第22話

もうすでに2人も殺しているのだから、もう1人殺すくらいどうってことはないはずだ。



なにをもたもたしているんだろう。



居ても立っても居られない気分になって起き上がる。



「きっと真夜中を狙ってるんだよ。寝てるところを襲った方が手っ取り早いし」



「でも、私の死に方は飛び降りだよ? 寝てる人間を屋上まで運んでたら、さすがに目を覚ますでしょ」



そう言われて美幸は黙り込んでしまった。



静の死に方まで考慮して考えていなかったようだ。



やっぱりあのふたりは信用できない!



静は弾かれたように部屋を飛び出していったのだった。


☆☆☆


夜中だろうがなんだろうが関係ない。



ふたりの部屋の前まできた静は拳を作ってノックをした。



「ふたりともいるんでしょ!?」



廊下からの叫び声を聞いて目を覚ましたのは毅だった。



長時間静を相手にしたせいで、さすがに疲れがたまってぐっすりと眠っていたところだった。



「なんだよ、またお前か」



ドアを開けて静の姿を認めるとニヤついた笑みを浮かべる。



派手に遊んでいるように見える静が、まさか未経験だなんて思ってもいなかった。



しかもそれを自ら差し出してきたのだ。



この林間学校にきてから最低な毎日だと思っていたけれど、これだけはラッキーだったと言える。



「どうして誰も殺してないの!?」



静が血相を変えて詰め寄る。



部屋の奥から哲也が起き出す物音が聞こえた。



「そう焦るなって、まだ時間はあるだろ?」



「もう5時間を切ってる!」



よほど死にたくないのだろう、静はその場で地団駄を踏んでいる。



哲也は大きなあくびをしながらドアへ近づいてきた。



「安心しな。もう誰を殺すか決めてあるから」



哲也の言葉に静の顔に光が戻る。



同時に毅は微かに首をかしげた。



哲也からそんな話は聞いていなかったからだ。



「本当に!?」



「あぁ。もう屋上に呼び出してるんだ。一緒に行こう」



静は泣きそうなほど安心して大きく頷いたのだった。




施設の屋上に出てきたのはこれが始めてだった。



屋上には腰までの高さのフェンスと、色の禿げたベンチが設置されている。



天気が良ければここで食事もできたことだろう。



雨は相変わらず振り続けていて、バチバチとコンクリートに叩きつけられる音が響いている。



こんなところに人がいるんだろうか?



そして呼び出された人は誰だろう?



傘も持たずにやってきた静は周囲を見回す。



しかし暗闇が広がるばかりで誰の姿も見えない。



せめて明かりがあればわかるのに。



そう思ったとき静の後方で屋上へのドアが閉まる音がした。



振り向くと哲也と毅のふたりが傘を差して立っている。



「どこにいるの?」



小声で聞くと哲也が無言で遠くのフェンスを指差した。



そこ闇に包み込まれていて、近づいていかないと何も見えない。



静は雨に濡れながらそっとそちらへ足をすすめる。



一体そこに誰がいるんだろう。



近づくにつれて自分の鼓動が早くなっていくのを感じる。



これから自分の代わりに死ぬ人と対面するのだ。



それは明日香か結か、豊か大河の誰かに違いない。



さすがに静の親友である美幸はいないはずだ。



美幸とはついさっきまで一緒にいたし、屋上へ呼び出されたなんて言っていなかった。



「ねぇ、どこにいるの?」



近づいてみても誰の姿も見えなくて、ただフェンスが立っているだけだ。



フェンスから少し身を乗り出して下を確認してみても、グラウンドに誰かが落ちたような形跡はない。



「とにかく殺せばいいんだろ?」



毅の声が後方から聞こえてきた次の瞬間、静の体が持ち上げられていた。



咄嗟のことで悲鳴も挙げられずに目を見開く。



「助ける方法までは聞いてなかったもんな」



続けて哲也がそう言い、毅を手伝って静の体をフェンスの向こうへと押しやる。



「やめて!!」



そこでようやく声が出た。



けれどそのときはもう静の体はふたりの手から離れていて、空中を舞っていた。



グラリと視界が反転して、頭から落下していく。



静の両手は虚しく空中を泳ぎ、次の瞬間にはグシャッ! と、自分の頭部が潰れる音を聞いていた。



毅と哲也は静が写真と同じように死んだのを確認して、何事もなかったかのように施設内へと戻っていったのだった。




静の過去


小学校時代、静と由香里のふたりは同じクラスメートとして仲が良かった。



最初は席が近くになったことでなんとなく会話するようになり、徐々に距離が縮まっていって休日はふたりで遊びに出かけることも多かった。



しかし、由香里は中学入学前に親の都合によって転校してしまった。



それから互いに新しい友人ができて、だんだんとその存在を忘れるようになってきた。



高校に入学してからも静が由香里を思い出すことはなかったのだけれど、2年生のある日転入生がやってきた。



それが由香里だったのだ。



驚いた静だったけれど、また小学生の頃のように楽しい日々が戻ってくるのだと思っていた。



けれど、そうはいかなかった。



由香里はイジメのターゲットになり、静はそれを止めることもできずに傍観していた。



「由香里ってほんとトロくさいよね」



美幸にそう言われると「だよねぇ」と相づちを打ってしまう。



最初はそんな自分を嫌だと感じていた静だったけれど、だんだんと感情が麻痺するようになってきた。



私も由香里ももう小学生ではない。



自分の身は自分で守らないといけない。

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