第13話
石段に座り込んでいた1人の女子生徒が振り向いてそう質問をしてきた。
腰までの長い髪の毛がつややかで、日本人形みたいに整った顔立ちをしている美少女だ。
「そ、そうなの。飯田先輩かっこいいよね」
いいながら必死に背番号の上に書かれているローマ字の名字を読み取る。
ちょうど、その飯田先輩がボールを受け取ったところだった。
一気に相手チームのコートへと攻め込む。
その姿は確かにかっこいい。
「今、飯田先生狙ってる子多いから難しいけどねぇ」
「そうだよね。だってかっこいいもん」
加菜子が女子生徒の言葉に賛同する。
「それもあるけど、ほら、彼女さんがさぁ……」
そこまで言って言葉を切り、苦笑いを浮かべた。
飯田先輩の彼女が誰なのかもちろん知らないが、なにかよくないことがあったみたいだ。
「彼女って、誰だっけ?」
とぼけた風に訊ねると、美少女が信じられないといった表情を浮かべた。
「生徒会の会長を知らないの?」
「あ、あぁ、そっか! そうだったよね!」
サッカー部の人気者と生徒会会長のカップルか。
絵に書いたような青春だ。
「すごく仲が良かったのに、会長にあのメールが届いてさ、結局回避もできなくて」
女子生徒がそこまで言ったとき、飯田先輩がゴールを決めた。
ゴールネットが大きく揺れて歓声が沸き上がる。
「やったぁ!!」
女子生徒が立ち上がり、その場で飛び跳ねて大きな拍手を贈り始める。
だけど私達はそれ所じゃなかった。
生徒会長に届いたメール。
回避できなかった。
それって、もしかして。
「生徒会長さん、その後どうなったの?」
騒ぐ彼女の腕を掴んで無理やり質問する。
彼女は邪魔をされたことで少し眉間にシワを寄せたが、「なに言ってんの?」と低い声を出した。
「あんたたち、本当にこの学校の生徒? 会長は死んだじゃない。だから一旦学級閉鎖されたんだよ」
☆☆☆
女子生徒が怪訝な顔を向けてサッカー部顧問の元へ駆けていくのを見て、私達はすぐにその場を後にした。
「やっぱり、他にも沢山被害者がいるみたいだね」
バス停へと歩きながら加菜子がつぶやく。
その顔は青ざめていた。
「生徒会長だった子も回避できずに、死んでる。○○高校の子たちも、回避する方法を知らないのかも」
一番被害が大きいと思われる○○高校でもわからないことを、私達がわかるはずがない。
それなら一体どうすればいいのか……。
「もう少しなにか聞き出せたんじゃねぇか?」
数歩後ろで和が不服そうにつぶやく。
すぐに撤退したために情報が不十分に終わってしまって、不機嫌そうだ。
和にしてみれば好きだったアコの死の真相を、一日でも、一秒でも早く解き明かしたいのだろう。
だけど、あのままグラウンドに残っていれば自分たちが他校生だとバレてしまっていた。
そうなると○○高校への偵察が更に難しくなってしまう。
それから私達はもう1度ネットやSNSを駆使して調べものをしながら、自分たちの街へと戻ってきた。
移動時間に40分はかかるからこれだけであっという間に日が暮れてしまう。
「結局回避方法は今日もわからねぇままか」
夕暮れの迫る街に降り立った和はそうつぶやき、挨拶もせずに去っていったのだった。
次の登校日は正直少し気が重かった。
アコが死んで一週間ほどになるがなんの進展もないし、裕之と顔を合わせることも気が重たくなる原因のひとつだった。
私を攻めるようなメッセージには返信していない。
あれ以来、裕之からのメッセージも途絶えていた。
「言ってきます」
暗い気持ちを吐き出すように母親へ告げて家を出た。
朝晩の寒さは相変わらずで、秋の薄い雲が頭上に広がっている。
本来なら夏のうだるような暑さがひいてホッと一息つく頃だけれど、とてもそんな気分にはなれないまま、学校に到着していた。
どれだけ気が重たくても足は慣れた道を自然と歩いてしまうもので、今日だけは人間の高性能さを呪った。
トロトロといつもより時間をかけて教室へ向かうとすでに和と加菜子が登校してきていた。
ふたりとも深刻な表情でなにか話し込んでいる。
なんだか嫌な予感がする。
吸い込んだ空気が肺に到達する前に濁り、檻を作ったような感覚がして少し咳き込んだ。
その声を聞いて加菜子が視線をこちらへ向ける。
和が青ざめた顔でこちらを向いたが、すぐに手にしているスマホに視線を落とした。
「ふたりとも、おはよう」
なんでもない声で挨拶しようとしたけれど、喉に声が張り付いて掠れてしまった。
「結、どうしよう」
挨拶を無視して加菜子が駆け寄ってくる。
腕を掴まれたが、加菜子の手がかすかに震えていることがわかった。
嫌な予感は今や確信へと変わろうとしていた。
私は加菜子に腕を掴まれて和の元へと近づいた。
和はなにも言わずに私にスマホ画面を見せてくる。
途端に強い吐き気を感じて右手で口を覆った。
朝ごはんがすぐ喉の奥まで迫ってきている感じがする。
どうにか吐かないように気をつけながら和のスマホ画面を見つめる。
そこに表示されていたのは和の姿だった。
ただ普通の写真と違うのは、写真の中の和はすでに死んでいるということだった。
写真の中の和はどこかで首を吊り、虚空を見つめている。
首は伸び切って筋が出来、口からは内容物が中途半端に吐き出されいる。
マジマジと見てしまってすぐに視線をそらすが、その衝撃的な映像は脳裏にこびりついてしまったそう簡単には離れない。
「朝起きたら、来てたんだ」
和の声が震えている。
いつものヤンチャな様子は鳴りを潜めて、今は恐怖に抱きかかえられた赤子のようだ。
なにも言えずにいると足音が近づいてきて肩を叩かれた。
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