第21話

なにも見ていない状態なのに少し気にしすぎたみたいだ。



私は自分に苦笑いをしてまた足を踏み出した。



304号室に医師が入っていったのは他の患者さんを診るために違いない。



加菜子はきっと目を覚ましているはずだ。



真っ白い扉を前にして足がすくむ。



ここを開けてしめば現実を直視しないといけなくなる。



そう思うとなかなか手を伸ばすことができない。



鼓動は早くなり、じっとりと手のひらに汗が滲んでくる。



恐る恐るドアノブに手をかけて、そっとひいた。



立て付けのいいドアはお供なくスッと開く。



素の向こうには白い世界が広がっていた。



白いカーテンがひかれていてその中で医師と看護師がなにか動き回っているのがわかる。



私はゴクリとツバを飲み込んで一歩足を踏み入れた。



大部屋だと思っていたそこはふたり部屋だったようで、奥では寝息を立てている老婆の姿がみえた。



と、いうことは……。



カーテンがしかれている手前のベッドへ視線が向かう。



加菜子が眠っているのはこちらのベッドで間違いない。



そしてそこでは今医師たちが慌ただしく動いている。



また、鼓動が早まった。



加菜子は助かったんじゃないの?



恐怖の元凶は断ち切ったんじゃなかったの?



そんな思いがグルグルと頭の中を支配する。



「どこで発見した?」



「トイレの洗面台です。水をためて、そこに顔をつけていました」



医師の質問に、看護師が早口で答える。



ゾクリと全身が寒くなった。



もう一歩も動けない。



加菜子は川から引き上げられた後、目を覚ましたのだ。



命は助かった。



それなのに自ら病院で溺死するような行動を移している。



よほど深刻な状態なのか医師はさっきから人工呼吸を繰り返しているようだ。



「ダメだ。AED!」



医師が叫び、隣で眠っていた老婆が目を覚ました。



看護師が慌ただしく病室を出ていく。



カーテンが開いた瞬間、加菜子の蒼白顔がみえた。



唇は紫色で、目の下は黒ずんでいる。



呼吸をしているのかどうかの判別はつかなかったが、その顔は写真で見た死体とそっくりそのままだった……。



墓参りなんて意味がなかった。



手を合わせただけではイオリの呪いを解くことはできなかった。



翌日おこならわれ加菜子の葬儀には出席せずに、私と裕之は再び隣町へ来ていた。



「毎日毎日、よく来るね」



コンビニの駐車場でそう言って笑ったのはランだった。



今日は学校へ行くつもりがあるみたいで、制服を着ている。



「加菜子が死んだ」



裕之の言葉にランの表情が一瞬硬直した。



そして「へぇ」と、短く息を吐き出すようにつぶやく。



視線は空へと向いていた。



「昨日お墓参りに行ったけど、それじゃ意味がなかったの。呪いのメールはまだ止まらない」



「……そっか。そうかもしれないね。たったそれだけで解けるような呪い、イオリはかけないかもね」



それはほとんど独り言だった。



ランも驚いてはいるようだけれど、半分はこうなることを予期していたようにも見える。



「俺たちはこれからどうすればいい? 回避する方法があるんだろ!?」



裕之に腕を掴まれてランが顔をしかめた。



つい、力が入ってしまうのもわかる。



次は自分の番かもしれないのだから。



家にいても死ぬ。



学校にいても死ぬ。



病院にいても死ぬ。



それなら私達はどうすればいいのだろう。



「まさか、そんなことはないと思ってたの。信じてなかった。でも……」



ランがぶつぶつとよくわからない言葉をつなぐ。



それは私達に言っているわけではなく、自分の中でなにかの整理をつけようとしているかのように感じ取れた。



「あなた、イオリと一番の親友だったんでしょう? それなら、なにか知ってるんじゃないの!?」



私もつい力が入ってしまう。



怒鳴ってもどうしようもないと頭では理解しているのに、行動が伴わない。



それほどの恐怖が常に付きとってきている。



「少し前にネットで見たんだ。回避する方法は悪魔じゃないとできないって書いてあった。その意味がわかるか?」



裕之の言葉にランはあからさまな動揺を見せた。



手を振り払い目を泳がせる。



少し呼吸も荒くなった気がした。



そして私達から数歩後ずさりをする。



そのまま逃げられるかと思ったが、ランはそこで足を止めて視線を戻した。



「イオリは死ぬ前に私に連絡してきたの」



思い出すように言葉を絞りだす。



今までのランとは別人のように泣き出してしまいそうな顔をしている。



「そのときに言ってた。呪いのメールのこと。回避方法を私にだけ伝えておくこと……」



だけど、本当にそんなものができるなんて思っていなかった。



どれからイオリがひどい目にあっていたって、呪いなんて存在しないと。



だからランはそれを話半分に聞き流した。



ただイオリが自殺してしまうかもしれないという懸念があったため、念の為に自分の両親に相談をした。



両親がイオリの両親に連絡を取るまではよかったが、そのときすでにイオリは家を出ていなかったらしい。



時刻は夜の10時頃だった。



女子高生が1人で出歩くには危険な時間だ。



イオリの両親とランの両親は手分けをしてイオリを探した。



ランも一緒に探しに行きたかったけれど、危ないからと家に残された。



その間、ランは何度もイオリに連絡を取ろうとしたのだが、結局電話がつながることもメッセージに既読がつくこともなかった。



学校でイオリの死体が発見されたのは、それから1時間後のことだったらしい。



イオリはわざわざ夜の校舎に忍び込んで、自分のクラスから飛び降り自殺をした。



それが意味していることは、もう聞かなくても理解できた。



「イオリは死んで、イジメも消えて、それで終わりだと思ったの。でも違った。イオリが言っていた呪いは本当に出現したの」



それが今年に入ってからだと言う。



それまでは平穏に暮らしていたクラスメートたちのもとに突然死体写真が送られてくるようになった。

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