第11話
右手には白いスマホが握られている。
「これがアキナのスマホよ」
電源を入れてみるとロック画面をすっ飛ばして壁紙が出てきた。
「ロックはかけてなかったのか?」
和が思わずといった様子で聞いた。
今の時代スマホにロックをかけない人は珍しい。
落とした場合のことを考えれば、悪用されないためにロックを設定しておくのはごく当然のことだ。
「アキナが死んでから解除したの。私達はすぐに数字を忘れてしまうから」
ということは、ロック番号はアキナちゃんに関係のない番号だったんだろう。
一応納得してスマホを受け取る。
もしもスマホにロックがかかっていなかったとすれば、メールの送り主が好き勝手にアドレスを入手できたことになる。
しかし、一様それはなさそうだ。
「メール画面を見てもいいですか?」
女性に許可を取ってからキャリアメールを開く。
送られてきているメールはほとんどがお店からのダイレクトメールばかりで、友人たちとのやりとりはメッセージで行っていたことがわかった。
これも別に珍しいことではない。
キャリアメールは時々不具合を起こしてメールが届かないこともあるから、みんな徐々に離れていってしまったのだ。
その点メッセージアプリはメッセージ特化しているだけあって不具合が少ない。
「特になにもないな……」
横から私の手元を覗き込んでいた和がつぶやく。
もちろん呪いのメールを探しているのだけれど、2ヶ月前までさかのぼって確認してみても、それらしいメールはない。
「もしかして、あの気味の悪いメールを探しているの?」
女性の言葉に私は画面から顔をあげた。
「知ってるんですか?」
女性は小さく頷く。
「アキナがあまりにも怯えてたから、こっそりスマホを確認してみたの。そしたら気持ち悪い写真が送られてきていたのよ。アキナはきっとこの写真を見て死ぬのが怖いとか、自殺させられるとか言うようになったんだって思って、すごく腹が立ったのよ」
「それで、そのメールはどうしたんですか?」
あのメールは1度消してもまた送信されてくる。
しかし、アキナちゃんのスマホにはメールは残されていない。
アキナちゃんが死んだ後に女性が消したのだろうか。
「わからないのよ。いつの間にか消えていたから」
その言葉に背筋がゾッと寒くなった。
まるで濡れ雑巾で背中を下から上へと撫でられたような不快感。
消したわけじゃないのに消えたメール。
ターゲットが死んだから、他の場所へ移動した。
その考えが頭をよぎり、慌てて左右に首を振った。
私達では考えられない電波の世界を自由自在に行き来して人を殺めて回る呪いのメールなんて、ありえない。
最後にアキナちゃんのスマホのアドレス帳にアコの名前がしっかり登録してあることを確認した。
友人同士だ。
当然のようにそこにアコの名前は登録されていて、思わず苦い顔になった。
これ以上の収穫はもうないだろうと栗原家を辞そうと立ち上がったときだった。
「そういえばあの子、まだちょっと変なことを言ってたわ」
「変なことですか?」
なんでもいい。
聞けることがあるのなら全部聞いておきたかった。
「えぇ。『メールに返信できる方法がある。そうすれば助かるらしいけど、返信する方法がわからない』とかなんとか」
白い頬に手を当てて必死に思い出そうとする女性。
私達はまた目を見交わせた。
あのメールに返信しようとしても、すぐにできなくなっていた。
それは捨てアドレスを使っているからだろうと、私達は思い込んだのだ。
だけど、違うのかもしれない。
アドレスに返信することができれば、助かる。
それは噂に尾ひれがついただけの嘘かもしれない。
アキナちゃんが恐怖のあまり他の噂と混合してしまった、ただの勘違いかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます」
帰宅後、私はSNSを使って様々な都市伝説を調べていた。
昔からある口裂け女とか、人面犬。
最近になって出てきたメッセージわらしなど。
そのどれを追いかけてみても必ず共通しているものがあることに気がついた。
それは人を陥れる都市伝説だったとしても、なにかしらの回避方法があるというものだった。
例えば口裂け女はポマードが嫌い。
座敷わらしが去った家は不幸になると言われているため、お供え物をするなどだ。
これに習って考えれば呪いのメールに回避方法があったとしても不思議ではなかった。
しかし、呪いや都市伝説の類は山のように出てくるのに対して、それを回避する方法についてはなかなかセットで出てくることはない。
昔ながらの都市伝説ならともかく、まだそれほど知られていない死体写真のメールについてはなにも情報がないのと同じだった。
隣町で流行っているのなら、また隣街まで出向いて今日と同じように聞き込みをするほうが手っ取り早いのかも知れない。
でも、今日くらいうまくいくとは限らない。
○○高校へまた出向いたところで、今日よりもこっぴどく追い返されてしまう可能性も高い。
結局この日は呪いのメールの回避方法について知ることはできないまま、夜がふけていったのだった。
☆☆☆
翌日目を覚ましてもメールの存在が頭から離れることはなかった。
朝夕が随分と涼しくなってきているけれど、つい上着を忘れて外へ出てしまうところだった。
「昨日はメールについて調べてみたんだけど、結局なにもわからないままだったよ」
あくびを噛み殺してそう伝えると加菜子も同じように頷いた。
「私も調べてみた。でも、出てこないよね」
これだけ調べてなにも出ないということは、調べ方が悪いのかもしれない。
あるいは、本当に危険なこととして誰かが消していってるという線もある。
それに、私達が調べ物をするときにはたいていスマホで検索するか、SNSアプリを使うかのどちらかなので、結果が同じものになることはしばしばだった。
「どうする? 今日の放課後またっ隣町に言ってみる?」
加菜子からの誘いに「どうしようか」と悩んで眉間にシワを寄せる。
新しい情報提供者がいればいいけれど、見つけることができなければ無駄足になる。
学生の身の私達が毎日隣町に行くのは金銭的にもきつい。
悩んでいると後ろから裕之が声をかけてきた。
振り返るとそこには不機嫌そうな顔がある。
「どうしたの裕之」
なにかしただろうかと不安に感じたとき、わざとらしくため息を吐き出された。
「どうして昨日学校に戻って来なかったんだよ」
そう言われて私と加菜子は目を身交わせた。
昨日のあの状況で授業を受ける気分になんてとうていなれなかった。
それでも裕之は1人で私が戻ってくるのをまっていたんだろう。
そう思うと申し訳ない気持ちになった。
「ごめん。昨日は隣町まで行ってたの」
「隣町? ふたりでか?」
「ううん。和も一緒だった」
そう伝えると裕之の顔があからさまに曇った。
「和も途中で早退したと思ったら、合流してたのか」
その声は怒りを含んでいる。
きっと1人だけのけもの扱いされたと感じているのだろう。
「そんなつもりじゃなかったの。ただ裕之は嫌だろうからと思って」
慌てて弁解するものの、裕之はもうこちらの言葉を聞いていなかった。
「そういいから」
と冷たく言い放ち、背を向けて教室からでていく。
その背中が安に怒っていると告げていた。
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