第14話

途端にその場に跳ね上がる。



冷たい手は死神に撫でられたような感触がしたが、振り向いてみるとそこには裕之が立っていた。



「裕之……」



ホッと胸をなでおろすと、裕之が怪訝そうな表情をしてきた。



「なんだよそんなにビックリして」



そう言って和と加菜子へも視線を向ける。



ふたりとも青ざめて黙り込んでしまっている。



「ごめんね、なんでもない」



そう返事をするだけで精一杯だった。



ついに和にも呪いのメールが来てしまった。



これから先自分たちはどうするべきだろうかと、頭がいっぱいだ。



「なんかお前たち様子がおかしいぞ?」



そう言って裕之は和のスマホを覗き込んだ。



止めようと思ったが、一瞬遅くて裕之の表情が曇る。



「俺にも来たんだ。呪いのメールが」



「なんだよこれ。こんなイタズラ誰がしたんだよ!」



裕之が声を荒げるが、誰も返事をしなかった。



こんなイタズラ、誰もしていないからだ。



「裕之、これはやっぱり呪いのメールなの。私達、隣町でのことを調べてて、メールが届いてから死んだ子をふたりも見つけて――」



説明している間に裕之は和のスマホを奪い取っていた。



「なにすんだよ!」



和が取り返す暇もなく、なにか操作をしてしまった。



画面からはメールが削除されて、跡形もなく消えている。



「なにするの! メールに返信することができれば、死なずにすむかもしれなかったのに!」



加菜子が叫ぶ。



「メールに返信? たったそれだけで助かるような呪い、全然怖くないだろ?」



裕之が加菜子をにらみつける。



そのとき、違和感が胸を刺激した。



裕之はどうしてこうも呪いのメールの存在を否定するんだろう。



信じられない出来事だとしても、噂を知っていたのは裕之のはずなのに。



「裕之、もしかして呪いのメールについてなにか知ってるんじゃないの?」



聞くと、裕之は明らかな狼狽を見せた。



視線を外して空中へ泳がせ、下唇をなめる。



どう言い訳をしようかと考えているようにみえた。



「なにか知っているなら教えてよ! なんでもいいから!」



裕之の腕を掴んで懇願すると、眉間にシワを寄せて小さくため息を吐き出した。



「……死んだんだよ。俺の知り合いも」



その言葉に絶句してしまう。



しばらく沈黙が4人の上に降り掛かってきた。



「それって、隣街のやつか?」



ようやく声を発したのは和だった。



裕之が頷く。



「1年生の頃隣町との合同体育があっただろ? そのときに仲良くなった友達だった。先月くらいだったかな。そいつから珍しく連絡が来て、遊びに行ったんだ。そのときに隣町ではやってる呪いのメールについて聞いた。最初は面白半分に聞いてたんだけど、そいつからメールを見せられたんだ。写真が添付されてて、友達が溺死している写真だった。



たちの悪いイタズラだなって言ってふたりして笑ったのに……その次の日に、そいつの溺死死体が川から発見された」



一気に話し終えて大きく息を吐き出す。



私は信じられない気持ちで裕之の言葉を聞いていた。



まさか裕之の友人が犠牲者のひとりだったなんて。



「呪いの噂について知ったのは、そのときが初めてだ」



友人が写真のとおりに死んだのはただの偶然だ。



あんなメールは関係ない。



そう思い込もうとしていたところに、アコにメールが届いた。



裕之の中には莫大な恐怖が生まれたに違いない。



あのメールは本物なのか。



受け取った人間が本当に死んでしまうのか。



だから、拒絶した。



私達がどれだけ調べて動こうとも、決して首を突っ込もうとはしなかった原因が、ここにあったんだ。



「他にメールを受け取った人はいねぇのか? 誰かひとりでも助かった人は?」



和がすがりつくような目つきで裕之に詰め寄る。



しかし裕之は黙って左右に首を振ったのだった。


☆☆☆


回避方法を見つけることができないまま、時間ばかりが刻一刻と過ぎていく。



途中から和は教室を抜け出して図書室にこもりっぱなしになった。



様子を見に行ったときの和は血眼になって都市伝説関係の本を読み漁っているところだった。



「どうやったら相手のアドレスに返信することができるんだろう……」



それがわかればすべて解決なのに、簡単そうにみえて難しい。



「アドレス消しちゃったもんね」



加菜子がそう言ったので、メールはきっとまた送られてくることを説明した。



アコのときがそうだった。



ただ問題なのなアドレスを再び入手したところで、それに返信できるかどうかというところにあった。



休憩時間になるたびにスマホを開いて関係のある記事がないか調べていく。



呪いのメールについては色々と書かれているし、よくある都市伝説のひとつとして面白おかしく語られている。



死体写真が送られてくるという非常に近い内容のものだってある。



だけど写真つきの呪いのメールをうけとったときの対処法はやはりどこにも書かれていなかった。



「この記事ちょっとおかしくない?」



気がついたのは加菜子だった。



表示されている記事を目で追ってみると、死体写真が送られてくるという都市伝説について書かれたものだ。



《自分の死体の写真が送られてくると24時間以内に死ぬ。



これは少し前から○○街で流行り始めた都市伝説で、不幸の手紙によく似たものである。



不幸の手紙というのは1970年代に流行した手紙で、当時の新聞記事にもなっている。



名前の通りその手紙を受け取った人間は不幸になるのだが、3日以内に10人に同じ手紙を投函すれば回避できるとされている。》



そこで記事が切れている。



死体写真のメールから不幸の手紙に話題が移り、そして唐突に終わっている。



何度か読み直してみても最初の死体写真に話題が戻っていないところが不自然だった。



「この後、死体写真にも回避方法があって……って続いている方が自然じゃない?」



加菜子に指摘されて確かにそのとおりだと頷く。



だけどその部分だけごっそりと削り取られていて、死体写真の回避方法には一切触れられていない。



「誰かが呪いを回避できないようにしてる?」



自分で呟いた言葉に全身が寒くなる。



誰かがこの呪いを回避することを拒んでいる。



この呪いを全国に広めることを望む人がいる……。



和のもとに再び同じメールが送られてきたのは放課後になってからだった。



和のスマホを取り囲むように立ち、私達は絶望的な気分になっていた。



やっぱりまた届いた。



呪いのメールはただ削除するだけではなんの意味もないんだ。



「くそっ」



裕之が拳を握りしめる。



和がメールに返信しようと必死に操作しているけれど、メールは何度でもエラーになって戻ってくる。



「なんで送れねぇんだよ!」



悪態ついているけれど、その顔はずっと青ざめたままだ。



「大丈夫だ和。今日は1日一緒にいよう。そうすれば俺が和を止めることができる」



裕之の提案に和が顔をあげた。



「和が変なことをしようとしたら、絶対に止める。いくら呪いだって、実態のないものなんだ。生きた人間の行動を制御するなんて、できっこない」



裕之の言葉に和は小さく頷いたのだった。

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