第5話

☆☆☆


それから朝7時になるまで部屋で待機していた結だけれど、やることはなかった。



外は大荒れだし、部屋にはテレビもなにも置かれていない。



一瞬暇つぶしに持ってきたトランプの存在を思い出したけれど、壁際に座ってじっと俯いている由香里が相手をしてくれるとは思えなかった。



自分も大河に会いに行こうか。



ふとそんな思いがよぎって慌てて左右に首を振る。



大河は優しいけれど、別に付き合っているわけじゃない。



こんな時に部屋に行ってもきっと迷惑なだけだ。



そうなると堂々と豊に会いに行くことができる明日香が羨ましく感じられる。



不安なときに恋人がいれば、きっといくらか心が安らぐだろう。



そう考えたとき、由香里が身じろぎをしたのが目の端で見えた。



さすがに沈黙が長いし、なにか話しかけてみようか。



視線を由香里へ向けると、座っていることに疲れたのか畳の上に寝転がっている。



長袖の袖口が少しめくれあがり、そこに赤い筋がいくつも走っているのが見えた。



え……。



一瞬結の心臓がドクンッと跳ねて体温が急上昇する。



見てはいけないものを見てしまった気がしてとっさに視線を外した。



今の傷って、リストカットだよね……?



手首に走った傷口はかさぶたになってぷっくりと浮かび上がっている。



それは由香里の悲鳴で、由香里の涙で、由香里の苦しみで、それでも生きていきたいという、由香里の願いだった。



そういうものが全部つまった刻印だった。



由香里がイジメられていることは知っているけれど、それがどれほどのものなのかはわからない。



きっと、クラスメートには見えないところで、想像できないようなイジメが行われているんだろう。



結はドクドクと早鐘を打つ自分の心臓を鎮めるために、そっと窓の外へ視線を移動させたのだった。



もう1人の犠牲者


7時になるまでに座ったまま少し眠ってしまったようだ。



目を覚ました結は真っ先に豪雨の音を聞いた。



天候は相変わらず悪く、さっきよりも更に激しさを増しているような気がする。



雷の音もひっきりなしに響き渡り、いつ近場に落雷するか恐怖が湧き上がってくる。



由香里は一応結が目覚めるのを待ってくれていたようで、部屋の入口付近に立っていた。



一瞬由香里のリストカットの痕を思い出してたじごいだけれど、結は笑顔を浮かべた。



「行こうか」



由香里を誘って二人で部屋を出て、1階へ向かう。



玄関扉は固く閉ざされているものの、風で時折ガタガタと大きな音を立てている。



電気はついているはずなのに窓の外からの明かりがないから、夕方のような薄暗さが週医を包み込んでいる。



食堂への通路を並んで歩いていると、男子たちが集まっているのが見えた。



「それ、やばいんじゃねぇの?」



哲也のそんな声が聞こえてきて結と由香里は立ち止まった。



なにをしているのだろうと背伸びして確認してみると、男子たちに囲まれるようにして通路の真ん中に立っていたのは運転手の男性だ。



運転手さんの手にはスマホが握りしめられていて、その顔は青白く光に照らされている。



「どうしたの?」



結が声をかけると振り向いたのは大河だった。



大河は顔をしかめて「先生に届いたメールと同じようなものが届いたらしいんだ。変なイタズラだよな」と説明する。



その瞬間結の顔色が変わった。



大河を押しのけて輪の中へ入ると、少し強引に運転手さんの持っているスマホを確認した。



そこに写っていたのは手首が切断され、その断面から大量の血を流して倒れている運転手さんの写真だったのだ。



結はヒッと短く悲鳴を上げてあとずさりをする。



今は先生に写真が届いているところなのに、どうして運転手さんにまで!?



1年前の出来事を思い出してみても、不特定多数の人に同時に死体写真が送られてくるようなことはなかった。



それなのに……!



そこまで考えて結はメマイを感じた。



もしも死体写真にかけられている呪いが1年経過したことにより強くなっていたら?



死体写真で死んでいった人たちの魂が、強く宿るようになっていたとしたら?



可能性はゼロじゃない。



この死体写真を恨みながら死んで行った人たちの無念が集まってしまい、より強い呪いに変化してしまったのかも。



「これ、いつ届いたんですか?」



そう聞いたのは大河だった。



結は大河の言葉でハッと我に返ることができた。



「昨日の夜。夕飯の後くらいかな」



先生と同時刻だ。



ということは、今日の19時くらいにふたりの犠牲が出るかもしれないということだ。



結は全身が冷たくなっていくのを感じた。



ここへきて一気にふたりに届くなんて。



「どうしてすぐに教えてくれなかったんですか!?」



結は思わず責めるような口調になってしまう。



運転手さんは結の剣幕にたじろぎながらも「昨日は気が付かなかったんだ。スマホは電波がなくて触ってなかったから」と答えた。



最もなことだった。



電波がなければ使うことができないスマホを細かく確認することはない。



それで、今になって妙なメールが送られてきていることに気がついたんだ。



結は大きくため息を吐き出した。



これからどうするべきか……。



そう考えたときに外に雷鳴が轟いた。



すぐ近くに落ちたようでバリバリと激しい音が鼓膜をつんざく。



結たちはとっさに身を縮めてやり過ごす。



「今のは近いぞ」



運転手さんはそう呟くと、自分の運命を知ることもなく慌てて確認へ向かったのだった。

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