第12話
☆☆☆
「ねぇ、大丈夫なの?」
加菜子の言葉の意味が私と裕之とのことを言っているのだと気がつくまで数秒の時間が必要だった。
今日は休日だけれど裕之とのデートを断って、加菜子と合流したところだ。
普段の加菜子はゆるいワンピースをふわりと着こなして女の子らしい雰囲気だけれど、今日は紺色のジーンズにTシャツというラフな格好だ。
呪いのメールを調べることに決めていたので、動きやすい格好をしてきたのだろう。
私も同じような服装だった。
「大丈夫だよ。それくらいで壊れる関係じゃないから」
私は自分に言い聞かせるように説明した。
裕之からのっ沿いを断ったとき、あからさまに嫌な顔をされたことが思い出される。
もう少しで自分たちの関係が進展すると思っていた矢先のことなのだから、怒っても当然だと思えた。
だけど裕之とふたりきりになったところで、今の私にはそんな気分にはなれなかった。
どれだけ裕之のことが好きでも、アコのこと、呪いのメールのことが頭から離れない。
それを解決してからじゃないと、私は前に進むことができない。
「よぉ、待ったか?」
その声に顔を上げると、ファミレスのドアを開けて和が入ってくるところだった。
黒い帽子を目深にかぶりその表情は読み取れない。
「私達もいま来たところだから」
隣に座る加菜子が答えると、和は私達の前の席に座った。
帽子はかぶったままで挙動不審そうに当たりを見回している。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
返事をするものの、やっぱり落ち着きがない。
アコが死んでから、和はずっとこの調子だ。
初日は意気消沈していたけれど、呪いのメールが電波を通して自在に行き来しているかもしれないとわかると、まるで誰かに見張られているかのような落ち着きのなさになった。
次にメールが届くのは自分かもしれない。
そんな不安は私の中にもあった。
アコのスマホには当然私のアドレスも登録されていたし、いつ呪いのメールのターゲットになるかわからない。
「色々調べてみたけど、なんか変なんだよな」
ドリンクバーでジュースを取り、それを一口飲んで少し落ち着いたところで和が切り出した。
和の手の中には黒いスマホが握られている。
「変って何が?」
「今回の呪いのメールに決まってるだろ? 調べても調べてもなにも出てこねぇ」
「そうだね。私達もずっと調べてるけど、決定的なことはなにも出てこない」
「俺たちみたいなネット世代が、SNSになんの痕跡も残さねぇなんてことあるか? 実際に呪いのメールが届いたりしたら、一番にSNSに投稿したり、写真をUPしたりしてもおかしくねぇだろ」
確かに和の言う通りだった。
「じゃあ、やっぱり記事を消されてるってこと?」
言ったのは加菜子だった。
和は重々しい様子で頷く。
「それも、ほとんどなにも残らずに消されてるんじゃねぇか? つまり、それほど危ないってことだ」
危ないこと。
つまり、本物の呪いのメールだということだ。
私はゴクリとツバを飲み込んだ。
「アキナちゃんの母親はメールに返信すれば回避できるって言ってたよね。その方法を見つけておかないと」
加菜子の声が焦っている。
次誰かに呪いのメールが送られてきたとしても、回避方法を知っていればどうにかなる。
知らなければ……。
その先のことは考えたくなかった。
テーブルの上で両手を握りしめてどうにか震えを押さえる。
と、その時だった。
バッグにしまってあったスマホが震え始めて思わず息を飲んだ。
このタイミングで震え始めるスマホに心臓が早鐘をうつ。
ブルーのバッグを見下ろしてもなかなかそれに手を伸ばすことができない。
普段肌見放さず持っているスマホに、これほどの恐怖を感じるなんて思ってもいなかった。
加菜子と和も不安そうな表情でこちらをみている。
スマホの震えは止まらない。
まるで、『お前が出るまで鳴り続ける』と言われているようで気味が悪い。
ブーッブーッという重低音とともにバッグが小さく震えている。
私はゴクリとツバを飲み込んで右手をバッグへ伸ばした。
少し手を伸ばせば届く距離なのに、それはものすごく遠い距離にも感じられた。
ようやく指先にバッグが触れたとき、またスマホが振動してバッグ越しにそれが伝わる。
思わず手を引っ込めてしまいそうになったが、どうにか押し留めて蓋をあけた。
スマホはバッグの壁面に付けられている小さなポケットに入れている。
そろそろと指先でつまんで引っ張り出したときにはすでに震えは止まっていて、チカチカとメール受信を告げるライトが点滅していた。
加菜子と和のふたりも固唾を呑んでこちらを見つめている。
私はようやくテーブルにスマホを載せて画面を表示させた。
そして、一気に体のちからが抜けていくのを感じた。。
画面に表示されていたのはメール受信を知らせるマークではなく、メッセージを知らせるマークだったのだ。
普段より長く振動していたのは一気に数件のメッセージを受け取ったから。
確認してみればなんでもないようなことなのに、じっとりと汗をかいてしまった。
大きく息を吐き出してメッセージを確認する。
そのどれもが裕之からのメッセージで、安心したのもつかの間、重たい気分になってしまった。
《裕之:最近付き合いが悪くなったよな》
《裕之:結と、もっと近づけると思ってたのに》
その文面に気持がどんどん重たくなっていく。
自分だってわかってる。
呪いのメールなんてものを本気で調べている彼女を見て、裕之がどう感じているのか。
嫌気が指してきているのだってわかってる。
「結……」
加菜子が心配そうに私の顔を覗き込んでくるので、無理に笑みを作った。
そして裕之には返信せずにスマホをバッグにしまう。
「ネットでこれ以上調べても埒が明かない。今日も隣町に行ってみよう」
私はふたりにそう提案したのだった。
☆☆☆
裕之との関係が頭の片隅にありながらも、呪いのメールのことを考えるとすぐに切り替えることができた。
前回と同じバスに乗り、同じファミレスの近くで下車する。
○○高校の前を通ったものの、今日は休日で生徒の姿はまばらだった。
「どうする? 行ってみる?」
加菜子が校門の前で足を止めた。
グランドの方角からはいくつかの生徒の声が聞こえてきているから、登校している子たちは少なからずいるようだ。
校舎へ入らずとも、部活の見学とでも言えば少しくらい話がきけるかもしれない。
そう考えた私達は校門を入って右手にあるグラウンドへと足を向けた。
今はサッカー部が練習をしているようで空高くまで飛ぶボールがみえた。
グラウンドは校舎よりも1段下がっていて、広い石の階段が設置されていた。
その石段の上から部活を見学している生徒の姿がチラホラと見られた。
休日ということもあって見学者はみんな私服姿だったので、その中に混ざることは簡単だった。
グラウンドを駆け回る男子生徒を目で追いかけながらも、生徒に話しかけるタイミングを見計らう。
見学しているのはすべて女子生徒だから、人気の男子生徒でもいるのかもしれない。
私は少し大きな声で「今日もかっこいいよね」と、加菜子に話しかけた。
突然話しかけられた加菜子は一瞬戸惑った様子をみせたけれど、すぐに「そうだね」と乗ってきた。
「あなたたちも、飯田先生目当て?」
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