第15話
☆☆☆
翌日裕之から連絡があったのは朝7時を回ったところだった。
ようやく起き出して顔を洗ったところだった私は裕之からの電話に飛びついた。
『和がいないんだ! そっちに行ってないか!?』
電話に出た瞬間飛び込んできた裕之の怒号にスマホを耳から遠ざける。
「どうしたの?」
『今起きたら和がいないんだよ!』
相当慌てているようで、息が切れている。
今も家中を探し回っているのか扉を乱暴に開けたり閉めたりする音が聞こえてきた。
「わかった。こっちには来てないけど、すぐに一緒に探すから!」
一瞬にして目が覚めた。
全身に冷水を浴びせられたような不快感を覚えながら、私は家を飛び出したのだった。
☆☆☆
制服にも着替えず、カバンも持たずに飛び出した私が到着したのは学校だった。
途中で加菜子にも連絡を入れて3人合流して和を探したが見つからない。
どれだけ電話をしても通じない。
和が行きそうな場所はすべて探した。
そしてたどり着いた場所だった。
校舎内はまだ電気も灯っていなくて薄暗いが、数人の先生と警備員の姿はあった。
「学校に和が来ていれば、きっと誰かが気がついてるはずだよ」
きゅっきゅっとゴムの足音を立てて3人で教室へ向かう中、加菜子が言った。
そうだ。
きっと誰かが和の存在に気がついて声をかけたり、引き止めたりしているはずだ。
そう自分に言い聞かせるが、階段を1段上がる度に嫌な汗が吹き出してくる。
和は裕之と同じ部屋で眠っていたという。
しかし、裕之が全く気が付かない内にいなくなっていたのだ。
先生たちが和の存在に気がつくことができたのかどうか、怪しい。
見慣れた自分たちの教室にたどり着いたけれど、ドアを開ける勇気がでなかった。
ここを開けて中の様子を見てしまえばすべてが現実になる。
今ならまだ悪い夢だったと引き返すことができるんじゃないだろうか。
躊躇している私の前に出て裕之がドアに手を伸ばした。
その手は躊躇することなくドアを開け放つ。
途端に眩しい光を感じて目を細めた。
昨日先生がカーテンを閉めていなかったようで、太陽光が降り注いでいる。
秋の柔らかな光の中に揺らめく影があった。
影が右へ左へと揺れて、その揺れはだんだん小さくなっていく。
揺れる度にギッギッときしんでいたロープの遠も小さくなり、やがて完全に停止した。
音が止まるまでの時間はたった数十秒ほどだったと思う。
けれどそれは永遠のように長く感じる時間だった。
「和!!」
音が止まると同時に裕之が駆け出した。
太いカーテンレールからぶら下がった和の体に抱きつくようにして助けようとしている。
私と加菜子もそれに続いたが、和の伸びた首を見た瞬間遅かったのだと気がついた。
ロープの揺れは和が最後まで抵抗していた証だったのかもしれない。
伸び切った首に、口からは臓器が飛び出し、床には糞尿が溜まって異臭を放っている。
その濁った水たまりに足を踏み入れても裕之は少しも気にかけることなく、和の名前を呼び続けていたのだった。
☆☆☆
どうして和とアコが自殺してしまったのか。
その真相がわからないまま、教室内は騒然としていた。
だけど和のアコへの気持ちはクラス内でも薄々感づかれていたようで、それが関係しているのではないかと、囁かれるようになっていた。
「呪いを回避する方法は全部消されてるのか」
和の死を目の当たりにしてようやく呪いと真正面から向き合う覚悟を決めた裕之が、本を開いて呟いた。
以前来た市立図書館で、隣町の新聞記事に目を通しているところだった。
そこには不審死した若い子たちの情報が少しながら乗っている。
「呪いを成就させようとしてる人がいるって考えるのが妥当だよね」
私はつぶやく。
呪いのメールを途中で止めたくない誰かが、呪いの手伝いをしているようにしかみえない。
だけどその一部分だけ『メールを送り返すことができれば回避できる』というところが出回ってしまったのだ。
「普通に返信してもダメだったってことは、なにか文字を打つとかかな」
裕之が顎に指先を当てて考え込む。
「それか、写真かもしれないね」
加菜子の言葉に私は「写真?」と、聞き返した。
「そう。だって相手からのメールも本文はなくて写真だけ添付されてるよね? それなら、こっちも写真だけ送り返せばいいのかも」
なるほど。
仮にそうだとしても、一体なんの写真を送り返せばいいのかわからない。
やはり推測が途中で止まってしまう。
「それで検索してみようか」
ふと新聞から顔をあげて裕之がつぶやく。
「え?」
「今まで呪いの回避方法や死体写真についてしか調べてないんだろ? それなら今度は一歩踏み入って、メールの内容で検索してみよう」
言いながらすでにスマホを取り出して検索を始めている。
呪いのメール 回避方法 メール内容。
そんなことで出てくるのかと懸念していたが、数件がヒットした。
思わず腰を上げて裕之のスマホ画面を覗き込む。
どれもこれも削除されてしまったと思っていたけれど、追いつかなかったか見落とされたものが残っていたみたいだ。
「死体写真からメールが届いても回避方法はある。だけどそれは悪魔にしかできないこと。人間ができることじゃない」
SNSに書き込まれた文章を加菜子が読み上げる。
「悪魔にしかできないこと?」
私はチラリと裕之へ視線を向けた。
裕之も私と同じように文章を汲み取るために眉間に深いシワを寄せている。
「悪魔を呼び出して呪いを打ち消してもらうとか?」
加菜子が言ったが、それには返事をしなかった。
呪いがあるなら悪魔だって存在するかもしれないが、それはあまりにも荒唐無稽すぎる。
悪魔召喚なんて、私達にできるとも思えない。
せっかく見つけたヒントだと思ったけれど、表現があやふやすぎて理解できない。
「ここに『人間にできることじゃない』って書いてあるよな。ってことは、メールを送り返すときになにかをするってことじゃないか?」
「そうかもしれないけど、結局なにをすればいいかわからないし、人間にできないことってなんだろう」
調べれば調べるほどにわからなくなる。
捜査が暗礁に乗り上げようとした、そのときだった。
加菜子のスマホがカバンの中で震え始めた。
今は図書館にいるからマナーモードしているので、ブーッブーッと低い音だけが聞こえてくる。
「なんか、嫌な音だね」
加菜子がつぶやく。
今まではどうってことのなかったスマホのバイブ音が、呪いメールを知ったときから気になる存在になっている。
「大丈夫だよ加菜子」
加菜子の肩を叩き、加菜子がカバンに手をのばす。
「嘘、なんで」
スマホ画面を見た瞬間加菜子が青ざめた。
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