第17話

☆☆☆


【登録されているアドレスはありません】



スマホ画面に表示された文字に結は肩の力を抜いた。



友人、知人、企業などのアドレスはすべて削除された。



それだけで心にポッカリと穴が空いてしまったような気になって、ジッと画面を見つめる。



「大丈夫、またすぐに登録すればいいんだ」



大河が横からそっと声をかけてきた。



「うん。そうだよね」



大河のスマホ画面を覗いてみると、同じようにすべてのアドレスが削除されていた。



自分の番号が消されたと思うと、やっぱり胸が苦しくなる。



「でも、先生や由香里のスマホにも登録してあるよね?」



明日香が青い顔で誰にともなく呟く。



そうだ。



死んでいった人たちのスマホにも自分たちのアドレスが登録されている。



そのまま放置していたら、結局またメールが送られてくるかもしれない。



明日香の言葉に毅は軽く舌打ちをして「誰か、取ってきてくれ」と指示を出した。



しかし他のメンバーは顔を見合わせるだけですぐには動こうとしない。



部屋のどこかに置いてあるならいいけれど、死体のポケットを探らないといけなくなるかもしれないからだ。



黙り込んでしまったクラスメートたちにしびれを切らしたのか、哲也がガンッ! と椅子を蹴り上げた。



椅子は勢いよく倒れて大きな音が響く。



「俺たちは死体を運んだんだ。それくらいのことしてもいいんじゃねぇのかよ!?」



毅と哲也が死体を運ぶことになったのは、自分たちが由香里を殺したからだ。



結は内心でそう思ったけれど、とても言い返すことはできなかった。



仕方なく、他のクラスメートたちと一緒に先生と由香里のスマホを探すことになったのだった。


☆☆☆


「あいつら最低」



教室のビニールシートの前に立ち、明日香が呟く。



「仕方ないよ。自分が死ぬかもしれなかったんだから」



結は小さな声で返事をした。



そしてビニールシートを少しだけ持ち上げる。



空いた空間から腐臭が漂ってきて思わず顔をしかめる。



息を止めて右手をシートの中に突っ込んだ。



まず最初に触れたのは冷たい由香里の手だった。



触れた瞬間全身が粟立ち、指先が動かなくなる。



結はゴクリとツバを飲み込み、目を閉じて由香里の体をまさぐった。



由香里はジャージ姿で死んでいたため、まずは上着のポケットからだ。



上着の上からぽんぽんと叩くようにして確認するけれど、スマホが入っているようには感じられない。



次はズボンのポケットだ。



腕をぐっと伸ばしてズボンにふれる。



溺死させられるときに随分と暴れたのか、ズボンまで水でぐっしょりと濡れていて結を重たい気分にさせた。



先程と同じようにまずはズボンのポケットを上から叩いて確認してみる。



ここにもない。



逆側のポケットかもしれない。



ずっと目を閉じて確認しているものの、結の額にはじっとりと汗が滲んできていた。



こんなこと、早く終わらせてしまいたい。



息が詰まるような時間が過ぎて、逆側のポケットに硬いものが入って事に気がついた。



ハッと息を飲んで目をあける。



ポケットに手を突っ込んでみると、指先がすぐに由香里のスマホにぶち当たった。



「あった!」



思わず声に出して言い、スマホを引っ張り出すとすぐにシートを直した。



教室の外にでてようやく大きく深呼吸をする。



それでも腐臭が体にこびりついているような気がして、いつまでも気になっていたのだった。


☆☆☆


先生のスマホは美幸と静のふたりは部屋で見つけてきてくれていて、死者のスマホからアドレスを削除することに成功した。



とにかく、やれるだけのことはやった……。



食堂へ戻ってきた結たちは疲れた表情で椅子に座り込んでいた。



誰も、なにも言わない。



外からは際限なく雨音が聞こえてきていて、それだけでノイローゼになってしまいそうだ。



それからお腹が減った生徒だけで簡単に食事をとるなどして時間は過ぎていく。



そして通常なら夕飯の時間が過ぎたころだった。



不意に誰かのスマホが鳴り始める音がして、全員が顔を上げた。



一瞬にして固まる空気。



ピンッと張り詰めた緊張感。



「今の……誰?」



静の震える声に反応するように動いたのは哲也だった。



哲也は青ざめた顔でスマホを取り出し、それをテーブルの上に置いた。



結は弾かれたように立ち上がり、哲也のスマホを覗き込む。



他のクラスメートたちも近づいてきた。



画面には圏外の文字と、新しくメールを受信したマークが表示されている。



結はゴクリとつばを飲み込んだ。



また、圏外なのにメールが届いてる……!



青ざめた哲也が右手でスマホを握りしめる。



メールの内容を確認するのが怖いのか、そのままで動きを止めてしまった。



「俺が確認する」



哲也の横から毅がそう言い、少し乱暴にスマホを受け取る。



みんなの視線が毅へ移動したとき、メール画面が開かれた。



それには文章は書かれておらず、添付された写真だけがある。

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