第20話
匠の死体は写真を撮影され、哲也に届いたメールに送り返された。
これで死を回避した哲也は無言で食堂を後にしてしまった。
残されたメンバーはすでに動かなくなった匠を見下ろして呆然としていたり、すすり泣きをしていたりする。
結は心が壊れてしまったかのようにその場から動くことができなかった。
「とにかく、死体を食堂から動かさないと」
全員へ向けてそう言ったのは大河だった。
大河は目に涙を浮かべているものの、気丈に振る舞っている。
「そ、そうだよね」
結がようやく頷く。
いつの間にか毅が食堂からいなくなっていたけれど、残っているメンバーでどうにか運ぶことはできそうだ。
「死体に触るの!?」
悲鳴を上げたのは静だ。
真っ青な顔をした静はイヤイヤと左右に首を振っている。
「でも、このままじゃ教室も食堂も使えなくなる」
結の言葉にグッと奥歯を噛み締めて天井を見上げた。
みんなが集まる場所がどんどん失われていくことは避けたいけれど、自分は死体を運んだりしたくない。
それは全員が同じ気持ちだった。
「私は手伝う」
そう言ったのは明日香だ。
同じように豊も動き出した。
大河と結と明日香と豊。
4人もいればもう十分だった。
「あんたたちは手伝わなくていい」
明日香は残った美幸と静へ向けて鋭い視線を向けて言ったのだった。
☆☆☆
4人で教室へ死体を移動して食堂へ戻ってくると、血のついた床は綺麗に掃除されていた。
さすがに美幸と静のふたりもなにかしなければと思ったんだろう。
けれどもう食堂にいる気分ではなかった。
一刻も早く部屋に戻って横になりたい。
眠ることはできなくても、体を休めたかった。
明日香とふたりで部屋に戻るとどこか寒々しさを感じた。
人がひとり減った部屋の中はだだっ広く感じられる。
「明日には雨が止むのかな」
布団の中で明日香が呟く。
「きっと止むよ」
結は力強く答える。
この長雨が辞めばきっと自体は好転していくはずだ。
助けが来て、ここから連れ出してくれる。
その頃には死体写真だって届かなくなっている。
根拠のない期待が胸に膨らんでいく。
まるでこの悪夢を連れてきたのは天からの前の仕業だとでもいうように。
「死体写真、明日は誰に届くのかな?」
その質問に結は答えられなかった。
なんとなく、毎日誰かに届くのではないかという予感めいたものがある。
だけど、もう届かないと信じたい。
結は答える変わりに布団から手を伸ばして明日香の手を握りしめた。
少し冷たい明日香の手を暖かな結の手が包み込む。
「もう、寝よう」
そしてひとこと、そう言ったのだった。
☆☆☆
翌朝明日香と共に食堂へ向かうと、そこにはすでに残っている全員が集まっていて張り詰めた空気が漂っていた。
昨日の出来事の話でもしていたんだろうか?
結はそう思ったが静がスマホを握りしめて硬直しているのを見て、違うと理解した。
チラリと大河へ視線を向けると、大河は気まずそうに視線をそむけてしまう。
結はそっと静に近づいて手の中のスマホを確認した。
画面には写真が表示されていて、静が雨の中のグラウンドに倒れている。
手足は折れ曲がり、体のいたるところから血を流していることから、飛び降り自殺だとわかった。
結はそれを見た瞬間に顔をそむけて大きく息を吐き出した。
今度は静の番……。
心の中で呟き、悲痛な表情を浮かべる。
明日香はそれだけでなにが送られてきたのか理解したようで、静に近づこうとはしなかった。
「なんで私に届くの?」
立ち尽くしたままで静が呟く。
美幸が泣き出してしまいそうな顔で静に寄り添った。
「アドレスは全員消したんだよね? また、匠の仕業?」
匠はたしかにイジメられていたけれど、静は手出しをしていない。
女子のターゲットは由香里だったからだ。
その由香里はすでに死んでいるから、アドレスを登録し直すことは不可能だ。
匠のスマホに静のアドレスが残っていたとも考えにくい。
匠が死んだときに見たスマホには、アドレス登録件数が1だけだった。
匠はきっと、哲也のアドレスだけを登録し直している。
「なんで私に届くの!?」
返事のないクラスメートたちへ向けて静が叫ぶ。
それでも返事ができる生徒なんて1人もいない。
静は嗚咽を漏らしながらその場に座り込んでしまったのだった。
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