第30話
☆☆☆
あの時死にたい気持ちを払しょくすることができたのは、たしかに結のおかげだった。
「なんで結を逃したんだよ!」
結が部屋から出ていったタイミングで豊がパーテーションの奥から姿を現した。
「結を殺すことはできないよ」
「だけど、誰かを犠牲にしないと明日香が!」
慌てている豊に明日香は左右に首を振った。
「もう誰も犠牲にしない。美幸のことは憎んでたし、メールが届いてたからあんなことしたけど……でも、もうやめる」
「本気で言ってるのか!? まだ結を殺すチャンスはある。結がダメなら、他のやつだっていい!」
必死で説得する豊の声を聞きながら明日香は窓へと近づいた。
外は相変わらずの雨が続いていて、窓ガラスには自分の姿が写り込んでいる。
その時雷鳴が轟いて周囲が一瞬明るくなった。
そのとき窓ガラスに写って見えたのは自分の姿ではなく、殺してしまった美幸の姿だった。
真っ黒な目をこちらへ向けて憎しみを込めて睨みつけている。
それは幻覚だと理解していたけれど、明日香は目を離すことができなくなった。
窓ガラスに写っている美幸がこちらへおいでと手招きをしている。
「私はきっと、死ぬまで美幸の幻覚に支配されるんだろうね」
そっと窓に歩み寄り、手を伸ばす。
「おい、なにしてるんだよ」
豊が後ろから声をかけたとき、美幸の手がガラスから伸びて明日香の手首を掴んでいた。
実際には明日香が自分で窓を開けたのだけれど、そう見えていた。
「窓を閉めろ」
もう豊の声は届かない。
明日香は美幸に手をひかれるがままに窓の外に身を乗り出した。
「やめろ!!」
豊の叫び声は虚しく雨音にかき消され、そして明日香の姿は窓の外へと消えていた。
「明日香!」
その後を追いかけて豊が窓から飛び降りる。
1階の窓から飛び降りても死ぬことはないが、そのタイミングで雷が鳴り響いた。
鼓膜を破ってしまいそうな轟音と共に稲光が2人の体を貫いた。
ビクンッと大きく跳ねたかと思うと、焦げ臭い匂いが周囲に立ち込める。
雷によって串刺し状態にされたふたりの体は、もう二度と動くことはなかったのだった。
明日香と豊の過去
ふたりが始めて出会ったのは3年生で同じクラスになってからだった。
「じゃあ今期の駐輪場係は渡辺で決まりな」
最初の係決めのときに駐輪場係に選出されたのが、明日香と豊のふたりだった。
それまで全く面識のなかったふたりは始めてお互いの存在を知ることになった。
「これからよろしくね」
少し照れくさそうに言う明日香に豊は頷く。
「こちらこそ」
初めての係の仕事は昼休憩中に駐輪場を確認しておくことだった。
朝の内に止められた自転車が、ちゃんと決められた位置にあるかどうかだ。
「結構みんな好き勝手に止めてるんだな」
駐輪場へやってきた豊は専用の屋根の下からはみ出している自転車の数の多さに驚いた。
そもそも駐輪場自体が狭いのではないかと思ったが、斜めに止めていたり、倒して置いていたりと、乱雑になっているのが原因だとすぐにわかった。
「こうやって倒しておくと、風で倒れたりしないから自転車が壊れにくいんだよね」
明日香は横倒しになっている自転車を見てそう言った。
なるほど。
確かに風などで乱暴に倒されるよりも、元々横にして置いておいたほうが自転車が傷つく心配はないわけだ。
だけどそういう止め方をしているせいで、屋根の下に停められない自転車が多数ある。
これで雨でも降り出したら、自転車が錆びて使い物にならなくなってしまう。
ふたりは倒してある自転車を起こし、斜めに停められている自転車を直し、そして屋根の外に置かれている自転車を定位置へと戻した。
「これでよし、と」
すべての作業が終わったときには午後の授業が始まる10分前になってしまっていた。
ふたりして大急ぎで教室へ戻る。
その途中で明日香がふいに笑い始めたのだ。
「なにがおかしいんだ?」
階段の途中で立ち止まり、振り返る。
「ううん。なんかこういうのって青春映画に出てきそうだなって思って」
そう答えながらまだ笑っている。
「遅刻しそうになって走るシーン?」
うんうんと明日香は頷く。
そう言われればありそうなシーンかもしれない。
「じゃあ、このままふたりでサボるシーンはある?」
そう聞いたのは別に深い意味はなかった。
ただ、青春といえば学校をサボってブラブラするときもあるんじゃないかと思っただけだった。
けれど明日香はそれを聞いて大きく目を見開き、そして「そうだね、あるかもね」と、頷いた。
明日香の反応を見た瞬間、豊の中で5時間目の授業を受けるという選択肢が消え去っていた。
「サボるとしたら、どこで?」
「例えば、屋上?」
「青春映画っぽいね」
そんな会話をして、ふたりで本当に屋上へ向かった。
ただ、現実と映画の違うところと言えば屋上が解放されているかどうかだった。
残念ながら明日香たちの通う高校では昼休憩が終わる5分前には屋上へのドアが施錠されてしまう。
ふたりが到着したときにはすでに鍵がかけられていた。
ドアの前でふたりして立ち止まり、目を身交わせて笑いあった。
なんでもないことのようだけれど、たしかにこの時心が通じ合った気がした。
「仕方ないから授業に出よう」
「それがよさそうだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます