第11話

☆☆☆


重たい扉を開くと、そこには学校よりも一回り小さな体育館が姿を現す。



窓はないが四方の壁から激しい雨粒の音が響いてきている。



体育館の電気をつけると、オレンジ色の優しい色に照らし出されて結はホッと息を吐き出した。



体育館の奥にはこれまた一回り小さな倉庫があり、その中には体育に使う道具よりも施設内で執拗になる道具の方が多く詰め込まれている。



雪かきシャベル、電気のこぎり、ホウキにちりとり。



その中にロール状に巻かれてロープでくくられているビニールシートを見つけた。



シートはかなり大きなもののようで、ふたりで来たことは正解だったようだ。



「ロープ……」



シートにくくりつけられているロープを見てつい呟いてしまう。



先生の首に巻き付いたロープも、きっとここから来たんだろう。



ひとりでに、ヘビのようにうねりながら。



その光景を思い出して結は強く身震いをした。



「早く戻ろう。廊下が通れなくなるかもしれない」



大河に言われて結は無理やりあのときの悲惨な光景を頭の中から排除したのだった。


☆☆☆


結と大河がシートを持って戻ってきたとき、合羽を来た明日香と豊の姿があった。



「明日香!?」



結は慌ててふたりに駆け寄る。



大河は毅と手分けをして窓を塞ぎ始めた。



明日香は結を見ると青い顔をして左右に首を振った。



その反応に結の心に絶望感が広がっていく。



「門の前に倒れている木のせいで、施設の敷地内から出ることもできなかったの」



「フェンスは?」



フェンスをよじ登ればどうにかなるんじゃないかと、結は密かに考えていたのだ。



しかし、それも明日香と豊はやってみたと言う。



「野生動物が入り込まないように、フェンスの高さは5メートルくらいあったの。一番上は有刺鉄線になってて、とても向こう側には行けなかった」



「そんな……」



5メートルの高さから落ちればひとたまりもない。



それで明日香と豊のふたりはすぐに断念して戻ってきたみたいだ。



下山するという希望が消え去り、膝から崩れ落ちてしまいそうになる。



「こっちは大丈夫そうだ」



大河の声に振り向くと、割れた窓はシートで覆われていた。



ガムテープを何十にも使って頑丈になっている。



「とにかくさ、もう一度死体写真について聞かせてくれる?」



静が小さな声でそう言ったのだった。



脱出することができなかった10人は再び食堂へ戻ってきていた。



それぞれ椅子に座り、みんなが結の方へ視線を向けている。



1年前に起こった出来事を、結はまたみんなに説明していた。



呪いのメールであること。



死体写真が届けば24時間以内に死ぬこと。



呪いの根源にたどり着いたものの、呪いを解くことはできなかったこと……。



「じゃあ俺たちはどうすりゃいいんだよ」



話を聞いていた哲也が吐き捨てるように呟く。



それはただの呟きだったけれど、結は責められているような気持ちになって俯いた。



すべて1年前に解決できていれば、今回のようなことはなかっただろう。



「ごめんなさい。私たちが、終わらせなかったから」



「別に結のせいじゃない。呪いに巻き込まれて、ここまで生き残ってるんだからすごいことだよ」



大河がすぐに助け舟を出す。



「解決方法は自分たちで探すしかないのかな。ねぇ、もっとなにかヒントはないの?」



美幸に聞かれて咄嗟に頭に浮かんだのは回避する方法だった。



チラリと大河へ視線を向けると、大河は真剣な表情で左右に首を振った。



「……ごめん、わからない」



今はまだ言わないほうがいい。



そう受け取って結は左右に首を振った。



「呪いメールは不特定多数の人物に届くんだよな? ってことは、もう俺たちには届かないかもしれないってことでもある」



大河ができるだけ明るい声で言う。



結は同意するために頷いた。



ただひとつ懸念材料として残っているのは、前回メールが届いたのは同年代の子たちだけだったのが、今回は先生や運転手さんにまで及んでいるということだ。



これは呪いが強くなっているとしか考えられない出来事だった。



「届かないからいいけどよぉ……」



毅が怪訝な顔でそう言ったときだった。



どこからか不意にスマホが鳴る音が聞こえてきて全員が息を飲んだ。



「なんだ?」



ポケットに手を突っ込んだのは毅本人だ。



「メール?」



画面を確認して首をかしげる。



「え? なんで?」



疑問を口にしたのは美幸だ。



そう、ここには電波がないから、メールが届くはずがないんだ。



しかし毅はそんなこと忘れてしまっているのだろう。



届いたメールを不審に感じることもなく、開いてしまったのだ。



そして、そのまま硬直する。



毅の顔は見る見る白く染まっていき、そして力の抜けた手からスマホが落下した。



音を立てて床に落ちたスマホに結が震える。



まさか、そんな。



メールが必ず自分たちに届くとは限らない。



そう言ったばかりなのに……。



毅のスマホを取り上げたのは隣に座っていた哲也だ。



画面を見て険しい表情を浮かべている。



「毅が溺死してる」



その一言で結の体から体温が消えていくのがわかった。

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