第19話
ドリンクバーは飲めば飲むほどお得になるので、全然グラスの中身が減らないのを見て不思議そうにしている。
普段は私達だってどれだけ飲めるかを勝負のようにして競うけれど、今はそんな気分になれなかった。
「同級生はもうちろん。先輩も後輩も彼女にフリーメールでメールを送ってた」
「なんでそこまで嫌われたの?」
私からの質問にランは目を大きく見開いた。
「イジメをするのに理由なんているの?」
見開いた目をパチパチとまばたきさせて聞いてくる。
確かに、イジメに理由なんてないときもある。
だけど、なにもないにしてはやりすぎじゃないだろうか。
「ただ、ターゲットになっただけだよ。呪いのメールと同じでしょう?」
そう言われて背筋が寒くなった。
ただ、ターゲットにされただけ。
それは死んでしまった彼女が生前受けた仕打ちを同じだったのだ。
理由なんてない。
ただアドレスに入っていたから、選ばれただけ。
「彼女最後には鬱になっちゃってさ、学校に来ていてもずーっとひとりでブツブツなにか呟いてて、時々ニヤァと笑ってさ。さすがに気持ちが悪くって、直接ちょっかいを出すような生徒はいなくなったんだよね。だけど遅かったよ。何百人という人間が送ってくるイジメメールのせいで、完全におかしくなっちゃった」
「それで、自殺を?」
聞いたのは裕之だった。
ランはこっくりとうなづく。
「そのときに彼女、きっと自分のメールアドレスに強い呪いをかけたんだね。今まで自分にメールを送ってきた人間たちに一矢を報いるためにさ」
そうして、呪いのメールは完成した。
彼女が受けたようにフリーメールを使い、不特定多数の人間に死体写真を送るようになった。
「それにさ、イジメはメールだけじゃなかったとも聞いてる」
ふと思い出したようにランがつぶやく。
その目は窓の外を見つめていた。
外では学生やサラリーマンが行き来していて、せわしない。
「ときどき、呼び出しのメールも来てたんだって。それに従わないと翌日覆面をかぶった生徒たちが家にやってきて、ひどい目に合わされる。メールに従って呼び出し場所へ行ってもやっぱり覆面をかぶったやつらが待ってたって。ただ、従った場合は軽症で済んでたらしいんだよね。
嘘か本当かわからないけどさ。でも本当だったらメールを無視できないから、届いた全部を確認するようになるでしょう? 見たくもない誹謗中傷のメールを全部読むしかなかったってことだよね」
それが本当だとすれば巧妙なやり口だと思う。
メールで呼び出して、従えば軽症。
従わなければ重症。
彼女は軽症ですませるためにどれだけの罵倒メールを呼んできたのだろう。
もしかしたら呼び出しメールとは、彼女にすべてのメールを読ませるために始まったことなのかもしれない。
話を聞く度に胸糞が悪くなってくる。
「自殺した子の呪いだとすれば、どうすれば開放されるんだ?」
問題はそこだった。
呪いの根源はわかったから、それを取り除かないといけない。
一瞬悪魔祓いや除霊師と行った言葉が浮かんできたけれど、知り合いにそんな人はいないし、すぐに動いてくれるともわからない。
加菜子のタイムリミットはすぐそこまあで迫ってきているのだ。
「それはわからない。だけど、彼女のお墓なら知ってる」
ランがそう言いながらスマホを操作してなにかを表示させた。
「死んだのは石橋イオリ。お墓まで連れて行こうか?」
そう言ってスマホ画面を見せてくる。
画面に表示されていたのは、アコの葬儀のときに見たあの隣街の少女だった……。
☆☆☆
信じられないかもしれないけれど、写真の少女をアコの葬儀で見たことがある。
お墓までの道のりでそう説明するとランは目を見開いて嬉しそうに笑った。
「そっか。自分の呪いがついに隣町の飯沢高校にまで広がったから、それを確認してたのかな」
ランの声色は終始楽しげで、なんだか複雑な気分になる。
どうしてランはこの話をするときにこんなに元気そうなんだろう。
「ねぇ、ランの友達も沢山死んだんだよね?」
「うん、そうだね」
ランはなんでもないように頷く。
「呪いのせいだったんだよね?」
「そうだよ。だけどイオリは生きた人間のせいで死んだ。それが、なに?」
急に強い声音に変わり、ランの表情が険しくなる。
「……もしかしてランの一番の親友はイオリだった?」
裕之が気がついたように聞く。
ランは険しい表情のまま頷いた。
「そうだよ。イオリが一番の親友だった。相談にもよく乗ってた。私だけは絶対にイオリを守るって決めてた」
でも……。
と、一旦口ごもる。
「いつもどおりイオリから相談を聞いてたときに、偶然他の生徒に聞かれてたの。人の気配がして振り向いたけれど、そこにはもう誰もいなくて……。その日のうちに相談内容がイオリのメールに送られてきたみたいで、次の日からイオリは私に相談することもなくなった」
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