第18話
加菜子を病院まで見送った私達2人はそのまま裕之の家に来ていた。
ズブ濡れの状態ではどこへも行けないし、私ももう少し動きやすい格好になりたかった。
「結も一旦家に戻るか?」
「そうだね」
裕之の家にいて会話したのはそれだけだった。
好きな人の部屋の中に居ても色気なんて少しもない。
ふたりとも心は疲弊していて、つい最近前関係を進めようと淡い期待をしていたことなんて、すっかり忘れてしまっていた。
「どれだけ調べても意味がないかもしれないけど……」
着替えを終えてファミレスに来た私達はまたスマホで都市伝説について調べていた。
今までも随分と調べてきて成果はほとんどなかったけれど、今の時代情報は次から次へと生まれては消えていく。
調べ物を怠ることはできなかった。
呪いのメールの回避方法はもちろん。
ターゲットの選ばれ方や死に方に法則があるのではないか?
それがなにかのヒントにならないか?
そう思い、ふたりで黙々と検索していたとき、ふと気になるSNSを見つけた。
それはとある女子高校背のSNSのようで、毎日鬱々としたつぶやきを投稿している。
それだけならよくいる地雷系女子のSNSのだと思うのだけれど、呪いの儀式や悪魔、怨霊などについても沢山のつぶやきがされていた。
元々そういうダークなものが好きなのかも知れない。
ただプロフィールに書かれている○○高校2年生という文章が気になった。
もしこれが本当だとすれば、この子は呪いのメールを詳しく知っているかもしれないんだ。
それを見つけた瞬間心臓がドクンッと高鳴った。
ついに前進できる可能性を見つけたのだ。
裕之とともに額を寄せて画面をスクロールしていく。
○○高校の2年生だと言っているこの子は様々な都市伝説を投稿しており、その中にお目当ての呪いのメールについても書かれていることがわかった。
投稿時間は1時間前。
スマホの時計では今7時になっているから、ちょうど私達がバタバタしているときに投稿されたものらしい。
そして、このつぶやきについてはまだ誰も気がついておらず、削除されていないのだ。
《私の学校何人の生徒が死ぬんだろう。……なぁんてね、きっとあの子の呪いだから》
思わせぶりな投稿。
すでに何人も死んでいるような言葉。
私と裕之は目を身交わせた。
「この子と連絡を取ってみる?」
「そうだな。なにか知ってそうだよな」
仮に高校生を装った変な人が来ても、裕之がいるなら安心だ。
今は加菜子の命を一刻も争っているのだし、そんなこと気にしていられない。
私はSNSのダイレクトメッセージを送るボタンをタップしたのだった。
☆☆☆
こんなに朝早くから動き回ることがなんて、小学校の夏休みでラジオ体操をしたとき以来かもしれない。
SNSの女子高生、ランとはすぐに連絡がついた。
今すぐに会えないからと伝えてみると、今日は学校があるけれど、そっちの方が面白そう。という返事をもらった。
こちらのことを少しも警戒していないようだけれど、大丈夫だろうか。
一抹の不安を感じながらも約束した隣街のファミレスに到着した。
それをランに伝えると《私もすぐに到着する》と返事があった。
ものの5分もしない内に私服姿の女の子がファミレス内に入ってきて、伝えておいた窓際の席へとやってきた。
「はじめまして、ランです」
白いTがシャツにジーンズ姿の少女を見てひとまず胸をなでおろす。
変なオヤジが女子高生になりきって投稿していたわけではなかったようだ。
「私は結。こっちは裕之だよ。隣町の飯沢高校2年生です」
同い年と言えど初対面で、少し緊張する。
「私に連絡してきたってことは、あなたたちにメールが届いた?」
ドリンクバーで炭酸飲料を入れてきたランは一気にそれを半分ほど飲み干して聞いてきた。
「いや、俺たちじゃない。だけど、友達に送られてきてる」
「そっか。じゃあ時間の問題だね」
ランはどこか楽しげに言う。
まるで遊びの予定を立てる子供みたいな無邪気な顔に、眉間にシワを寄せた。
「私の友達にもメールが届いたよ。予言どおり、24時間以内に死んだ。何人も犠牲者がでているけれど、大人たちはどうにか隠そうと躍起になって情報を削除していってる」
「やっぱりそうなんだ? ネットで調べてもほとんどなにもでてこないの!」
思わず身を乗り出していた。
ランはくすくすと笑って頷く。
「なんの情報も出てこないのは呪いが本物だからだよ。大人たちが必死にもみ消そうとしてるから」
「呪いについてなにか知ってるなら教えてほしい」
裕之が懇願するような声色で言った。
ランは「もちろん」と、軽く頷いた。
さっきから思っていたけれど、この子と私達の温度には随分と差があるみたいだ。
ランのまわりでも沢山の人がこのメールのせいで死んだはずなのに、少しも悲しみを感じられなかった。
「あのメールの送り主を私は知ってるの」
「えっ」
突然の爆撃をくらった気分だった。
まさかそこまで大きなことを知っているとは思ってもいなかった。
「それって誰!?」
裕之の声も興奮していて、どうにか押さえているのがわかった。
「もうこの世にはいないの。同じ学校に通ってた子なんだけど、1年前に死んだ」
死んだ……。
薄々感づいていたことだった。
メールを送りつけてくる相手はすでに死んでいる。
あのメール自体が、この世のものではないということ。
「その子は学校でイジメられてたの。とくにメールを使ったイジメがひどかった。
今どきみんなメッセージアプリを使うでしょう? だけどそれじゃすぐに相手を特定されてしまうから、みんなわざとフリーアドレスを取得して、彼女にイタズラメールを送りつけてたの」
それは昼夜問わず、授業中だろうとテスト中だろうと送られてきていたらしい。
内容もひどいもので、『死ね』『殺す』は当たり前。
ときには彼女が体育の授業で着替えをしているときの写真が添付されていたようだ。
「どれだけひどいメールが送られてきても相手が誰だかわからない。教室内ではみんな優しくて仲がいいから、他のクラスや学年の生徒がやっているんじゃないかとも考えたみたい」
だけど、同じクラスじゃないと知り得ない情報までが送られてきた。
誰かに相談すればそれがすぐにメールに書かれて送られてくる。
それで相手を詰め寄ってみれば、なにも知らない。誰かに話を聞かれていたんじゃないかと本気で言う。
もう、彼女は誰を信用していいかわからなくなった。
1ヶ月ほどメールが続いた後の彼女は無口になり、つねにひと目を気にしてこそこそと行動するようになった。
明るかった性格も様変わりして、笑い声を出すこともなくなった。
それを見た生徒たちは更に面白がり、彼女を『幽霊』『死神』と呼ぶようになった。
メールでもそのあだ名は使われていて、廊下で歩いている間に何度もそう呼ばれて振り向いた。
しかし、振り向いても誰が自分を幽霊と呼んだのかわからない。
確かに聞こえていたのに、振り向けば誰もこちらを向いてはいない。
みんな廊下で数人の和になっておしゃべりに興じている。
「もちろん、それもわざとやられてたんだけどね。1人が彼女に声をかけて、すぐに友達と無関係の話題で盛り上がるの。たぶん、それくらいのことなら同級生のほとんどがやってたんだと思う」
「同級生のほとんど? その子って、一体何人からイジメられてたんだ?」
裕之が口を挟んだ。
さっきから聞いていれば気になるところだった。
「何人? 何十人でも少ないくらいだよ?」
ランはズズズッと炭酸飲料を飲み干して、今度は冷たい紅茶を入れてきた。
「あなたたちは飲まないの?」
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