第16話
目が画面に首づけになり、小刻みに震え始める。
私と裕之はすぐに加菜子のスマホを確認した。
そこにはメールが届いていた。
登録されていないアドレスで、なにかが一枚添付されている。
まだ開かれていないそれに私は加菜子を見つめた。
「いや、やめて……」
添付ファイルを開いてほしくないと左右に首を振る。
だけど、これを見ないわけにはいかない。
もし加菜子にも呪いメールが届いてしまっていたとすれば、タイムリミットは24時間以内ということになる。
「ごめん加菜子。フィアルを開くね」
ひとこと言って添付ファイルをタップする。
その写真はなんの躊躇もなくすぐに表示された。
見た瞬間息を飲む。
裕之も言葉を失い、視線をそらせた。
スマホの中で加菜子が死んでいる。
全身が水に濡れて信じられないほど白い肌になり、そして目は固く閉ざされている。
これだけだと眠っているように見える。
死んでいるようになんて、とてもみえなかった。
「なにが送られてきてたの?」
加菜子に聞かれても返事ができなかった。
本人に見せていいものかどうかわからず、時間が停止してしまったように動けなくなる。
加菜子のスマホを握りしめたまま硬直していると、加菜子にスマホをとられてしまった。
画面を確認して息を飲む。
大きな目にジワジワと涙が滲んでくるのがみえた。
「加菜子」
そっと手をのばすが「触らないで!」と、はねのけられてしまった。
「なんで私に来るの……」
スマホを両手で握りしめて嗚咽を漏らす。
死体写真が送られてくるのはランダムだ。
次は自分かもしれない。
私は泣きじゃくる加菜子へかける言葉もなく、ただ呆然と立ち尽くしていたのだった。
☆☆☆
その日、私は加菜子の家に泊まることにした。
呪いの力は24時間だから、その間には水に近づかないことに決めた。
今日はお風呂も我慢だ。
24時間を超えれば呪いの力は消えるはずだから、それまで部屋からも出ないようにする。
トイレのときだけは、私が付きそうことになった。
トイレは水を使う場所だから、本当は行ってほしくないのだけれど、さすがにそういうわけにはいかない。
「加菜子の両親がいないのは都合がよかったね」
ひとつの部屋に並べて布団をしいて、私の右側に加菜子が横になっていた。
電気はすでに消していてオレンジ色の常夜灯だけが光っている。
「そうだね」
加菜子の返事は短い。
どのタイミングで自分が死んでしまうかわからない状況だから、無理もなかった。
取り乱して暴れたりしないだけ、私も安心だ。
「眠れない?」
時刻はすでに夜中の1時を過ぎている。
普段ならとっくに眠っている時間帯だけれど、隣の加菜子は目を開いて天井を見上げていた。
まるで、天井から悪いものが来るかもしれないと見張っているように見える。
布団から右手を出して加菜子の左手を握りしめた。
ふわりとして柔らかな手のひら。
少し冷たくて心地いい。
加菜子の視線がこちらへ向いた。
その瞳は揺れて、涙をためている。
上を向いていなければ溢れ落ちてしまいそうだったのかもしれない。
「大丈夫だよ加菜子。ずっとこうして手をつないでいよう」
手をつないで眠れば相手がいなくなったときに気がつくことができる。
例えば加菜子がどこかへ行こうとしていても、止めることができる。
「うん……ありがとう」
加菜子のか細い声が薄暗い室内に響いたのだった。
いつの間に眠ってしまったのか気が付かなかった。
加菜子が寝返りをうったことで目を覚ました私は窓から差し込む朝日に大きくため息を吐き出した。
朝がきた。
隣では加菜子が寝息を立てている。
ベッドのサイドテーブルに置かれた置き時計を確認すると、まだ朝の6時前であることがわかった。
とりあえずくらい夜を抜けることができてまた安堵のため息が漏れる。
まだ24時間は経過していないけれど、夜を越えたことは大きかった。
これから先は和もこちらへ合流してくれる予定だ。
ふたりで加菜子を守るのだ。
隣から聞こえてくる心地よさそうな寝息に私ももう少し眠ろうと目を閉じる。
そしてうとうとしかけたときだった。
階下でガチャッと玄関の鍵を開閉するような音が聞こえてきて意識が覚醒した。
続けて家の中を歩く足音が響く。
目を開けると隣の加菜子も物音に気がついて目を覚ましていた。
「もしかしたらお母さんかも」
病院で夜勤をしている母親が思っていたよりも早く帰ってきた。
そう言って布団を出る加菜子の後に続いた。
母親が帰ってきているのなら、挨拶くらいはしておかないといけない。
加菜子に続いて階段を降りていくと、玄関に今まではなかった女性ものの運動靴が脱がれていた。
それは左右バラバラな方向をむき、片方はひっくりかえっている。
まるで小学生が大慌てで靴をぬいで家に上がり込んだときのようだ。
けれどその靴のサイズは大人もので、少しだけ違和感を覚えた。
もしかして加菜子の母親は体調不良で帰ってきたのかも知れない。
靴を整えることもしんどいのかも。
そう思いながらリビングへ入ると、ソファに座る加菜子の母親の姿があった。
前に1度、体育祭のときに会ったことがある。
加菜子と同じように少しふくよかな体型で、ニコニコと笑顔の耐えない優しそうな人だった。
今目の前にいるのは間違いなく加菜子の母親だ。
体型も以前見たときと変わっていないし、雰囲気も同じ。
「お母さん、もう帰ったの?」
加菜子に話しかけられた母親が笑顔で振り向いた。
そして無言のまま立ち上がる。
顔は笑顔だけれど笑っていないと瞬時に感じ取った。
加菜子の母親から感じる視線は背筋を凍らせるほどに冷たかったからだ。
そんな異変に感づいたのか、加菜子が数歩後ずさりをした。
「こんなところでなにをしているの?」
それは感情のこもらない機械的な声だった。
「ご、ごめんなさい! 勝手に上がり込んで泊まってしまって」
私に対しての言葉だと受け取ったため、咄嗟にそう返事をして頭を下げる。
加菜子の母親に呪いメールの話なんてしても信じてもらえないだろうから、ここはひたすら謝るしかない。
そう思っていたのだが……。
ターゲットになっていたのは加菜子だった。
「あんた、どうして学校行ってないの!?」
優しい笑顔をたたえたまま、母親が加菜子の髪の毛を鷲掴みにした。
加菜子が痛みで顔をしかめる。
「いつまで家にいるつもりなの!?」
「痛いよお母さん!」
加菜子は必死に母親の手を振り払おうとしているけれど、ビクともしない。
「早く学校へ行きなさい!」
加菜子の髪の毛を掴んだまま大股でリビングを出て玄関へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ投稿時間になっていません!」
慌てて止めに入るけれど、空いている方の手で突き飛ばされてしまった。
それは信じられないほどの力で、私の体は廊下の端へとふっとばされた。
背中を強打して一瞬呼吸ができなくなる。
目の前が真っ白になりそうなのをどうにかこらえて、立ち上がった。
玄関が開かれて、加菜子が無理やり外へ連れ出されるところだった。
「待って!!」
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