第6話
☆☆☆
それから結は何度も先生と運転手に死体写真についての説明をした。
けれどふたりともなにを言っても信じてくれない。
実際に犠牲者がいるのだと言うと、先生からは「死んだ人間をそんな嘘に使うな」と怒り出してしまい、更に結の言葉を聞いてくれなくなってしまっていた。
「どうして信じてくれないの……」
こんな話誰も信じてくれないと思っていた。
だから前回のときもほとんど他人に説明してこなかったのだ。
でも、実際に誰も自分の言葉を信じてくれないのがこんなにつらいことだとは思わなかった。
今日の夕方には死んでしまう人がふたりもいるというのに、自分はなにもできない。
その無力感から、結は勉強をさぼって部屋に閉じこもっていた。
どうせみんなだってこの悪天候で勉強には身が入っていないはずだ。
こんな状況で予定通り勉強を行うという方が無理がある。
大粒の雨は相変わらず窓に激しく叩きつけられていて、今にも窓ガラスが割れてしまいそうだ。
施設の裏にはすぐに山が呼びえ立っているため、いつ土砂崩れが起こっても不思議ではない。
結が窓から外の様子を眺めているとノックの音が聞こえてきた。
とっさに身構えるようにしてドアを見つめる。
「誰?」
「俺だけど」
その声に結の体温が少しだけ上昇する。
今の声は大河だ。
結は立ち上がり、ドアを開ける。
そこには心配そうな表情の大河が立っていた。
「体調でも悪い? 大丈夫?」
全然勉強に参加していない結を心配して様子を見に来てくれたみたいだ。
結の胸に嬉しさが広がっていく。
「うん。ちょっと……」
どう説明していいかわからずに俯いてしまう。
10人の中で相談しやすいのは大河だけれど、大河を巻き込んでしまいたくないという気持ちもある。
「なにかあった? もしかして、あのメールのこと?」
そう聞かれて結の心臓はドクンッと跳ねる。
嫌な汗が背中を流れてきて、呼吸が浅くなってくる。
そんな結の変化にすぐに気がついた大河が「大丈夫?」と、腕をつかんできた。
「ちょっと体調が悪いだけ」
答えながら結は畳の上に座り込んでしまった。
すでに終わったと思っていた悪夢が再び始まったのだ。
こんなに追い詰められることは他にはない。
「顔が真っ青だ。布団に横になった方がいい」
大河が布団を敷いてくれようとするのを、結は止めた。
それよりも今は話を聞いて欲しい。
誰にも信用されないかもしれないけれど、このままじゃ今夜死人が出てしまうのだから。
結は勇気を出して1年前の出来事について大河へ説明し始めた。
死体写真が送られてきた人は24時間以内に同じ死に方をすること。
回避方法についてはさすがに喉の奥に言葉がつっかえて出てこなかった。
写真と同じ死体を作るなんて、言えない。
「そうか、そんなことがあったのか」
大河は途中で話の腰を折ることもなく最後まで真剣に結に話しに耳を傾けてくれていた。
結は話ながら今までの辛い経験を思い出して、知らない間に涙をこぼしていた。
「だから、先生や運転手さんもきっと……!」
ボロボロと涙をながしながら大河の腕にすがりつく。
どうにかして回避しないといけないが、どうすればいいかわからない。
この中で誰かを殺すなんて、できっこない!
「わかった。その話を信じるよ」
「え……」
大河の優しい声に思わず目を見開いてしまう。
涙はピタリと止まった。
「今までひとりで抱え込んで辛かったろう?」
大河は結の頭を優しく撫でる。
そのぬくもりに裕之のぬくもりを思い出してしまい、また涙がにじむ。
結は涙を手の甲で拭うと大きく頷いた。
「私の話を信じてくれるの?」
「もちろん。結がこんな嘘をつく理由がないだろ?」
結はうんうんと何度も頷いた。
泣きながら荒唐無稽な話をする自分を、こんなにもすんなり受け入れてくれる大河に、気持ちが暖かくなっていく。
「でも、この件に関しては俺たちふたりだけじゃどうにもならなそうだな」
大河はそう言いながら立ち上がる。
「どうするの?」
「とにかく、みんなに説明する。意見を出し合えばなにかいい解決策が出るかもしれないから」
☆☆☆
大河に促されるようにして結は教室へと向かっていた。
少し目元が赤くなった結を見て明日香がなにか言いたそうな表情を浮かべたけれど、結局なにも言わなかった。
「ちょっと、みんなに聞いてほしい話があるんだ」
教卓の前に立って大河が全員に声をかける。
教科書やノートを出しているものの、雑談ばかりしていたらしい生徒たちはすぐにこちらへ視線を向けてくれた。
「結から大切な話がある」
大河に背中を押されて結は小さく頷いた。
みんなの前で死体写真のことを説明するのは勇気がいったけれど、隣に大河がいてくれるから大丈夫だ。
「みんな、昨日先生のスマホに変な写真が送られてきていることは知っているよね?」
結の言葉にみんなが頷く。
「あ~、運転手さんにも送られてきたやつね?」
美幸の言葉に結は頷く。
「そう。時間はふたりとも同じだった。あのメールを私は『死体写真』って呼んでる」
「そのまんまかよ」
笑ったのは毅だった。
だけど他のみんなは笑わずに真剣な表情で結の次の言葉を待っている。
これなら最後までちゃんと説明できそうだ。
結は再び口を開いた。
「あのメールは1年前に、私にも送られてきていたことがあるの」
さすがにこのカミングアウトには少し教室内がざわめいた。
みんなには教えていなかったことだから、当然の反応だと思う。
結はざわめきが収まるのを待ってから、話を続ける。
「1年前、私の友達や彼氏が死んだことは知ってるよね?」
これに関しては同じ学校なのだから情報を持っているはずだ。
案の定、みんなコクリと頷いている。
「彼らには、今回と同じ死体写真が送られてきていたの」
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