第24話

静の死体は雨に打たれてびしょ濡れだ。



「とにかく、死体を教室へ運ぼう。このままじゃ静が可愛そうだ」



大河の言葉に誰も異論はなかったのだった。


☆☆☆


静の死体を教室へ運び終えたメンバーは再び食堂へ集まってきていた。



みんな、なにも言わずに俯いている。



美幸はさっきから毅と哲也を睨みつけていて、そこだけ空気が張り詰めていた。



「どうして静にメールが送られてきたんだろう」



呟いたのは明日香だった。



明日香はあまり眠れなかったようで、目の下にクマができている。



「もう1度、全員のスマホを確認してみるか」



豊の提案に、誰も否定はしなかった。



それで少しでもなにかがわかるのなら、協力するつもりだ。



しかし、これが思わぬ結果を招くことになったのだ。



「なんで誰のスマホにも静のアドレスが入ってないの!?」



美幸が叫んで床に膝をつく。



さっきから全員分のスマホを確認しているのだけれど、アドレスはちゃんと削除されていて登録されていないのだ。



もちろん、死んでしまった仲間のスマホも確認したけれど、結果は同じだった。



「アドレスに登録されているかどうかは無関係なのか?」



大河が難しい表情で呟く。



そうなのかもしれない。



登録されていてもされていなくても、電波がなくてもあっても関係なく死体写真は届くのだ。



そうなると、回避する方法はただひとつ。



誰かを自分の身代わりにして殺すことだけになってしまう。



「なんだよそれ。それじゃ俺たち助からないってことかよ」



豊が声を震わせる。



自分が死ぬか、誰かを殺すか。



選択肢はそのふたつだけだ。



絶望的な気分が食堂内に垂れ込める。



毅と哲也はさっきからイライラしたように貧乏ゆすりを繰り返している。



その微かな音が更に神経を逆なでしていく。



この場の雰囲気に耐えかねたように美幸が立ち上がり、食堂を出ていく。



1人にならないほうがいいと呼び止めようと思ったが、結は思いとどまった。



どこにいたってどうせ外に出ることはできないのだ。



美幸は親友だった静を失って消沈しているし、今はそっとしておいた方がいいかもしれない。



そう考えて結は1人食堂を出ていく美幸の後ろ姿を見送ったのだった。


☆☆☆


1人になった美幸は一度後ろを振り向いて誰もついていないことを確認した。



すると早足になって死体が置かれている教室へと向かう。



随分と腐臭がきつくなってきていて、ビニールシートをかぶせただけではその匂いをごまかすことはできなくなっている。



美幸は刺激臭に顔をしかめながらもベランダに続くガラスドアを空けた。



外へ出るとひとまず腐臭は消えて、ホッと息を吐き出す。



代わりにムッとした雨の香りが絡みついてくる。



ベランダには屋根があるものの、風のせいで雨粒はここまで入り込んでくる。



普段なら不快に感じる雨も、今の美幸には気にならなかった。



ついさっき食堂にいるときにポケットの中でスマホが震えたことを思い出す。



スマホが震えだした瞬間悲鳴を上げそうになったがどうにか押し留めて、ここまでやってきたのだ。



美幸は大きく深呼吸をしてポケットに手を突っ込んだ。



指先にツルリとしたスマホの感触があり、今度はゴクリと唾を飲み込む。



電波のない状況で震えたスマホがなにを意味しているのか、すでに嫌というほど見てきた。



そして今度は自分の番ということだ。



勇気を出してスマホ画面を確認してみると、案の定そこには届くはずのないメールが届いていて、自分の死体写真が添付されていた。



写真の中の美幸は手首を切って死んでいる。



それを見た瞬間全身から力が抜けていくようだった。



思わず濡れた地面に座り込んでしまう。



呼吸が浅く、荒くなっていくのを感じてスマホをギュッと握りしめる。



次は私の番……。



静が死んだばかりだというのにその悲しみに身を委ねる時間すら与えられない。



明日の今頃には自分は死んでいるかもしれないのだ。



絶望感が胸の中を支配して、美幸の体を重たくさせる。



次に脳裏に浮かんできたのは呪いの回避方法だった。



誰かを犠牲にして、自分が助かる……。



でも、誰かを殺すことなんてできるだろうか?



残っているのは結、明日香、毅、哲也、豊、大河の6人だ。



この中で自分が殺せる相手はいるだろうか?



考えてみても答えは出なかった。



哲也のときみたいに包丁で刺し殺すのならまだ不意をついてできるかもしれないけれど、相手の手首を切るのはそう簡単じゃない。



やるとすれば、全員が寝静まったときを狙うしかない。



いつの間にか誰かを殺す算段をしている自分に気がついて強く身震いをした。



そろそろ戻らないと怪しまれる。



そう思って立ち上がったときだった。



教室内に誰かの気配を感じて美幸はハッと息を飲んだ。



窓越しにスマホを見られたかもしれない!



勢いよくガラス戸を空けて教室内を確認すると、机の隙間にしゃがみこんで隠れていた豊が姿を表した。



美幸は険しい表情を豊へ向ける。



普段の状況なら豊は敵ではないけれど、今は違う。



警戒心をむき出しにして睨みつける。



「覗き見をするつもりじゃなかったんだ」



豊は静かな声で説明した。



美幸を刺激しないように最新の注意を払っているのがわかる。



「見たの!?」



「偶然だ。美幸が1人で出ていったことが気になって、追いかけてきたんだ。やっぱり、1人になるのは危険だから」



豊は早口で言い訳をする。



美幸はなにを言われても険しい表情を崩さなかった。



今は全員が敵だ。



「死体写真が送られてきたんだろ」



その質問には答えなかった。



見たのなら、わかっているはずだ。



「力になれるかもしれない」



今度は美幸も反応を見せる。



一瞬目を見開き、それからまばたきをする。



「私の力になる?」



「あぁ。回避する方法はわかってるんだから、それを試してみればいい」



「回避する方法って、誰かを殺すってことだよ? わかって言ってんの!?」



つい声が大きくなる。



簡単そうに言ってのける豊に腹がたった。



結局他人事だからそんな風に言うことができるんだ。



しかし豊はすぐに「シーッ!」と、人差し指を口元に当ててたしなめた。



「本気で言ってるんだ。俺の話を聞いてくれ」



そう言うと豊は美幸の腕を掴んで再びベランダへ出たのだった。

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