第13話 本心
「それにしても、何度も言うようだけど、姉さんって、ほんとすごいよ。私なんかじゃ絶対に分からないもん」
「lua、私も何度も言うようだけれど、これはあくまでもひとつの解釈よ」
そう言いながら、私は目を伏せた。
すごい? 私が? いいえ、それはちがう。ちがうのよ、lua。私はそんな人間じゃない。
さっき妹に言われた「本当の私」という言葉が、私の心に急に重くのしかかっていた。なんだか後ろめたかった。
私には、妹に打ち明けていないことが一つだけあった。それは、『モナ・リザ』を壁に飾った本当の理由。そしてそれは、今の私にとって、ある意味切実な問題でもあった。
「姉さんがさっき印刷した2枚の『モナ・リザ』、これもらってもいい?」
「別にいいけど、どうするの?」
「私も姉さんみたいに額縁に入れて部屋の壁に飾るの。ただし私の場合はこんな感じでね」
そう言って妹は、例の“謎の物体”が現れる位置まで、2枚の『モナ・リザ』を相互に少しだけずらしてみせた。
「ちょっと私の部屋に戻って額縁をとってくるわ。だいぶ前だけど、父さんが買っておいてくれたものがまだあったと思う」
そう言うと妹は私の部屋を出で行った。私は、絵のコンクールで頻繁に賞をもらっていた妹のために、父親が、賞状を入れておく額縁を何枚かまとめて買っていたのを思い出した。
私は、壁にかかった『モナ・リザ』の方に向き直った。
私にとって切実な問題、それは、“人を愛する”こと自体が私にはとても難しいということ。もっとはっきり言えば、私は、“愛”というものについてかなり限定的にしか、いいや、もしかするとほとんど何も知らないかもしれないということだ。
身内はともかく、そもそも私の苦手としている人たちや私のことを良く思っていない人たちを愛する自信は少なくとも今の私にはない。恋愛にしてみても、相手のことを真剣に想えば想うほど、ほんのちょっとした誤解で猜疑心や葛藤がうずまいて、それが長引けば苦痛となり、ひいてはどうしようもない孤独感に苛まされることさえある。そうしていつも疲れ果てて途中でやめてしまう。逆に愛される側に立たされても、今度はなぜか急に怖くなって逃げだしてしまう。
これまでの私は、愛する場合も、愛される場合もすべてが中途半端。luaの前では“愛”についてあんなに偉そうに語っていたのに、結局のところ、本当の私は“愛”というものについて、そのすばらしさについてほとんど何も知らないのだ。
さっき私は、妹に、『モナ・リザ』を見ていて感じることについて、愛の存在を気づかせてくれるものと言い直した。それは、大きな嘘をつきたくなかったからだ。私があの絵をみて感じること、それは、愛のすばらしさ、たとえその片鱗だけでも、私にもわかるときがいつか訪れるかも、そんな予感めいたものを、それだけをかすかに感じているに過ぎない。
私が『モナ・リザ』を壁に飾った本当の理由、それは、愛についてまだほとんど知らない自分を戒めようとしたことに他ならない。
再び私は、壁の『モナ・リザ』をみた。
レオナルドはどうだったのだろう? どういう気持ちであの絵を描き続きていたのだろう。
こんな見事な絵を描くぐらいだから、大きくて優しい愛で満たされ、その意味を十分に理解していたのかもしれない。でも、もし、彼もまた今の私のように思い悩み、それを求め続けていたのだとしたら……そんな思いが、拠り所を求めるように私の中を彷徨っていた。
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