第10話
☆☆☆
結と大河と哲也の3人は教室を出て運転手さん宿泊している部屋へ向かっていた。
他のメンバーはパニック状態だったり、腰が抜けていたりして動ける状態ではなかった。
「運転手さん、いますか?」
結が部屋のノックをして声をかける。
けれど中から返事は聞こえてこない。
夕飯を一緒に食べてから運転手さんはすぐに部屋に戻ってきているはずだ。
「入りますよ?」
そう言ってドアを空けたのは大河だった。
部屋は6場の和室で、真ん中に布団が引いてある。
布団の中央は人ひとりぶんの膨らみがあって、その中で眠っているのがわかった。
「おい、起きてくれよ! 大変なことになったんだ!」
哲也がずかずかと部屋の中に踏み込んで布団越しに運転手さんの体を揺する。
しかし布団の中から反応はない。
よほどぐっすり眠っているんだろうか。
「先生が死んだんだ! 助けてくれよ!」
言いながら毅が布団をめくった、その瞬間。
視界の半分が赤く染まった。
運転手さんが横になっている布団は赤く染まり、鉄の匂いがツンッと鼻腔を刺激したのだ。
なにが起こっているのか一瞬理解できなかった。
横になった運転手さんから呼吸音は聞こえてきていなくて、布団は血まみれで、そして……布団の端の方に手首が落ちていたのだ。
「うっ!」
切断された手首を見つけた瞬間結は手で口を覆った。
なにも食べていないのに吐き気がこみ上げてくる。
運転手さんの体がゴロンッと転がったかと思うと、その両手がなくなっていることに気がついた。
「なんだよこれぇ! どうなってんだよ!!」
悲鳴を上げながら哲也は飛び退る。
大河も唖然として言葉もでない様子だ。
結は必死に吐き気をこらえながら、運転手さんに送られてきていた写真を思い出していた。
あの写真と、今の死に様は全く同じだった。
☆☆☆
教室に戻るとみんなは廊下に出てきていた。
さすがに先生の死体がある中で待っていることはできなかったみたいだ。
明日香は泣きじゃくり、美幸と静はガタガタと震えて身を寄せ合っている。
運転手さんもあの写真のように死んでいたことを説明すると、全員の空気が重たくなった。
ほんの数分でふたりの大人が死んでしまった事実が重たくのしかかってくる。
張り詰めた空気の中で大河だ「とにかく、ここから出ないと」と呟く。
「出るって、どうやってだよ?」
哲也が大河を睨みつけて聞く。
外はまだ嵐が続いているし、今はもう暗くなっている。
今から山を下るなんて無理な話だった。
「明日の朝になってからだ。バスが停まっている広場まででることができれば、誰かに連絡が取れるかもしれない」
バスにはバス会社に通じる無線があるはずだ。
大河の言葉に結は頷いた。
「朝まで死体と一緒にいるつもり!?」
明日香が泣きじゃくりながら叫ぶ。
先生の死体も運転手さんの死体も、誰も触れられないまま放置されている。
先生の死体は糞尿を垂れ流しているから、異臭が強かった。
「そんなこと言ってもどうしようもないだろ?」
大河がなだめるように言うけれど、明日香はイヤイヤと左右に首をふる。
一刻でも早くこの施設から出たいんだろう。
だけど、今施設から出て下山するほうが命取りになることは、さすがにみんなわかっていた。
「わかった。それなら一度俺と一緒に外へ出てみよう。それで、下山できるかどうか確認すればいい」
そう提案したのは豊だった。
明日香の肩に手を置いて言い聞かせている。
「ダメそうならすぐに引き返すから、心配しないで」
とにかく明日香を納得させることにしたようだ。
結は不安な眼差しでふたりが合羽を着て施設を出ていくのを見守ったのだった。
☆☆☆
豊と明日香がもし下山に成功すれば、きっと助けを呼んでくれる。
下山に成功する可能性は低いものの、少しだけ期待が生まれた気がした。
残された結たち7人は食堂へ集まってきていた。
さすがに先生の死体が転がっている教室で待機する気分にはなれない。
けれどみんなも心のどこかで先生の死体をあのままにしているわけにはいかないと、考えているはずだった。
食堂内には重たい沈黙が立ち込めていて、誰もなにも話さなかった。
時折涙をぬぐうような音が聞こえてくるけれど、それは由香里のものだった。
口数の少ない由香里だけれど、内心がおだやかでないことは明白だ。
重苦しい時間が10分ほど過ぎたとき、突然外の風が強くなった音が聞こえ始めた。
食堂の窓をバシバシと叩く雨風に結は体を固くする。
明日香と豊は大丈夫かな。
今、どこを歩いているんだろう。
そんな不安が脳裏をよぎったときだった。
突然廊下の方からバリンッ! とガラスが割れる大きな音が聞こえてきたのだ。
結は思わず小さく悲鳴を上げるけれど、その声は豪雨によってかきけされた。
7人は顔を見合わせたあと、最初に毅が立ち上がって廊下へ出た。
なんとなく1人残されることが嫌で、6人はそれについて食堂を出る。
すると教室の向かい側の窓ガラスが突風によって割れて散乱しているのがわかった。
割れた窓から雨と風、とばされてきた葉っぱなどが容赦なく入り込んでくる。
「このままじゃまずい。体育館になにかあるかもしれない」
早口に言ったのは大河だ。
最初の日に施設を案内されたとき、1階の奥は体育館になっていた。
そこに様々な道具も置かれていたのだ。
「確かビニールシートがあったよね。ガムテープがあれば、それで補修できる」
結が記憶をたぐりながら誰にともなく伝える。
「それじゃ俺たちはビニールシートを持って来よう」
大河はそう言うと自然な流れて結の手を掴んだ。
その感触に一瞬驚くものの、結は黙って大河とともに体育館へと向かったのだった。
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