第31話

「あと3分で始まっちゃう」



「急げ!」



結局屋上でふたりでサボるという青春映画のような展開にはならなかったけれど、ふたりはまた階段を駆け下りて教室へ向かう時間もとても楽しかった。



同じ係を経験しなければ、明日香と豊が付き合うこともなかっただろう。



そして今、ふたりは折り重なるようにして倒れている。



雨がふたりの体に叩きつけても、もう寒くはなかった。



豊が最後の力を振り絞って伸ばした手と手は、しっかりと繋がれていたから……。




結は部屋の中で雷鳴を聞いていた。



それはすぐ近くに落ちたようで、全身がビリビリと震えるほどの音が響いた。



思わず悲鳴を漏らして畳んである布団を抱きしめる。



一瞬部屋の電気が消えたけれど、すぐに周囲は明るく照らし出された。



どうやら施設に直撃はしなかったみたいだ。



だけど今のは相当近かった……。



不安と恐怖に硬直してしまっていたとき、ノック音が聞こえてきて「はい」と返事をする。



ドアを開けて顔をのぞかせたのは大河だった。



「大丈夫だったか?」



「私は大丈夫。すごい音だったね」



「かなり近くに落ちたみたいだ」



大河は部屋の中を見回して明日香の姿がないことを気に留めた。



「明日香は?」



「たぶん、今頃豊と一緒にいるんだと思う」



結とはちゃんと会話をしたから、最後に会いに行くのは豊のはずだ。



そう思って結は早々に事務所を出てきたのだ。



「そうか……」



大河は視線を伏せて頷く。



他に言葉が続かないようで視線を彷徨わせた。



「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから」



結がもう1度そう言うと、大河はようやく安心したように微笑んだのだった。


☆☆☆


翌日になって結が食堂へ向かってもそこに明日香と豊の姿はなかった。



他のメンバー間では重たい空気が立ち込めていて、ドアの前で一瞬入ることを躊躇してしまう。



そんな結を見て大河が片手を上げて笑顔を浮かべた。



「おはよう」



軽い声色でそう言われてようやく食堂に足を入れる。



今心に残っているメンバーは大河、結、毅、哲也の4人だけだ。



ここには生徒10人、教員1人、運転手1人で来たのに、いつの間にこんなに少なくなってしまったんだろう。



やるせない気分を隠して大河の隣に座る。



かといってすぐになにか食べるような気力もなくて、静かな時間だけが流れていく。



壁掛け時計に視線を向ければ朝の8時が近い。



普段なら明日香も豊もすでにここに来ている時間帯だ。



結はドアへ視線を向けるけれど、ふたりが現れる気配はない。



「探しに行こうか」



大河がポツリと呟いた。



「そうだね。ふたりともお腹が減ってるかもしれないし」



結が同意してふたりで立ち上がる。



部屋を出る時に毅からの視線を感じて顔を向けると、するどい目を向けられていた。



本当にふたりが生きてると思ってるのか?



そう聞かれているような気がしたけれど、結は気が付かないふりをしたのだった。


☆☆☆


教室にも部屋にも風呂場にもふたりの姿は見えなかったが、結と大河は無言で捜索を続けた。



もしかしたらふたりで外へ出て、逃げ出すいことに成功したのかもしれない。



そんな淡い期待も浮かんでくる。



どうかそうであってほしい。



下山して、街の人たちにこの施設の状況を知らせていてほしい。



けれどそんな希望は事務所のドアを空けた瞬間に打ち砕かれていた。



事務所の窓が開いていて、そこから風雨が吹き込んでいる。



昨日結がここへ来た時にはちゃんとしまっていたはずなのに。



結と大河の胸に大きな不安が過り、窓へ近づいていく。



床は水浸しでカーテンはびしょ濡れだ。



足元に注意しながら窓辺に近づき、大河が身を乗り出して外を確認する。



その瞬間「うっ」と小さく声を上げて後ずさりをした。



その顔は一瞬で青ざめて、生気を失っている。



「見ない方がいい」



大河にそう言われても、結は同じように窓の外を確認した。



外は相変わらずの雨で少しだけ焦げ臭くて顔をしかめる。



匂いの根源を探すように首を下に向けた瞬間、折り重なって倒れている明日香と豊の姿を目撃した。



ふたりの衣類は焼け焦げていて、そこから匂いが上がってきているのがわかる。



結は後ずさりをして窓から離れた。



「昨日の雷に打たれたんだ」



大河が唖然とした表情で呟く。



昨日、すぐ近くに落ちた音がしたのを思い出す。



施設に直撃しなかったのは、このふたりが守ってくれたからだったんだ。



結はずるずるとその場に座り込み、涙をこらえて両手をきつく握りしめたのだった。

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