第16話

「こいつは死にたがってた。だから殺してやったんだ」



毅はそう言うとトイレの床に倒れ込んだ由香里の死体を見下ろした。



由香里の手首には無数の傷跡が残っているけれど、それはすべて生きるために行ったものだと、誰もが理解していたはずだ。



本当に死にたいのなら、もっと深く傷をつける。



それでも結も明日香も毅の言い分になにも反論できなかった。



このメンバーの中で自分が生き残るために誰かを殺せと言われれば、自分もきっと由香里を狙うだろうと心のどこかで思っていたからだ。



呆然として由香里の死体を見つめていると、他の足音が聞こえてきて視線を向けた。



「由香里いた?」



その声は美幸だ。



毅がハッとしたように目を大きく見開き「いたけど、入ってくるな!」と、怒鳴った。



足音が女子トイレの手前で止まる。



「毅? どうして女子トイレにいるの?」



そう聞いたのは静だ。



ふたりで行動していたみたいだ。



「結と明日香の悲鳴を聞いて駆けつけたんだけど……由香里が自殺してた」



その言葉に結と明日香が目を身交わせた。



「自殺!?」



静の声が裏返っている。



「あぁ。死体を運び出さないといけないな……」



毅はそう呟きながら、結と明日香を睨みつけていたのだった。


☆☆☆


さすがに死体が残されたままではトイレを使うこともできないので、毅と哲也のふたりが由香里を教室へと移動させてくれた。



教室内のドアを開けると、分に尿の匂いと腐り始めた肉の匂いが鼻腔を刺激して吐き気がした。



どうにか先生の死体の隣に由香里を寝かせて、体育館倉庫から持ってきたビニールシートをかぶせた。



これで少しは腐臭が漏れ出すのも防げることだろう。



「ここに来てからはイジメてなかったのに」



食堂に椅子に力なく座って美幸が呟く。



林間学校へ来てからは由香里へのイジメはたしかになかった。



だけどそれは、ここへ来てすぐに先生へのメールが届いたからだ。



それがなければきっと今頃、由香里はひとりになっていただろう。



そう考えて結の視線は自然と匠へと移動していた。



匠は林間学校に参加しているものの、ほとんど口をきかない。



今だって、ひとりで部屋の隅の方に座ってじっと俯いている。



こんな状況なのにみんなと一緒にいなくても不安じゃないんだろうか?



そんな疑問が浮かんできたとき、毅と哲也のふたりが食堂へ戻ってきた。



死体を運んだだめ、シャワーを浴びてきたのだ。



髪の毛はまだ濡れている。



「頼みがあるんだ」



食堂へ入ってきて椅子に座ることもなく毅が面々を見つめて行った。



「頼み?」



美幸が聞き返す。



「俺のアドレスを消してくれ」



その言葉に結はまばたきをした。



アドレスを消す?



それはどうしてだろうと考えたが、すぐに思い当たることがあった。



あのメールだ。



死体写真はまず先生に送られてきた。



次に運転手さん。



そして毅の順番だ。



先生のアドレスには運転手さんのアドレスが入っていたかもしれない。



更に毅のアドレスも登録されていた可能性がある。



もしもとうろくされているアドレスの中からランダムに次の相手を選んでいるのだとすれば、アドレスを削除すればこの現象は止まる。



そう考えたみたいだ。



「それなら全員で消そう」



大河が立ち上がり、みんなへ向けて言った。



右手にはスマホを握りしめている。



「誰かのスマホにアドレスが残っていたら、またメールが届くかもしれない。だから、全員で消すんだ」



効果があるかどうかわからないけれど、やってみてもいいかもしれない。



前回死体写真が送られてきたときにはしなかった行動だ。



結は頷き、ポケットからスマホを取り出す。



相変わらず圏外になっているけれど時計代わりに持っていたのだ。



「スマホを取ってくる」



そう言って席を立ったのは豊だ。



それに続くようにして匠も早足に食堂を出ていく。



みんなの輪の中に入ることはなくても、一応話は聞いているみたいだ。



そして数分後。



全員の手にスマホが握られていた。



結のスマホ画面にはアドレス帳が表示されていて、すぐにでも全削除ができる状態にしてある。



今までスマホのアドレスをすべて消すなんて考えたこともなかったし、消すのだと思うと少しだけ胸が痛む。



だけど、今はそんなことを言っている暇はなかった。



「いくぞ」



哲也がクラスメートたちに視線を送る。



大河が大きく頷き、そして「いっせーの!」という掛け声と共に全員がスマホのアドレスを全削除したのだった。

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