第29話

このメンバーの中では一番仲の良かった明日香のもとに来てしまうなんて!



絶望的な気分になりながら明日香のスマホを確認してみると、そこには水死体になって湯船に浮かぶ明日香の姿があった。



「いや……! なんでこんなことになるの!?」



明日香が叫ぶと同時に教室から駆け出した。



行く宛などないのに、この場に留まっていることができなかった。



「明日香!」



豊が弾かれたようにその後を追いかける。



結は呆然としてふたりの姿を見送ることしかできなかった。




逃げ出した明日香の腕を掴んだ豊はふたりで会話できる場所を探して先生の泊まっていた部屋へ来ていた。



持っていた鍵でドアを開けて部屋に入ると明日香を畳の上に座らせる。



各部屋の鍵は事務所からこっそり持ち出してあった。



美幸の部屋に鍵をかけて偽装したのも、もちろん豊だ。



「大丈夫、大丈夫だから」



豊は明日香の体を抱きしめて落ち着かせる。



すべて順調に進んでいたはずだった。



誰にもバレずに美幸を殺して、明日香が発見したときにはすでに呪いのせいで死んでいた。



そうなるはずだった。



それなのに明日香にメールが届いたなんて!



こんな予想外のことが起こるとは思っていなかった。



明日香の場合は最も最悪なタイミングで届いてしまったことになる。



「なんで、なんで私が……!?」



「わからない。だけど、また同じようにすればいいだけだ。だから心配することはないよ」



豊は必死で囁きかける。



自分はなにがあっても明日香の味方で、明日香を助けると決めたのだ。



1人殺しているんだから、2人でも3人でも変わらない。



「誰を……」



腕の中で泣きじゃくりながら明日香が聞く。



豊はゴクリとツバを飲みこんだ。



残っているメンバーは結、毅、哲也、大河の4人だけだ。



この中で毅と哲也は最も早く居なくなってほしいが、自分が殺すとなると相当な腕力が必要になって到底無理そうだ。



だとすれば残るは結か大河の2人。



天秤にかけることもなく、結が一番殺しやすいということになる。



「……結」



呟くように答えると腕の中で明日香がビクリと震えた。



明日香としては結を選ぶのは辛い選択肢だということを、豊も理解している。



でも、もう結しか残っていないのだ。



「わかった」



明日香は意外にもあっさりと頷いたのだった。


☆☆☆


結を呼び出すのは明日香の仕事になった。



すでにメールが届いていることは知られているから、最後に話がしたいと声をかけた。



結は複雑な表情を浮かべたけれど、黙って頷いて明日香についてきてくれた。



場所は事務所だ。



事務所へ入った瞬間、パーテーションの位置が変わっていることに明日香は気がついた。



あの奥に豊が隠れているのだ。



まずは首を閉めるなどして結を気絶させ、それから湯船で溺死させる算段だ。



「ここに座って」



明日香はパーテーションが見えない位置に結を座らせた。



明日香からは結の後方にあるパーテーションがよく見える。



パーテーションの横から豊がこちらを伺っているのがわかった。



「結。結には仲良くしてもらったから、お礼を言いたかったの」



「私はなにも……」



友人からの最後の挨拶に結は喉をつまらせる。



こんな風に向かい合って話をするなんて、本当は嫌だった。



だけど明日香はすでに自分の運命を受け入れているのだ。



結にはどうすることもできない。



「結は覚えてる? 中学校の頃のこと」



「中学校?」



結は首をかしげた。



結と明日香は違う中学校に通っていたから、互いの存在は知らなかったはずだ。



明日香と仲良くなったのは高校に上がってからだ。



「やっぱり覚えてないかぁ」



「ごめん、なんのこと?」



「夕方くらいにさ、公園からボロボロの姿で出てきた女の子がいたこと、覚えてない?」



言いながら明日香は苦い気持ちになっていく。



あの頃美幸からイジメを受けていた明日香は、1度だけ美幸の取り巻きに呼び出されたことがある。



そして殴る蹴るの暴力を受けたのだ。



後からそれはとりまきたちが勝手にやったことだとわかったけれど、今でも一番の傷として残っている。



「あ、そういえば……」



思い出したように結が目を見開く。



あのときの少女と今の明日香の姿がダブって見えた。



「あれ、私。結は私を見て驚いてたよね。それで、駆け寄ってきてくれた」



結はあの時少し遠いスーパーまで買い物に行っていて、その帰りだった。



ボロボロに汚れた同い年くらいの女の子が公園から出てきたときは、ほんとうに驚いた。



「それで、手当をしてくれた」



「怪我をしてたから」



それは結にとって当然の行動だった。



擦りむいている箇所を水で洗い、持っていた絆創膏を貼った。



それだけのことしかしていない。



だけど明日香にとってそれはなによりも嬉しい出来事だったのだ。



同級生にボロボロにされた後、それこそ死んでしまいたいと一瞬でも考えた後の出来事だった。



明日香はずっと結の顔を忘れていなかった。



いつかお礼を言いたい。



友達になりたいと思ってきた。



そして高校に入学したとき、再開できたのだ。



結はあの頃のことをすっかり忘れていたから、わざわざ思い出すようなことは言わなかっただけだ。



ふたりが会話をしている間にも結の後ろのパーテーションが徐々に開き、ロープを握りしめた豊がにじり寄ってくる。



結は明日香との会話に夢中で全くこちらに気がついていない。



これならいける!



勢いをつけて結の首にロープを巻きつけようとした、その直前だった。



突然明日香が立ち上がり、結の手を掴んで引き立たせていたのだ。



ロープは空を切り、豊は咄嗟にパーテーションの奥へと戻っていた。



心臓が早鐘を打って額から汗が滲んできている。



なにしてんだよ!!



突然の明日香の行動に豊の心臓は今にも破裂してしまいそうだった。



危うくバレてしまうところだった。



「呼び出してごめんね。じゃあ、また明日」



そんな明日香の声が聞こえてきて豊は焦った。



これからというときに、結が部屋へと戻っていってしまう!



どうする?



今からでも飛び出して拘束するか?



パーテーションの隙間から明日香の様子を確認すると、明日香は目に涙をためて左右にゆっくりと首を振ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る