第22話
最初にターゲットになったのはイオリをイジメていた中心人物だったという。
その生徒が死んだ後、スマホのアドレスに入っていた番号に次々と同じメールが送られてきた。
そのどれもがイジメに深く関与していた生徒たちばかりだったため、ランはこれがイオリの言っていた呪いのメールだと確信したのだと言う。
しかし、今では全く無関係の人間にまで送られてくるようになっている。
「最初に呪いだと気がついたときに、どうして回避方法を伝えなかったんだよ! そうすれば、ここまでの被害者はでなかったかもしれないだろ!」
「できなかったの!」
裕之のど号をかき消す声だった。
一瞬辺りが騒然となる。
コンビニから出てきた客が何事かと足を止めてこちらへ視線を投げかけて、またあるき始める。
「呪いの回避する方法は1つしかない。届いたメールに返信をすること」
ランの声が静に響く。
私は無言で次の言葉を待った。
「メールで返信できる条件も、ただ1つ。自分に届いた死体写真と同じ死体を作り、それを撮影して、添付すること」
空いた口が塞がらなかった。
呪いを回避する方法はわかったが、本当だろうか?
死体写真と同じ死体をつくる。
そしてその写真を撮影し、添付して送り返す……。
「はっ」
いつの間にか呼吸を止めていたようで、ようやく吐き出すことができた。
隣では裕之がポカンと口を開けて突っ立っている。
頭の中が真っ白になってうまく働いていない様子だ。
私も同じ気分だった。
呪いを回避するために、犠牲者を出す。
それじゃあメールが止まらない限り、死者の人数は一切変わらないということだ。
だからネット上にも悪魔でないとできないことだと、書かれていたのだ。
「自分は呪いから逃げることができる。だけど他に犠牲者が出る。イオリはそんな呪いを作って死んだんだよ」
最低、最悪の呪い……。
☆☆☆
翌日、学校へ来たのは呪いのメールを受け取った生徒がいないかどうか確認するためだった。
アコ、和に続いて加菜子まで死んでしまった教室内は静まり返り、誰も私語をしていなかった。
みんな神妙な面持ちでうつむき、なにが起こっているのか怯えているようだ。
3人の机に飾られた花を診るとチクリと胸が傷んだ。
結局誰も助けることができなかった。
あれだけ一生懸命生きようとしていたのに……。
下唇を噛み締めたとき、後方で教室のドアの開閉音が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは裕之だった。
裕之は私を見た瞬間小さく頷く。
そして手招きをした。
なにかあったのだろう。
私はすぐに席を立って裕之とともに廊下へ出た。
「どうしたの?」
人の少ない廊下の済まで移動してきて、ようやく口を開いた。
裕之は青ざめていてなかなか話を始めようとしない。
代わりに大きく深呼吸をして、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
それだけで裕之が言おうとしていることが理解できて、息を飲む。
うそだ。
そんな、まさか……!
「今朝、俺のところにも来た」
簡潔に説明してスマホ画面にメールを表示させる。
メールに本文はなく、不吉な写真が添付されているだけだった。
なんで呪いのメールが裕之にまで!?
今まで散々調べてきたからその答えは知っているはずなのに、思わず問いかけねばならなかった。
裕之は何も関係ないはずだ。
殺すのなら、○○高校のイジメに加担した生徒たちのはずだ。
それなのに!
メールはランダムにターゲットを選ぶ。
最初こそ一番にくい相手に届いたかも知れないが、その後はイオリとは関係のない人たちの間に広がっていった。
それはイオリが意味なくイジメられたことと関係している。
理不尽な仕打ちをイオリはこの呪いにかけたのだ。
写真の中で裕之は車にはねられた後のようで、道路に倒れて血まみれになっている。
見ているのもしんどくなるような写真だった。
「ごめんな結。先に、俺にメールが届いて」
諦めたような声色にハッとして顔をあげた。
裕之は青ざめているが、かすかに微笑んでいる。
「な、なに言ってるの? 絶対に助かるから!」
裕之の腕を両手で掴んで叫ぶように言う。
しかし裕之は左右に首を振る。
まるですべてを諦めているかのような態度に胸が締め付けられる。
「呪いを解くためには、この写真と同じ死体を作らないといけない。そんなことできないだろ」
諭すような声でそう言われてはなにも言い返すことができなくなってしまった。
裕之を助けるために、他の誰かを犠牲にする。
そんな悪魔の所業が自分にできるとはとても思えなかった。
私は裕之を掴んでいた手のちからをそっと緩めた。
強く握りしめすぎていたようで、制服にシワがついてしまっていた。
「タイムリミットは?」
「明日の朝まで」
このぬくもりが明日の朝にはなくなってしまうなんて。
この優しさが、もうすぐ消えてしまうなんて。
考えるだけで胸が張り裂けてしまいそうだ。
どれだけ叫んでも叫びたりない。
どうして神様は私達にこんなにも理不尽な仕打ちをするのだろうかと、神を呪った。
「今日はずっと一緒にいて」
裕之の胸に自分の頬を押し付けて、そう呟いたのだった。
☆☆☆
早退した私達ふたりはそのまま裕之の家に来ていた。
両親は仕事ででかけていて、家には誰の姿もない。
裕之の部屋に入るのは初めてではなかったが、ブルーのシーツをかけているベッドがやけに大きく感じられた。
私はクッションの上に座るのではなく、そのままベッドの端に腰をおろした。
そんな私を見て裕之がカバンを投げ出すと、隣に座ってきた。
体がしっかりと密着する距離感にドキドキするけれど、同時に泣きそうにもなった。
初めての経験がこんな風になるなんて思ってもいなかった。
私と裕之がこれから先もずっと一緒にいる。
そう信じて疑わなかった。
裕之のぬくもりを素肌で感じながら、裕之の息遣いに自分の呼吸を合わせる。
裕之の背中に少し爪を立ててしまったのは、甘い痛みを我慢するためだけじゃない。
自分の証をここに刻み込んでおきたかったからだ。
何度も何度も、野獣のように肌を重ねているうちにだんだんと頭の中が白く霞んでくる。
そのまま泥に沈み込んでいくように、ふたりして手をつなぎ、眠りにおちた。
この瞬間だけは恐怖が消え去り、何者にも邪魔をされない幸せな時間を共有していた……。
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