の肩に手を置いた。



「まだ時間はあると思う。とにかく下山できるところまでしよう」



「どうしてそんなことが言えるの!?」



24時間以内に死ぬかもしれないのに、どうしてそんなに冷静でいられるの!?



結ノパニックは収まらず、泣きじゃくる。



そんな結に大河もつらそうに顔をゆがめた。



「俺たちは行く。お前はいつまでも泣いてりゃいいんだ」



毅の吐き捨てるような言葉に結が顔を上げた。



涙で視界が滲んでいるけれど、睨まれていることがわかった。



「な……によ……! なによ、あんただって人殺しのくせに!」



「あぁそうだよ。自分のために人を殺した。それがなにか悪いか?」



開き直ったような毅の言葉に結は目を見開く。



仲間たちを殺しておきながら、信じられない言葉だった。



怒りがふつふつと湧いてきて顔が赤く染まっていく。



結は両足の力を振り絞って立ち上がった。



「私も行く。あんたたちの悪事をちゃんと告発してやる」



その言葉に毅は軽く笑って再びあるき出したのだった。


☆☆☆


1度回復した天候だったけれど、歩くにつれてまた雨脚は激しくなってきていた。



今では傘をさせばひっくり返ってしまいそうな風雨に変わっていて、歩みは遅くなるばかりだ。



「足元気をつけて」



大河に右腕を支えてもらいながら、倒れた木を踏み越えて歩く。



木々の隙間から見えていた太陽は分厚い雲に隠れてしまい、持ってきた懐中電灯がなければほぼ暗闇に近い状態になってしまっている。



「今何時くらいだ?」



先を歩く哲也が毅へ聞く。



「昼の2時だ」



「このままじゃ夜中になるな」



すでに暗くなっているのに夜になればどれほどの闇に包まれることだろう。



更にここは山の中。



野生動物が襲ってこないとも限らないのだ。



死体写真とは別の恐怖が湧き上がってきて鳥肌が立った。



「今日は山の中で野宿する覚悟がいるかもな」

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