第14話

また、被害者が出てしまうんだろうか。



重たい気持ちで女風呂から出て廊下を進む。



どこにも由香里の姿は見えなくて不安は募っていくばかりだ。



「由香里、いた?」



その声に振り向くと明日香が立っていた。



心配になって追いかけてきてくれたみたいだ。



結は暗い表情で左右に首をふる。



「体育館とかかな?」



「見てないのはそこくらいかな」



明日香の言葉に結は頷く。



あと確認していないのは、先生の死体がある教室と、運転手さんの死体がある部屋くらいだ。



「ちょっと待ってね、トイレに行きたい」



体育館へ向かう途中、明日香がそう言って道をそれた。



その先には男子トイレと女子トイレが並んである。



結は女子トイレの横の壁にもたれかかって明日香を待つことにした。



しかし、トイレに入った瞬間明日香の悲鳴が響き渡ってきたのだ。



「どうしたの!?」



慌ててトイレのドアを押し開けて中に入る。



そこには床に座り込んで震える明日香が、洗面台を指差していた。



顔面は蒼白で、口は金魚みたいにパクパクさせている。



「明日香?」



眉根を寄せながら明日香の指の先へと視線を移動させる。



その瞬間結は両手で自分の口を覆っていた。



そうしないと大きな悲鳴がほとばしってしまいそうだった。



そこには洗面台に体を寄りかかるようにして立っている由香里がいたのだ。



由香里の顔は水の溜まった洗面台の中へ突っ込まれていて、蛇口からは水が流れ出ている。



「由香里!?」



しばらく放心状態でその光景を見つめていた結だったが、ハッと我に返って声を上げた。



そして由香里の体を洗面台から引き離す。



由香里の体は完全に力を失っていてずっしりと重たく、そのまま一緒に倒れ込むようになってしまった。



どうにか由香里の体を横にして呼吸を確認しようとしたが……。



見開かれた白目。



力なく開いた口。



動かない胸を見ると死んでいることは一目瞭然だった。



洗面台には蓋がされていて、今でも水が流れ続けている。



殺された……!!



真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。



由香里の死に方はどう考えてもおかしい。



水のたまった洗面台に、誰かから顔を押し付けられている由香里の姿は安易に想像できるものだった。



そしてその誰かは……。



「黙ってろよ」



その言葉に結と明日香は同時に視線を向けた。



女子トイレの入り口に立っているのは毅と哲也のふたりだ。



結の体からすーっと血の気が引いていく。



「1年前にお前は呪いを回避してる。ってことはこれを同じことをしたってことだろ?」



毅からの質問に結は咄嗟に左右に首を振っていた。



「ち、違う! 私は……」



「事情はどうであれ、お前の代わりに死んだやつがいる。それは同じじゃないのか?」



被せられた言葉に結は黙り込んでしまった。



毅の言う通りだったからだ。



結の代わりに裕之は自分の命を経ったのだ。



「黙ってたって、どうせすぐにバレる」



明日香が小声でそう言ったけれど、それは誰の耳にも届かなかったのだった。




由香里の過去


由香里は飯沢高校に2年生の頃転入してきた生徒だった。



前の学校では成績もよく友人もたくさんいた。



そのため父親の転勤についていくと言う話になっても由香里はそれほど思いつめた様子を見せていなかった。



新しい学校でもきっとすぐに友達ができる。



そう思っていたし、成績のいい由香里の転入試験はすぐにパスした。



「ごめんな、お父さんの都合に突き合わせて」



引越し先へ向かう車の中で父親は運転しながら何度も同じことを口にした。



「大丈夫だって! どんな学校か楽しみ!」



由香里は笑顔でそう答えた。



知らない土地で暮らすことは不安もあるけれど、半分以上が楽しみなことだらけだった。



新しい友人に行ったことのない遊び場。



それに素敵な男の子だっているかもしれない。



由香里の想像が大きく膨らむばかりで、そんな由香里を見て両親も安心して居た様子だった。



だけど、いざ転入してみるとことはそう簡単には運ばないということがわかっていた。



「はじめまして! よろしくお願いします!」



元気よく挨拶する由香里に、クラスメートになった2年E組の生徒たちはみんな拍手で迎えてくれた。



教室後方に座っている少し派手なグループの子たちもみんな笑顔で、良さそうなクラスだというのが第一印象だった。



それなのに……。



休憩時間になり、由香里に声をかけてくる生徒は誰もいなかった。



由香里から声をかけようとしても、すでにできているグループに入るのははやり難しい。



それでも由香里は諦めなかった。



元気に挨拶していれば、人当たりよくしていればきっと友達ができるはず。



成績のいい由香里は先生からほめられることも多く、それは自身にもつながっていた。



「転校生のくせに調子乗ってるよね」



そんなことを言われているとも知らずに、由香里は毎日笑顔を絶やさなかった。



「友達もできてないくせにニヤニヤして、気持ち悪い」



成績がいいことの嫉妬から始まり、友人ができなくても前向きに明るいことへの批判が始まってしまったのだ。



その陰口は由香里の知らないところであっという間に広まっていき、気がつけばE組の中で由香里と仲良く会話する生徒は誰もいなくなってしまった。



由香里はそれが自分の前向きな性格のせいだとは感じていなかった。



ただ、まだクラスに馴染めていないだけ。



もう少し時間がたてば、きっと仲のいい友達ができる。



「あいつ、まだそんな風に考えててバカじゃないの?」



一ヶ月も経過すると由香里のプラス思考はうとましさを通り越して、悪意を生むようになってしまった。



そして、事件が起きた。



それは2年生の修学旅行前のことだった。



E組で修学旅行費が集められ、それは女子生徒である生徒会長が管理して先生へ提出するものだった。



合計で200万円ほどに上る大金だ。



生徒会長はそれを自分のカバンの中に入れて、職員室へと持っていく予定にしていた。



茶封筒をそのまま持って移動したのでは、危ないからだ。



もし落としてしまったら200万円を紛失したことになってしまう。

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