第21話

☆☆☆


「明日の朝までになんとかすればいいってことだよね」



美幸はどうにか静をなだめて自分たちの部屋に戻ってきていた。



静はさっきから泣き止まず、顔が真っ赤になっている。



「毅も哲也も自分の死を回避してる。きっと、助けてくれるって!」



結の話によれば死体写真と同じ死体を作れば助かるらしい。



それは昨日の哲也を見ていたも本当のことだとわかっていた。



それなら、今回だって同じようにすればいいだけだ。



「誰かを殺せっていうの!?」



静はまた叫ぶ。



殺すとすれば由香里だった。



けれど由香里はすでに死んでしまった。



おそらく、毅の死を回避するために殺されたんだ。



「だから、毅たちに助けを頼むんだよ。誰かを殺してもらおうよ!」



美幸からの提案に静は顔を上げた。



涙で滲んだ目を大きく見開いている。



「殺してくれるかな……?」



「交渉次第だと思う」



なにも得がないのに人殺しなんてするはずがない。



それ相応のものを渡さないといけない。



「私、お金とか持ってない」



静の視線が私物の荷物へとうつる。



中に入っているのはお菓子やドライヤーや化粧品などで、とても毅たちが動いてくれるとは思えないものばかりだ。



「あると、ひとつだけ」



美幸が真剣な表情で静を見つめる。



「え?」



首をかしげる静の、細くてしなやかな体を見つめる。



胸は大きく、ウエストはキュッとくびれていてそれを静も自慢にしている。



派手で遊んでいるように見える静だけれど、付き合った経験はほとんどない。



「嘘でしょ、なに考えてるの?」



静は自分の体を抱きしめて左右に激しく首をふる。



はじめてはちゃんと好きになった人と。



そう決めていた。



この人がいいと思わないと、一線を超えるようなことはしないと決めていた。



「死にたいの?」



美幸の言葉に全身に鳥肌が立つ。



死という単語がやけにリアルに鼓膜を揺るがし、次に恐怖心がつま先から這い上がってくるのがわかった。



明日の今頃には自分は死んでいる。



そう考えると今まで守ってきた貞操なんてどうでもよくなってきてしまう。



「行こう。それしかないよ」



美幸の言葉に静は頷くこともできずに、俯いたのだった。


☆☆☆


なんでもするから助けてほしい。



泣きながらふたりの部屋に訪れた静は自ら下着姿になって体を晒した。



これですべてが終わる。



だけど命だけは助かることができるのだと思うと複雑な気持ちだった。



毅や哲也は強い男だけど、その根性は腐っている。



イジメをする男なんて最低だ。



静は自分のしていることは棚にあげてそう思っていた。



そんな男たちに、自分から助けを求めることになるなんて……。



ふたりの手が自分の体を弄っている間、静はキツク目を閉じていた。



目の裏にあるのはふたりの姿ではなく、静がずっと思い描いてきた王子様だ。



今私に触れているのはあんたたちじゃない。



大好きな王子様なんだから。


☆☆☆


静がふたりの部屋から出てきたのは3時間後のことだった。



無理な体勢で長時間いたことで、体のあちこちが痛む。



すぐに逃げ込みたかったが、その気持を殺して浴室へと向かう。



死体写真が送られてくるようになってからお風呂はシャワーだけの日が続いている。



静は湯船にお湯をはりながらシャワーで体の汚れを流し始めた。



ふたりが触れた部分を丁寧にふいていく。



そこでようやく自分の体が小刻みに震えていることに気がついた。



自分の命のためとはいえ、好きでもない男2人と寝たのだ。



その事実が重たくのしかかってきて吐き気がこみ上げてくる。



何度かその場にえずいたものの、今日はロクに食事もとっていないのでなにも出てこなかった。



何度も何度も体を洗い、ようやく湯船に浸かると少しだけ心が和らぐ気がする。



「大丈夫。これで私は死なないんだから」



自分に言い聞かせるように静は呟いたのだった。


☆☆☆


自室に戻って布団に潜り込んだ静は美幸に起こされていた。



上半身を起こすとまたあちこちが傷んで顔をしかめる。



「静、お腹減ってない?」



美幸は寝込んでいる静におにぎりを作って持ってきてくれたみたいだ。



それを受け取りながら窓の外へ視線を向ける。



外は相変わらず雨が降り続いていて、付近の山が時々崩れる音が聞こえてくる。



小さい土砂崩れが起こっているみたいだ。



静はおにぎりを口に運んだもののはやり食べる気にならずに更に戻してしまう。



「大丈夫?」



美幸は自分がいい出したことで静が疲弊してしまっているのを見て責任を感じているようだ。



「大丈夫だよ。でも今はまだ、ちょっと……」



お茶だけ飲んで再び布団の中に潜り込む。



そこでふと今は何時だろうと考えた。



窓の外は天候のせいで常に薄暗くて時間はわからない。



布団から顔だけだして「今何時?」と、美幸に尋ねる。



美幸はスマホで時間を確認して「2時だよ」と答えた。



それって昼の2時ってことだよね?



そう聞く前に静は飛び起きていた。



驚いている美幸のスマホを覗き込む。



そこに表示されていたのはAM2時の文字。



それを見た瞬間すーっと血の気が引いていくのを感じた。



ふたりの相手をして疲れ果てた静は夜中まで眠ってしまっていたのだ。



静のタイムリミットまであと5時間ほどしか残されていない。



「誰か死んだ!?」



「え……まだ、だけど」



「どうして!? もう時間がないのに!」



「落ち着いてよ静。ちゃんとお願いしてきたんだよよ? それなら大丈夫だよ」



「でも……っ!!」



次に死ぬのは自分かもしれない。



そんな静にとっては気が気ではなかった。



どうして毅と哲也はすぐに動いてくれないんだろう。

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